第11話 大きな事態があっても、衛兵の仕事は今日もある

 風俗街に行った次の日。大きな事態に巻き込まれたとしても衛兵の仕事は変わらず存在する。

 もっとも今日は、警備や巡回ではなく部隊訓練なのだが。


「よし、まずはその鎧着た状態で外周ね~」

「はい!」


 いつも警備で着ている鎧を俺は着て、ヘリガの外周を囲む壁に沿って走り始める。先輩も全身甲冑姿のまま、俺の横に並んで走り込みを始めた。


「有事のさいに必要なのは『動き続けられる体力』、その鎧を着ながらでも長時間動けるように訓練しよう!」

「はぁ、はぁ……はいっ!」

「この前は5周行けてたから、今日の目標はプラス1周! 昼の鐘が鳴るまでに終わらせるよ!」


 元気に先輩が横で応援してくる。重いし暑い……だが検問所の警備で問題が起こった時に動ける体力がなければ、住民の危機に直結するのだ。


 先輩は俺のモチベーションを維持するために、雑談を交えながら俺が走る速度に合わせてくれている。先輩が全力で前を走って追い越された一周差がついた日には、分かっていても凹むだろうな……


「はぁ、はぁ……そういえば、イザベルさんの、ことなんですけど」

「ん~? イザベルさんがどうかした?」

「先輩と、イザベルさんって、どうやって、知り合ったんですか?」


 鎧にこもる暑さとジリジリと溜まっていく足の疲労を意識しないように、ふと思っていたことを先輩に質問する。

 先輩は隣を走りながら、んーっと空を見上げながら思い出すように答えてくれた。


「そうだねぇ……ボクが衛兵になる前の話なんだけど、風俗街を運営する前のイザベルさんって彼女のお父さんと一緒に行商人をしていたんだよね」

「その時に知り合った、と?」

「そうだね。魔王が各方面に勢力を伸ばしていたから魔物の軍勢によって物資の供給が絶たれることもしばしばあってさ、イザベルさんたちはそんな中で人々を助けるために全国を行脚あんぎゃしてたんだよ」


 ほんと、すごい人だよねぇ~と笑いを含みながら先輩は少し速度を上げる。俺も遅れないように足に力を込めて先輩と並走しながら会話を続けた。


「はぁ、はぁ……イザベルさん、は、先輩をいたく、気に入っているよう……っ、でした」

「呼吸のリズムを崩さないで、速度が上がってすぐだからまずは呼吸に意識を向けるんだ」

「はいっ……はぁ、はぁ……先輩は、イザベルさんを助けたりとかしたんですか?」


 俺がそう言うと、先輩は頷きながら俺の考察に同意してくる……そろそろスタート地点の南門が見えてきた。


「魔物がイザベルさんたちの馬車を襲っていてね、本当に偶然ボクが通りかかって助けたんだよ」

「そう、なんですね……っ」

「そこから助け助けられの関係だね~、イザベルさんったら『受けた恩はすぐ返す』って聞かないから、ボクはまたその返された恩に報いようとイザベルさんを助けて……って今に至る感じ」


