第9話 神弓と狩り

 次の日の朝食後、部屋に飾ってある神弓が余りにも立派だったので、藤はそれを正座でとくとくと見ていた。

 銀色の弓は力強く、下に置いてある矢筒の中の矢は、羽が白くて綺麗だ。

 藤の使っていた弓はもっとボロボロのものだったので、ますますこの神弓が立派に見える。


「弓の前で正座して、そんなにこの弓が気になりますか」


 気が付くと葵龍が後ろに立っていた。


「あ、葵龍さま。えーっと、私が使っていた弓とは全然違う、良い弓だなと思いまして」

「そうですね。この弓も代々受け継がれた弓です。私も獲物をとるのに使っています」

「葵龍さまが弓で獲物をとるんですか!? っていうか神弓で!?」


 穏やかな葵龍が弓をもって獲物を狙うさまが少し想像できない、と藤は思う。


「ええ。あの弓は私の弓ですし、ここで食べる獲物はたまに私がとってきます。錦と彩に、あの弓はひけませんからね。里のものが獲物をもってきてくれる時もありますよ」


 いつも葵龍が狩りをしているわけではないらしい。

 そして、子供ではあの弓をひくのは体格的に無理なのだろう。


「葵龍さま。私にも、その獲物を取る役目をさせていただけませんか?」

「藤が、ですか……」

「私も弓を使って獲物を取っていました。私ならあの弓を引けると思うんです」


 葵龍は顎に手をあてて、考え込んだ。


「……試しにひいてみますか? あの弓を」

「はい! やってみます」

「では狩場へいってみましょう。さっそく出かけるとしましょうか」


 藤と葵龍は狩場へと出発した。

 歩きながら葵龍は楽しそうに思い出を語る。


「狩場は藤と初めて会った、あの森なんですよ」

「え! 迷いの森ですか!? 今はあそこの木々はほとんど枯れかけていますよ」


 生贄になると聞いたときに逃げ込んだ森が、迷いの森だった。

 そこで昔のアオイの夢を見て、幸せな時間を過ごしたのは、つい最近のできごとだ。


「奥の方では木々がしげっていて動物がいます。そこまで人が入れないように私の力で結界がはってあるんです」


 さすが神様、と藤は思った。

 あの森はもともと迷うように神力が掛けられていたのだ。

 藤がとおのころ、迷った森。

 葵龍に手を引かれて、やっと出てこられた森。


 そこに、また成長した葵龍と一緒にいけることが、藤はとても嬉しかった。




 歩いて一刻ほどたっただろうか。

 木々が覆い茂る森につく。


「本当に葉が茂っていますね」

「ええ。動物もいます。藤の村の方では枯れてしまっているんですね」

「はい……」


 しんみりとしてしまったところで、葵龍は背に背負った神弓を外し、かまえて見せた。


「この弓はかなり大きいので飛距離も長いです。その分、引くのに力がいります」

「はい」


 背に背負う矢筒から、茶色の羽の矢をだして、弓につがえた。


「あの樹の上の鳩を狙います」


 すーと弓が引かれて、狙いをつけたと同時に矢が放たれた。

 それは力強くまっすぐに鳩へ命中し、矢と共に鳩は樹から落ちる。

 周りの鳥たちがばっと散って行った。


 流れるような動作で、少しもりきまず獲物をしとめた葵龍に、藤は感心する。

 穏やかなだけじゃなくて、生活能力も十分ある神さまだ。


「獲物をとってきましょう。ここには鳥が沢山いますから藤もそれを狙うのがいいでしょう」

「はい、私も鳩を狙います」


 木々の上にはまた鳩がとまっていたから、藤は迷いなくそれを狙うことにした。


 葵龍が獲物の鳩から矢を抜き、腰の袋に入れる。

 

 それが終わると、神弓を藤に渡した。

 大きくて豪華な見た目に反して、神弓はとても軽かった。

 神の弓というだけあって、一般の弓とは違うのかもしれない。


「さあ、藤、構えてみてください」

「……はい!」


 自分の弓とは勝手が違うが、弓は弓。矢をつがえて弦を引くと、感覚が戻って来る。

 この前キツネを仕留めたように、きりきりと引き絞って的である鳩を捕らえた。


 矢を放つと、しゅっと素早く飛んでいく。その手ごたえに、とても使いやすい弓だと思った。矢は鳩に命中し、ばさりと樹から落ちる。


「筋がいいですね。一回で命中とは。夕食に鳩が二匹もとれました。豪華な食事になりそうです」


「はい、私、また腕によりをかけて料理します! ねえ、葵龍さま、また一緒に狩りに来てもいいですか?」


 藤は満面の笑みで葵龍に頼んだ。

 それに葵龍も応える。


「ええ、いいですよ。暫くはここでの狩りの決まりを知ってもらうことも必要ですしね」


「決まり事? ですか?」


「ええ。第一に、今日の狩りはもう終わりです。自分たちが食べる分だけとったら、それで終わり。魚も果物も、獣も鳥も。この山のめぐみは偉大ですが、それでも無尽蔵にあるわけではないですからね」


 その考えは藤も心得ていた。

 しかし、藤の村の山々では圧倒的に獲物をとれるときの方が少なかった。

 この山は、来れば獲物が取れる確率が高い山らしい。

 葵龍がいったように、この山の恵みは、けた外れに偉大だ。


「冬はどうしているんですか? この森でもさすがに冬は動物も少ないでしょう?」

「冬でも何かはいます。狐、タヌキ、イノシシ、それに川が流れていますから、魚も採れますしね。私が狩りをするのはたまにですので、それらは里のものが獲って龍宮に持ってきてくれます」


 そして、葵龍は思いついたようににこりと藤の顔をみた。


「今度さなか釣りも一緒にいきましょうか」

「はい! 葵龍さま!」


 次の約束をして、葵龍と藤は狩場から家路につく。

 今日の狩りの成果を楽しげに話しながら。


 あまりにも葵龍の治める里が豊かすぎて、藤は雨が降らない雫村のことを、このとき忘れてしまっていた。

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