第20話 神という存在

 ――ししょう。なぜ、私たち龍には角があるのでしょうか。里の子供たちには角などありません。それに、なぜ、私たちは龍になれるのでしょう。


 ――アオイ。それは私たちが『龍』だからですよ。人間にあがめられる神という存在、龍神だからです。


 ――でも、ししょう。私は自分が神だとは思えません。人と違う、異形のものに思えます。私はししょうから生まれて、人間のように寿命があって、そして年老いて死んでいく。それは神という崇高なモノではなく、普通の生きもののいとなみに思えます。


 ――……アオイは人間が好きですか。


 ――え? はい。だから同じ生きものだったら良かったのにって思います。


 ――でも、実際は彼らと私たちは全く違う生きものです。だからある程度距離をとって暮らしている。そんな私たちを人間が神だと敬うのなら、それでもいいと私は思っています。それに、もう一つ。私達が人と違うところがあります。


 ――なんですか


 ――アオイ、私達が感情を荒げると、大地が水浸しになるほどの大雨が降ります。それを『龍の逆鱗げきりんに触れる』、と人はいいます。だから、常に穏やかでいられるようにするのです。


 ――むずかしいです、怒らないなんて。


 ――そうですね。わたしも過去に何度も過ちをおかしました。でもね、アオイ。大事な人を守る為には、私たち龍はそうするしかないのです。


 そうしないと、取り返しのつかないことになりますよ、アオイ。




 ニクイ ニクイ フジ ヲ キズツケタ ソンザイ スベテガ ニクイ




 理性と制御できない感情が入り交じって、葵龍のこころに渦巻いている。

 昔むかしの師匠とのやりとりを白昼夢のように思い出しながら、己を支配する圧倒的な怒りに空の上でのたうちまわる。




「葵龍さま……」


 藤は手を組もうとして、その両手に握られている青紫色の珠に気がついた。

 さっき、葵龍に渡そうとして、それが出来なかった、如意宝珠だ。


「あ……」


 藤が如意宝珠を見ると、蘭鳳神もそれに気が付いた。


「娘、それで葵龍に呼びかけてみろ! お前の声なら今のあいつの頭に届くかもしれん!」


「はい!」


 藤は如意宝珠を葵龍に掲げて叫んだ。


「如意宝珠よ、葵龍さまを止めて! 葵龍さま、もどってきて!」


 しかし、声は届いていないのか、葵龍の動きがとまることはなかった。

 やはり大雨を降らせてのたうち回るばかりだ。


「駄目なの……?」

「ちっ。行動を制するってことで、あいつを害する願いってのに当てはまるのか? 」


 先ほど水虎に言っていた。

 葵龍自身を害する願いには効力がないと。


「じゃあ、どうすれば!」

「なんでもいい、お前が思うことを言ってみろ!」


 藤は何を言えばいいのか、考えた。

 葵龍の心に、頭に、直接ひびくような言葉じゃないと、きっと今の葵龍には届かないだろう。

 藤の知っている葵龍のこと。藤だけが知っている葵龍の心に届く言葉は。

 藤は葵龍に向かって如意宝珠をかかげ、声がかすれるほど大きく叫んだ。


「如意宝珠よ、私の声を葵龍さまに届けて!」


 内側からほわっとと如意宝珠が光を放った。

 如意宝珠は藤の願いを聞いてくれた。藤の声を葵龍に届けるという願いを。

 あとは藤の言葉しだい――

 

「葵龍さま、いいえ、アオイさま! 今すぐ雨を降らすのをやめて、私のところへ戻ってきて!」


 きっと、葵龍の本当の名はアオイ、というのだ。

 遠い昔にも言っていた。彼の名前はアオイ、だと。

 そして、最初に会ったときにも言っていた。

 アオイ、と呼んでくれてかまわない、と。


『葵龍』神というのは、神の名前なのだから。


 心へ直接うったえかけるには、本当の名前を呼ぶのがいい。




 ――アオイ、ほら、大事な人が困っているよ。


 ――師匠。


 ――声が聞こえるだろう。




 葵龍の頭に藤の声がだんだんと響いてくる。


『アオイさま! 今すぐ雨を降らすのをやめて、私のところへ戻ってきて!』


 葵龍は頭がはじけるように覚醒していった。

 真っ赤な目を見開いて、呆然とする。


 自分はいま、何をしている?

 藤が泣きそうな顔をして叫んでいる。

 どうして?

 どうして自分はいま龍の姿なんだ?

 大雨が降っている。

 なぜ?



 フジ ノ トコロへ モドラナケレバ



 藤の声を聞いた葵龍は、頭の中がそれで一杯になった。 

 大きな銀色の龍は、次第に落ち着いて、ゆっくりと龍宮へ向きを変える。

 雨が小雨になり、雷はやんでいき。


 そして、荒ぶる龍神は、龍宮の庭までくると人型にもどり意識を失った。


「葵龍さま!」


 藤が葵龍の元へと駆け寄って行く。

 錦と彩、蘭鳳神もそのあとを追った。



 

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