四章 お仕事

四章 お仕事 1

 孤児院を訪問してから数日がたち、ルディたちが正式に魔導士としての活動を始める日がやってきた。

 いつも通りの時間に起床したルディは、身支度を整えると走り込みに向かう。魔導士としての証である黒いマントも忘れず身に着けた。広場に行くと、先にクルトが到着していた。

 「おはよう、ルイ」

 「クルト、おはようさん」

 挨拶もそこそこに、柔軟体操を始める。二人で体を解していると、ニコラスとヤンがやってきた。

 「2人ともおはよう」

 「おはようございます。先輩方」

 「やめろよ、ニコラス。普通に呼べって」

 わざとらしくいうニコラスに、ルディがいやそうにこたえた。

 「ごめんね、ルディ。こんなんでもニコラス、2人のこと結構心配してるみたいでさ」

 「あっ、ヤン、それいうなよ」

 申し訳なさそうにしつつ、さらりとニコラスの秘密を暴露したヤンをニコラスがしかりつける。そんな2人を見て、ルディとクルトは声を上げて笑った。


 いつも通り走りこみと朝食を済ませると、ルディはクルトたちと別れて医務室へと向かった。

 魔導士というと魔獣との戦闘が中心のように思われがちだ。しかし、街の機関所属の魔導士の場合、魔獣討伐に出かける頻度はそれほど多くなく、せいぜい週に1回といったところである。では、それ以外の日は何をするのかというと、魔導士の適正によって異なった仕事があたえられるのだ。

 回復魔法や各種強化・弱体化魔法が中心の白魔法が使えるルディは、ケガの治療を行う医務室へと配属された。一方、身体能力の高いクルト・ダニエル・シルビオは街の警備係を任される予定である。後衛であるヘルマンとマルクスは、訓練生のサポートへとまわることになっている。


 「おはようございます。本日から配属のルディ・ブラウンです」

 ルディは医務室の扉を開くと、大きな声であいさつをした。

 養成所の医務室は市民にも開放されており、ケガの治療を専門に行っている。自分でケガの治療ができるルディはいままで医務室へと赴いたことがなかった。医務室は思いのほか広く、治療用と思われるテーブルが3つある。ほのかに消毒液の匂いがした。

 「おはよう。今日からよろしく頼むよ、ルディ」

 「先日の討伐以来だね。僕のこと、覚えているかい?」

 医務室にいた2人が返事をした。1人は30歳くらいの背の高い人物で、もう1人はまだ若い黒髪を伸ばして後ろで縛っていた。そのうちの若い方の人物はルディも見覚えがあった。討伐へ同行していた一組の魔導士の片割れだ。2人はそれぞれクラウスとルドルフと名乗ると、ルディを迎え入れた。

 「本当はもう1人いるんだけど、ちょっと遅れているようだね。後で紹介するよ」

 ルディに医務室の案内をしながら、ルドルフがいう。一通り医務室の中を紹介すると、ルディに腰掛けるように促した。

 

 「さて、今後一緒に仕事をするうえで、確認したいことがあるんだけど……」

 「はい。なんでもお答えします」

 「これからは同僚なんでから、そんなに固くならなくても大丈夫だよ」

 気合が入った様子のルディを見て、ルドルフがクスクスと笑った。

 「ルディは回復魔法が使えるんだよね。どこまで使える?」

 「中級魔法までです」

 「本当かい!それはすごい。よかったね、クラウス。今後は君も休憩が取れるよ」

 ルディの答えに、ルドルフが嬉しそうにクラウスへと話しかけた。

 「君がくるまで、中級回復魔法を使えるのが私だけでね。常に待機してなくちゃいけなかったんだ」

 いまいち話がみえていない様子のルディに、クラウスが説明を加える。

 「そう。いつ急患がくるかわからないからね。これからは交代で休憩をとってもらってかまわないよ」

 「わかりました」

 ルディの返事にうなずくと、ルドルフは業務の説明を始めた。


 ルドルフによると、ここの医務室は訓練生・魔導士・市民問わずケガの治療を行っている、とのことだ。時間は午前が9時から12時まで、昼休憩をはさみ、午後が13時から16時までとなっている。今までは3人態勢で治療にあたっており、中もクラウスは昼以外の休憩が取れない状態だったそうだ。

 「さっそくルディには今日から治療にあたってもらおうかな」

 「はい、がんばります」

 ルドルフとそのような会話をしていると、医務室の扉が開いた。

 

 「おそくなってすまない」

 そういいながら、中肉中背の人物が入ってきた。年齢は20台後半くらいだろうか。低い声が耳に心地よい。

 「大丈夫だよ。まだ始業前だ」

 「間に合ってよかったよ。おや、そちらは噂の新人さんかな?」

 「はい。本日配属された、ルディ・ブラウンです」

 ルディが自己紹介すると、握手を求めてきた。

 「私はオスカー・クヌートだ。噂は聞いているよ。かなり優秀だとか。よろしくな」

 「いえいえ、まだまだ修行中です。よろしくお願いします、オスカーさん」

 握手をしながら自己紹介をおこなう。医務室所属のメンバーはみんないい人そうで、ルディは安心した。


 午前9時をまわり、医務室の業務がスタートした。早速患者が訪れる。市民で、昨日の夕方ケガをしてしまったらしい。

 「じゃあ、さっそくルディにみてもらおうかな」

 ルドルフに促され、ルディは患者と向き合った。感染症防止のため消毒を施し、傷口に手をかざす。神経を集中させると、たちまち傷がふさがった。

 「ありがとう。若いのにすごいな」

 「力になれてよかった。何かあったらまた来てくださいね」

 患者は手を振ると帰っていった。初めての仕事がつつがなく終わり、ルディは胸をなでおろす。

 「いやいや。よくできました。完璧だよ」

 ルドルフが賞賛の声を上げる。その後ろではクラウスとオスカーが小さく拍手してくれている。

 「ありがとうございます」

 ルディは照れたように頭をかきながら、お礼をいった。

 「さあ、これから忙しくなるよ。ルディ、この調子で頼むね」


 ルドルフがいった通り、午前前半の訓練が終わる10時半ごろから医務室に患者が押し寄せてきた。大きくない切り傷が主で大きなケガを負った人はいないが、いかんせん、数が多い。ルドルフたちに交じって、ルディももくもくと治療を行った。


 「みんな、お疲れ様」

 午前の診療時間が終わり、ねぎらうようにクラウスがいった。午前中に治療した人物は50人以上だ。自分が診たのはそのうちの1/4とはいえ、ルディは疲弊していた。

 「ルディが来てくれてたすかったよ。今までは3人でさばいていたから、待たせることも多くてね」

 「戦力になれたようで、よかったです」

 ニコニコというクラウスに、体をほぐすように机に伸びながらルディがかえした。

 「はじめてなんだ。疲れただろう。昼休みはゆっくり休むといい」

 机に突っ伏しているルディの頭をなでながらオスカーがいった。

 「ありがとうございます。午後は1時からですよね」

 「そうだよ。時間はあるからゆっくりしてきてね」

 みんなに送り出され、ルディは食堂へと向かった。

 

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