第20話 心も後始末

シュウ前王妃は病死だった。

以前から余命を宣告されていたこと、もう手を尽くしても無駄で、痛み止めだけでしのいでいたこと。

最後にオウガの強行を止められたことへの安堵が遺書につづられていた。


「……自分の死期を悟っていたのか」


カザヤ様は大きなため息をつきながら机の上に遺書を置いた。遺書はベッドサイドの引き出しに入っていた。いつどうなってもいいように書いておいたようだ。


額に手を当てて俯くカザヤ様の姿に声をかけられない。

悔しさと、後悔と、悲しさと……。複雑な思いが渦を巻いているようだ。


シュウ前王妃は命など惜しくはないと言っていたが、こういうことだったのかと納得できた。

私も悔しかった。

薬師として、医師に言われた通り痛み止めを処方していたがその病状を知ることはなかった。前王妃が主治医以外には伏せていたからというのもあるが、やはり見抜けなかったこと、気が付かなかったこと、知ろうとしなかったことは薬師として失格な気がしていた。


「なにも気が付けず、申し訳ありません」


頭を下げると、カザヤ様が顔を上げて悲しそうに微笑んだ。


「いや……、それで良かったんだと思う。前王妃は自分の病状を人に知られたくなかったんだ。ラナが気付かなかったことにホッとしていたんじゃないだろうか」

「でも、私は薬師です。病状を伺い、もっと様子を観察していれば……」


悔しくて唇を噛む。

すると、控えていたバルガが口を開いた。


「いえ、違うと思います」

「え?」

「きっとラナが病状に気が付かなかったから、あのように毎日部屋に呼んで気兼ねなく話が出来たのでしょう。気を遣われたくなかったのだと思います」


バルガのきっぱりとした言葉は自然と「そうなのかな」と思わせてくる。薬師として後悔はあるが、前王妃の望み通りになったのならそれで良いのかもしれないと……。


「では私は手続き諸々を済ませてまいります」


書類を手にしたバルガが部屋から出て行く。

執務室にはカザヤ様と私の二人きりになった。


「今朝の閣議で、オウガの処刑が決まった」

「処刑……」

「国王暗殺未遂。それだけで十分な罪だ。オウガだけ見逃すわけにはいかない。それに伴い、オウガ派一味を全て捕らえた」

「そう……ですか」


納得だ。身内だからこそ、甘い判断は出来ない。


「王妃の葬儀は近日中に執り行われる。それまでの間……、ラナには少し辛いことがおこるな」

「どういうことですか?」


眉を顰めると、カザヤ様は少し言いにくそうにした後、ゆっくりと口を開いた。


「ディア薬師長を追放処分とする」

「え……」


思いもよらない人の名前に目を見開く。

ディア薬師長が……なぜ?

言葉を失っていると、カザヤ様が説明してくれた。


ディア薬師長は以前からオウガに私の事や城の内部情報を調べては渡していた。オウガ派の一味だったらしい。さらには薬の不正入手や横流しまで……。中には毒となる成分もオウガに渡していたらしい。


決してオウガを好んではいなかったらしいが、オウガ派になった理由はカザヤ様にひそかに思いを寄せていたことらしい。

カザヤ様が国王になると遠い存在になる。毒によってカザヤ様が臥せったままなら、いつしか責任ある立場の自分が専属薬師になれるだろうと考えていたようだ。

オウガが私も消そうとしていたことも気が付いていたが、それはそれで都合がいいと思ったようだ。


「嘘……、そんな……」


信じられなかった。いつも冷静で決断力のある頼れる上司だ。まさかその人が……。

そういえば、以前シュウ前王妃がカザヤ様のことについて、「あなたも好きなの?」と聞いてきたことがあった。あれはディア薬師長の気持ちを知ったうえでの言い方だったのだろうか……。


「そんなことって……」


いつも厳しくも優しかったディア薬師長。

でも私は恨まれていたのかもしれない。


思わず顔を覆って涙を流すと、カザヤ様が隣に座って肩を抱いた。


「すまない。優秀な薬師なのは承知しているが、ここに置くことはできないんだ」

「……はい。わかっています。ショックですけど、薬を扱う者として危険なことをしたら処罰されるのは当然です」


涙を拭いて、自分に言い聞かせるように頷く。カザヤ様は優しく頭を撫でてくれていた。


「新しい薬師長にはマリア・クルネイを就任させる」

「マリア先輩が?」


意外な人事に少し驚いた。

中堅だが年齢的には少し若い。しかし仕事は出来るし、人をまとめる力も判断力もある。なにより責任感があるため向いている気がした。


「それと、ラナ。来月、俺の部屋に来れないか?」

「来月ですか?」


来月にはあと半月以上も先である。


「すぐにでも来てほしい所だが、しばらくは前王妃の葬儀や処罰関連で終始忙しい。たぶん当分は会えないだろうから」


そう言われて少しだけ寂しくなる。いや、今までが頻繁に会いすぎたのだ。


「わかりました。お仕事が落ち着きましたら、またご連絡ください」

「わかった」


カザヤ様は軽く私を抱きしめる。それに胸が跳ねた。


赤い顔を隠しながら執務室から出ると、バルガが戻ってくるところだった。


「バルガ様。お邪魔いたしました。仕事に戻ります」

「あぁ。そうだ、ラナ」


通り過ぎようとした時、声をかけられる。振り返ると少し気まずそうなバルガがこちらを見ていた。


「何でしょうか?」

「以前、私が行ったことを覚えていますか?」


そう聞かれて首をかしげる。

バルガに言われたこと? そこでハッとした。


「あなたにカザヤ様への思いに不純物はないかと尋ねました。……あれは聞き方が悪かったですね。あなたの思いを否定したかったわけではありません」

「いえ……。私もあの時、咄嗟に嘘をつきましたから……」

「嘘?」

「カザヤ様への気持ちに不純物はありました。あぁ、でもだからと言って変な期待はしていません。身分とか諸々の障害があることは承知済みですから」


早口になりながら空笑いすると、バルガは小さく首を振った。


「私はあの時、好きになってはいけないとは言いませんでした。ただあなたの気持ちを聞きたかっただけです。でもあなたの気持ちが今聞けて良かった。それにあなたがどんな人物なのか見極めたくて観察もしていました。不躾でしたね、すみません」


言うだけ言うとバルガは執務室の方へと去っていった。


「聞けて良かった……か」


聞いたところでどうなるのだろう。

カザヤ様は少なからず、私を想ってくれているだろう。でもこの先の未来を期待できないのなら、このままでいいわけがない。

思いは通じ合っていても進めないことはあるのだ。

私もいい加減、気持ちの整理をつけないとな……。



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