第11話 まったく、胸糞の悪い話だ。


 その日の午後、崎村良平が杉浦瞳と約束していたホテルの一室には、既に十文字が待っていた。


「だ、誰だ!」


 ウキウキ顔で部屋に入ってきた良平の顔が一変する。


 腰掛けていたベッドから立ち上がり、頭を下げる十文字。

「初めまして、崎村良平さん。私は、あなたの浮気調査をやっている探偵です」

「た……たん……」


「日曜日だというのに、出勤の振りをして不倫ですか? あなたも罪な人だ」

「誰に頼まれた?」

「そう言われて、ほいほい、と依頼主を教える探偵なんていませんよ」


「い、幾ら貰っている? その倍払う」

「あれ? 崎村さん。もう認めちゃうんですか?」


 そ、それは、と顔を歪める崎村。


「崎村さん。ひとつ伺いたいのですが。昨日の夕方、奥さんが車で轢かれる予定だったって話、ご存じでした?」

「な、何をいきなり……」

「私ね、ちょうどその場に居合わせましてね……。いやあ危なかったですよ、あのまま轢かれてたら、奥さんは今頃棺桶の中だったかもしれません」

「……」

「あ、すいません間違えました。棺桶に入れられるなんて上等な死に様じゃありませんね。きっと、バラバラにされて、ミンチにされて、生ゴミのように捨てられる、そんな死に様だったことでしょう」

「と……知世は生まれ変わるんだ。DNAもそのままに。だからこれは殺人なんかじゃない。知世が僕好みに生まれ変わるのに必要な……そう、儀式だったんだ」


 ふぅーー、と長い溜息を吐いて、十文字はスマホをかざす。


 音声は消しているが、どういう行為をしているところかは大人なら誰にも解るだろう。


「何だ、それは?! どうして」


「崎村さん……。これは、昨日、あなたの奥さんが、あなたの誕生日をお祝いしようと、すき焼きの材料を買いにスーパーに行って車に轢き殺されそうになっている間に、あなたが横浜のホテルで子作りに励んでいた証拠ですよ」


「ど……どういうことだ……」

「あなたが作らせていた人形は、こういうことが出来る人形だったんですよ」


 崎村は、冷や汗を拭おうともせず、膝をがくがくと揺らしながら、虚ろな目を十文字に向けている。顔色も随分と青ざめているようだ。


「崎村さん。この話を持ち掛けてきた女性は、この人物ですか?」

 十文字は、竹之内みどりの写真をかざす。

「そう……だ」


「私は、この竹之内みどりという女性と、あなたの浮気相手の女性の2人に話を聞いて裏を取っているんですよ。どういうことか解りますか?」


「お前の要求は何だ?」

「子作りするなら、ちゃんと奥さんと子作りしてくれってだけですよ。もし出来ないなら、親族を説得して、ちゃんと別れてください」

「別れるなんて、そんなこと……」

「じゃあ、答えはひとつじゃないですか」


 十文字は、さらに良平に詰め寄る。

「出来なかった場合、あなたの浮気の証拠を、あなたの親族全員に匿名でバラまきますよ」

 こういうのとか、こういうのとか、と言って、先の土曜日に、崎村と杉浦瞳がホテルのロビーで会っている画像をパラパラと見せる十文字。

 がくっと崩れ落ち、手をついて土下座をする崎村。 

「頼むから、それだけは止めてくれ」


「で、やるんですか? それとも、別れるんですか?」

「や……る」

「え? 何ですって?」

「や……り……ま……す」


 十文字は、しゃがみこんで崎村の背中に語りかける。

「崎村さん。ご存じないかもしれませんが、あのかわいらしいお人形を作る技術は、国家機密なんです……。本来なら、その存在を知るだけで、人知れずブタ箱行き確定です。戸籍も消され、誰からも隔離されて一生を送らなければならない、それほどの国家機密です」


 ひくひくと嗚咽を始めた崎村の背中に手を置いて、十文字は続ける。

「崎村さん。そういう人生を送りたく無かったら、くれぐれも、この話を誰にも漏らさないことです。当然奥さんにもです。あなたは、これから一生涯監視されていることを忘れないで下さい」

 良平の背中を摩る十文字。

「崎村さん。解りましたか?」

「――は……い」

 頭を床に付けたまま、嗚咽の合間に、やっとのことで返事をする崎村。


「さあ、奥さんが待ってますよ。今日はちゃんと帰ってあげて下さいね」

 なおも、嗚咽が止まらない崎村の背中を、十文字はポンポンと叩いて部屋を出た。

 


 ――まったく、胸糞の悪い話だ。


 翌日、十文字の事務所に1人の助手が加わった。


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