 今回はボクが恩を返すべきなのに事件が起きちゃって恩の前借りをしちゃってる状況なんだけどね……とたはは~と申し訳なさそうに笑う先輩。

 恩を返していない状態でも、商人らしく先輩を助けようとしているイザベルさんは優しいなぁと俺は走りながら思った。


 今回の事件は素人な俺でも複雑なうえに危険なものだと分かるのに、そんな事件に先輩が巻き込まれているのを知って首を突っ込み、矢面に立つ覚悟をしているのだ。


 飄々ひょうひょうとしていたずら好きの顔しか思い出せないが、イザベルさんの胆力の強さに改めて俺は感心する。


「さて、残り4周と半分だ。がんばってこー!」

「はいっ!」


 俺は先輩と一緒にヘリガの街の外周を走る。残り5周……俺も先輩みたいに人を助けられるように出来ることをしていこう。



「ふーっ、お疲れ様~」

「ぜぇ……ぜぇ……お、つ……」

「ありゃ、ちょっと速度上げすぎちゃったかな? でも昼の鐘が鳴る前に走り切ったのは成長だよヴェルナー」


 暑い、鎧を今すぐ脱いで寝ころびたい……俺は地面に座り、両足を投げ出して荒い息をつく。

 俺が息を整えながら先輩を見てみると、息が僅かに上がっているぐらいでまだまだ元気そうだ。


「昼からは戦闘訓練だけど……いけそ?」

「はぁ……はぁ……いけます」

「その心意気はよし。だけどまずは昼ごはんだ」


 水もちゃんととらないと倒れちゃうしね、と先輩が手を差し伸べてきた。俺は先輩の手をとって立ち上がる、足がガクガクだ……まだまだ先輩には敵わない。


 その後、詰め所に戻って鎧を脱いだ俺たちは昼食を食べて小休憩。水を飲みながらこの後の戦闘訓練についての話をする。


「まぁ、目標は『ボクに一撃入れる』だよね!」

「『1分耐える』の次の目標が高すぎて達成する姿が想像できません先輩」

「んー……と言っても、ただ耐える時間を伸ばすだけじゃ変な癖ついちゃうしねぇ」


 そう言って水を一口含んだ先輩は、食堂の天井を眺めながら指折り俺の戦いの特徴を教えてくれた。


「ヴェルナーは勘が鋭いけど、避ける動作が多いよね。あと手数を増やされて対応しきれなくなるとすぐ大振りになる」

「うっ……前者は先輩の攻撃の圧に気後れして、後者は完全に頭が追いつきません」

「じゃあ、今日はそこを課題にしてやっていこうか。問題を小分けにするとやることが見えてくるでしょ?」


 先輩はそう言って微笑む。避ける動作以外にも受けたりいなしたり、相手の攻撃に対しての対応パターンを増やすのと、冷静になる……

 言葉にすると簡単だが、実戦で出来るかと言われると自信は無い。


 俺が俯いていると、食堂で配膳をしていたシータが自分の分の飯をトレイに乗せて俺たちのテーブルへとやってきた。


「お疲れ様ですカタリナお姉さま! 今日はお日柄もよく……ヴェルナー邪魔、そこどいて」

「席なんていくらでもあるだろうがシータ」

「お姉さまの顔がよく見える向かいの席は一つしかないの! いいから変わりなさい!」


 シータがトレイを持ってるひじで座っている俺の頬をぐりぐりしてくる。まぁ、飯も食べ終わったし替わってやるか……と俺が席を立つと、先輩がぽんぽんと隣の席の座面を叩いていた。


「ヴェルナー、こっちこっち」

「ども。失礼します」

「ぐぅ……お姉さまの顔が見れる席に着いたというのに、ヴェルナーが視界に入っていい感じに邪魔……」


 まぁ、カタリナお姉さまの顔を見れるってことで今は許してあげるわ。そう言ってもそもそ白パンを食べるシータ。

 あ、そういや。


「シータって俺たちと同じで午後から訓練だっけ」

「カタリナお姉さまと! 同じで訓練よ」

「そこは素直に肯定しておけよ……」


 なんというか、シータは変わらんなぁと呆れた目を向けながら俺は水をすする。俺たちの部隊は二人しかいないから、広い訓練場を独占するのはもったいなさすぎるので他の部隊と共有していたりする。


 俺がそんなことを考えていると、先輩がふと疑問に思ったのか、シータに質問を投げかけた。


「シータちゃんの部隊って、確か……」

ハンス変態衛兵長の部隊ですよ……私、軽装なのであの人の視線めっちゃ感じるんですよね」

「気軽に攻撃していいよ? どうせ当たらないし、当たっても自業自得だから」


 ストレスをためるぐらいなら手を出しておいた方がいいよ、と先輩が物騒なことを言う。

 いやまぁ、ハンス衛兵長に対してならいいか……

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