第14話 後継者争いって国全体を巻き込む必要ないと思う

「はぁ……面倒くさいことになったねぇ」

「なんて書かれてたか聞いてもいい? イザベルさん」

「キセルを噴かせながらでもいいならね」


 そう言って胸元から一本のキセルを取り出したイザベルさんは、眉をひそめながら不満げに火をつける。

 ふーっと白い煙を吐いた彼女は、しなだれるようにソファーにもたれかかった。


「……もったいぶるのは嫌いだから先に結論から言うさよ。『国の貴族として責任を果たせ』だとさ」

「あちゃあ……それは、悪い知らせを持ってきちゃったね」

「カタリナのせいじゃないさよ。魔王の脅威が去って、国のトップは後継者争いでゴタゴタし始めてるのさ。手柄は欲しいが国庫や利権を動かすことができない、末端の王族が話を聞いて勝手に出したんだろうね大方」


 手紙をばっちいものを持つようにひらひらと揺らしながら持ち上げるイザベルさんに、俺たちは思わず閉口してしまう。

 俺はただの一衛兵だから国の上のことはよく分からないが、こういうものって王様とかが家臣と話し合って決めるものなんじゃないだろうか?


 そう思って俺はダメもとで先輩に聞いてみる。


「先輩、こういうのって国全体の問題じゃ……」

「本来はそうなんだけどね。喉元過ぎれば熱さ忘れるってわけじゃないけど、目下の後継者争いに熱中しすぎてこの問題の大きさを認識できてないんだよ」

「不敬さよカタリナ」

「イザベルさんだって言ってるくせにー」


 ぷくーっと頬を膨らませながら先輩はイザベルさんにそう言うと、それもそうさね!と灰皿にキセルを置きながら快活に笑うイザベルさん。

 そして商人特有の、値踏みをするような目つきになった彼女は自身の顎に手を添えて深く考え込み始めた。


「さて、このろくでもない手紙を出したのはどいつさねぇ……?」

「あのぉ、イザベルさん?」

「ん? 大丈夫さよカタリナ。ただグランツァ伯爵として、ここを支持することはないと切るために情報が欲しいだけさね」


 ふぅむ……と考え込んだイザベルさんが顔を上げる。なにか結論が出たのだろうかと俺たちは無意識に前のめりになった。


「よし、受けてやろうじゃないかこの話」

「っ、いいんですか!?」

「こちらも利があった……というか、この手紙の差出人を把握するために一肌脱いでやるさよ。末端の王族ということは確定だろうし、エルフの一件で末端の中では上にいけると思うが、第一王子や第二王子といった地位には遠く及ばないさね」


 どうせ後継者争いを有利に運ぼうとこの一件の功績を声高々に自慢するだろうし、それですぐ割れるさよ……と、冷たい笑みを浮かべるイザベルさんに思わずぞっとする。


 そんな俺を見てすぐに察したイザベルさんがすっと立ち上がったかと思うと、俺の横に座ってもたれかかってきた。


「大丈夫さよヴェルナー、あたいは誠実な男にはちゃんと評価してあげるさね~」

「あっ、ちょっ……脇腹くすぐらないでください……!」

「あー! すーぐひっつこうとする! 離れるんだヴェルナー、賄賂はだめだよ!」


 反対側から先輩が俺の腕を掴んで引っ張る、いだだだだだ! 力強いです先輩、もげる……もげるううぅ!

 柔らかい肌の感触と、固い金属鎧の感触が左右から同時に伝わる。天国と地獄を同時に味わっている俺に、イザベルさんがいつもの悪戯めいた笑みを向けた。


「あっはははは! ちょーっとあの手紙でイラっとしたから、憂さ晴らしさよ」


 そう言って、すっと離れるイザベルさん。困っている俺や怒っている先輩の顔を見て満足したのだろう、彼女は元の位置にもどって灰皿に置いていたキセルを再び手に取った。


「まったく……こちとら貴族の位が交渉に便利だからと買った身だというのに『責任』と言ってる時点であたいのことをよく知らない奴さね。まあ、あたいもヘリガが危険に晒されるのは本意じゃないから動いてやるさ」

「ほんとっ!? ありがとうイザベルさん~!」

「おっと、抱き着くんじゃないさね。鎧が固くて痛いからね」


 がっと勢いよく立ち上がった先輩の機先を制すようにイザベルさんが手を前に出して先輩を止める。

 そしてソファーの奥にあったデスクに移動した彼女は、高級そうな椅子に座りながらさらさらとペンを動かしはじめた。


「『イザベル・グランツァ』として矢面に立ってやるさよ。あたいの商人の伝手で手紙を出してやる、衛兵たちはそれまでエルフの女の子を保護してやるさね」

「保護、保護かぁ……今あの子って盛られてた薬が抜けるまで兵舎の医務室に安静にさせてるけど、今どうなっているんだろう?」

「定期的に医務室勤務の方に状態は聞いてましたけど、『短時間起きては取り乱して気絶するように眠るを繰り返している』と」

「起きたら憎い人間が周りを囲んでいるんだ、そりゃ怖いし取り乱すだろうさ……あたいはあの種族とまともに話をするまでに半年はかかった、そっちも長い目で見るしかないさよ」


 やれやれと首を振りながらも手を止めないイザベルさんを邪魔してはいけないと俺たちは応接室から退出する。

 もうここにいても俺たちのやれることはないし……エルフの子も気になる。俺たちは夜の帳を出て、昼頃まで巡回をこなしてから詰め所へと戻るのであった。


 そして昼食後、本来は訓練だったが予定を変更して俺と先輩は医務室へ向かう。エルフの子というのは一部の衛兵(俺たちとハンス衛兵長、医務室の職員)しか伝えられていないので、面会には許可がいる……らしい。


「あはは……ずっと会うのに遠慮してたからすっかり忘れてたや」

「もう少ししっかりしてくださいよ先輩……ヴェルナーとカタリナです」

「うぃ、おけまる。つっても今あの子寝てると思うから安静にしてちょ」


 明らかにチャラそうな金髪の男が、軽いノリながらしっかり医師らしい注意事項を俺たちに説明してくる。

 白衣も着ているし『起きたら取り乱すと思うから、お互いのために距離取っとくオーケー?』と聴診器を首にかけながらそういった発言もしているのだが――いかんせん休日に女の子をナンパしている男性にしか見えない。


 先輩もそう思ったのか、少し遠慮がちにこんな質問を医師に投げかける。


「……エルフの子にナンパとかしてない?」

「冗談つれーわー。可愛いとは思うけど、人間にビビってんなら安心できる場所に帰してあげるのが彼女にとって有りよりの有りけりじゃん?」

「紳士だ……」


 見た目と口調で損をしている医師に失礼を詫びて、面会制限されている病室に入る。

 すると――


「私をどうするつもりだ人間! また我々を貶めるつもりかクソッ! っ、あああああ!!!」


 ベッドに手足を拘束されているエルフが、絶叫していた。

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