第16話 暴れんぼうの火のついている爆弾を、どう対処するかの話し合いほど逼迫したものはない

「ハンス衛兵長」

「あぁ!? なんだ! ……っと、カタリナとヴェルナーか。すまん、気が立っててな」

「ありゃ、出直した方が良い? ハンスさん」

「美人のナースが横で応援してくれるなら俺の心のささくれは勝手に抜ける」


 執務室に入ると、苛立たし気に返事をするハンス衛兵長。その威圧感に思わず背筋が伸びて一歩引いてしまう俺と、出直そうかと衛兵長を気遣う先輩。

 いつも通りの変態さを発揮してきたので、威圧感は霧散して空気が弛緩する。先輩が『じゃあ出直すねー』と冗談めかして言うと、待て待て待てと慌てて衛兵長が止めにきた。


「冗談じゃねぇか、俺に用があって来たんだろ? もちろんカタリナがナース姿になってくれるってんなら、それはもう前向きに話は聞くが」

「やらないしやる予定もないよ。チャラ医師からの伝言、『もうすぐ全快するから、早く彼女の処遇を決めないといけなくなくなくなくない?』だってさ」

「チャラ医師……あぁ、ボルドーか。『ない』多すぎだろ……ってことは、あの嬢ちゃんは元気になってるってことか」


 それは良かった、とペンを机に放り出して背もたれに背中を預ける衛兵長。そして、しばらく考え込むように頭に両手を回してぎしぎしと背もたれを揺らす。


「んー……よし、丁度いい。てめぇら俺の相談相手になれ」

「えぇ~、回答は後日改めてでいい?」

「今聞けよ、どうせカタリナ隊は午後に個別訓練なんだ。それよりも、この厄介ごとを解決するために一枚噛め」

「……なにか、あったんですか?」


 あったもあった、温厚で通っている俺が気が立つぐらいにはな。そう言って衛兵長コンコンと目の前の机を拳で軽く叩き、置かれている二枚の書類に俺たちの注目を集めた。


「一枚は監査の書類だ。『平民街の衛兵詰め所に、深刻な横領の疑い有り』っていう匿名のタレコミがあったから調べさせろっつー内容だ」

「横領……? そんなのあったの?」

「俺の目の黒いうちはさせねぇ……が、確実とは言えん。だから『平民街の衛兵はやましいことなんてやってない』と身の潔白を証明するためにもこっちは受けていいと思っている」


