第03話 マジか?! 俺も金で黙らされたいかも?


 その馬堀海岸にある医療施設付き介護施設は、温泉まで付いていて、お金持ちしか入れないのでは? という落ち着いた旅館のような佇まい。

 

「だいたい、『EXVエグゼブ馬堀海岸リゾート』って病院に付ける名前じゃないよな」


 来客用の駐車場に愛車を置き、施設に向かう十文字の口からは、妬み混じりの呟きが漏れる。十文字の愛車は、スポーツ仕様のハイブリッドの軽で、クロスエッジというブランド名に釣られて購入したものだ。


 ――こんな施設に入っていたら、

   詩織はまだ生きていられたのかな。





 沙織の病室は、トイレ、シャワー付の個室だった。

 部屋を見回して驚く十文字に、思いのほか元気そうな笑顔を向ける沙織。


 壊れたスマホを受け取り、免許証をスマホに写し撮った十文字。

 

「良かったら、事故の時の話、聞かせてくれませんか?」

「おっおぅ、モージモジー。いっぱしの探偵らしいこと言うじゃない? いいよー」



 十文字は、肩肘を付いて顎に手を当て、難しい顔で沙織の話に聞き入る。


 1ヵ月程前、沙織は上大岡の美容室で髪を切った後、早番で上がるという担当のスタイリストと、花見がてらお茶をしようと歩いていたところ、いきなり車が突っ込んで来たらしい。

 スタイリストの名前は、竹之内みどり。その美容室は沙織がよく使っている店だったが、その日は、新人の勉強のために担当させてもらえないかと頼まれ、竹之内が担当したのだそうだ。


 事故直後、竹之内は、損保会社の事故担当よろしく、加害者と話をつけて、沙織の足をタオルで縛って固定すると、タクシーを捕まえ、この施設に送り届けてくれたとのこと。タクシー料金は損保会社に請求されたと言う。

 それから損保会社の人間がやってきて、あれこれ手続きが続いたそうだ。


 沙織を轢いた男は、田島幸助という痴呆症とは無縁の40代の男で、乗っていた車は、EXV社製のEV車。損保会社の人間が言うには、EV車の操作記録を調べても田島幸助の過失を証明する証拠が見付けられなかったのだそうだ。原因不明の暴走として処理されたらしい。


 ――竹之内みどり。

   そしてEV車の原因不明の暴走か。


「と、私が聞いたのはそんなところよ」

「何とも釈然としませんが、金で黙らされてるって感じもしますね」

「まあ、そう言えないこともないわね。結構な示談金だったもの」

「え、そうなんですか? ちなみに幾らぐらい?」

「モジモジの年収の倍くらい……、かな?」


 ――マジか?! 

   俺も金で黙らされたいかも?


 義兄にいさんのことは、ちょっと調べてみますよ、本当は1週間とか2週間とか張り付くんですけど、そうもいかないから、昼休みとか仕事終わりとかそういうところを当たってみます。昼休みと仕事終わりの時間ってだいたい何時頃なんです?」

「お昼は11時半から13時くらい。社内に食べるところがないから、外のレストランとか弁当屋とかに出ることが多いわね。仕事終わりは、忙しいときは20時を超えるけど、今だとだいたい18時くらいじゃないかなー」

「解りました。義姉ねえさんの気にし過ぎだといいんですけど」

「ごめんね。モジモジー」


 スマホは調達出来次第持ってきます、と言って十文字は沙織の病室を後にした。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る