 が、問題はこっちだ。ともう一枚の書類を衛兵長が指さす。大きく王章が刻印されたその書類を俺たちが軽く流し読みしてみる……と。


「『エルフを隠し通せ』……ですか?」

「あちゃー、めんどくさいねこれ」

「カタリナはこれだけで分かったか」

「まぁね。ヴェルナーにもわかるように説明するとね――」


 先輩が説明してくれたことは、なんともスケールの大きい事態に軽い頭痛を覚えるものだった。


 国としては、エルフを捕まえたなどと公表してしまえば他国からの顰蹙ひんしゅくを買うことになる。

 エルフとの休戦協定は人間側の国全員が同意して作られたものだというのに、戦争の火種になるからだ。


「エルフが人間の国に少数ながらもいるのなら『極めて珍しい』程度で済むんだけど、一人もいないしエルフの国とは断交状態だし――」

「見つかってしまえば物珍しさから誘拐される危険性もある、ですか……」

「それもあるね」


 エルフがこの国にいる、という噂も本当は危険なんだと衛兵長が先輩の説明に捕捉を入れる。

 人の噂はすぐに四方八方流れていく、そうなればその真偽を確かめようと多数の国がスパイをここに送り込んでくると衛兵長は言った。


「そしてエルフが本当にいるとバレれば」

「――『平和を乱す戦犯国』として、ここは戦火に焼かれるだろうね」

「そんな……っ」

「それだけでけぇことしでかしたんだよあの香辛料商人は……」


 ということは、だ。我々衛兵はエルフを隠しながら保護し続けなければならず、その上近日監査の手が入ると。

 監査を拒否すれば街からの信用を失い、監査にエルフの存在がバレるとあの子自身が危険に晒される。


 そして人の噂になってもアウト――なるほど、ハンス衛兵長が気が立つわけだ。


「つーわけだ。目下聞きたいのは『なんかいい案ある?』だ、隠し場所でも隠し通せる方法でも何でもいい」

「すごい単純に、一時的でもいいので別の街に移すとか?」

「ヴェルナー……お前あの商人と同じ末路を辿る気か?」


 俺が手を挙げてぱっと思いついたことを提案してみると、即ハンス衛兵長に却下される。うっ……たしかにやってることは同じか。

 代わりに先輩が手を上げながら衛兵長に提案する。


「木を隠すなら森の中って言うし、風俗街とかは? イザベルさんに頼んでみるけど」

「顔立ちは美人だから悪かねぇが、バレた時のリスクが跳ね上がるし治安も良いとは言えん。それに、本人も嫌がるだろう」

「そうだよねぇ……貧民街はさすがに駄目だし、イザベルさんの貴族街の方の家に住まわせる――のはイザベルさんに頼り過ぎかな」

「グランツァ伯爵がそこまでのリスクを負うとは思えんな。失敗したら罪おっかぶせられて死刑だぞ?」


 うーんと執務室の机を囲んで唸る俺たち三人。風俗街や貧民街が入り組んでいたり人目が付かない場所もあるから隠すには比較的良い場所ではあるんだけど、それと同時に誘拐や拉致の危険性が高くなってしまう。


 俺たちがいつも目を光らせておくにもいかないし……ん? 俺たちがいつも?

 どうしよっかなぁ~と首を捻っている先輩を見て、一つ妙案が俺の脳内で駆け抜ける。


「あ」

「ん、どうしたヴェルナー? 案があるなら突拍子のないことでも聞いてやるぞ」

「いや……これは本人の了承次第なんですけど――」


 ほとんど思いつきで、具体的なことは何にも詰めれていないけど。俺はぴんっと人差し指を立てながらこんな提案をしてみた。


「衛兵として雇ってみるとかどうですか?」

「……? すまん、話が見えん」

「あぁいえ、先輩を見てて思ったんですけど。鎧姿ならそもそも顔が見えないですし、バイザーを上げても特徴的な長い耳は見えません。女性の衛兵雇用も少ないながらも存在していますので怪しまれはしないでしょうし、俺や先輩――ハンス衛兵長も行動を管理しやすいかなぁと」

「「あぁー……」」


 俺の話を聞いて考え込む先輩とハンス衛兵長。ただの思いつきだったが、先輩と衛兵長は俺のブラッシュアップをしていく。


「もしあの嬢ちゃんが了承すると仮定して、いけると思うか?」

「んー……ボクの経験上でいいなら、短い期間なら大丈夫。三か月とか半年とかになってくるとごまかしは効かなくなるかな、顔見知りができちゃうだろうし」

「監査に関しては?」

「監査の目的は『横領』の調査でしょ? ボクたち衛兵は逆に詰め所に立ち入らせないように追い出されるんじゃない?」


 衛兵長がありえそうな問題を提示して、先輩がそれに対しての所感を述べていく。出来る人たちの会議だ、俺は必死に先輩たちの話を聞き漏らさないように耳を側だたせるので精一杯である。


「よし、一旦はこの作戦で行こう。ただこれはあの嬢ちゃんが了承したという仮定の上の話だ、拒否した場合も詰めていこう」

「それこそイザベルさんに土下座してでも貴族街で匿ってもらう方が良いんじゃない? 監査も貴族街の伯爵の家に押し入ることなんて簡単にできないだろうし、誘拐や拉致を貴族街で行う馬鹿はいないだろうし」

「…………事情を知っている貴族を頼る方がいいか。ただエルフを欲しがった奴も同じ貴族街に存在する可能性は否定できん、俺たちも気軽に関与できんぞ」


 仮とはいえ、上手くいきそうな案が一つあると気が楽になったのか先輩と衛兵長はさっきよりも姿勢を楽にして話し合いをしている。

 ……思い付きの案だったけど、本当に良かったのだろうか?

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