第14話 企み
「凄く素敵ね。前王妃様からの贈り物?」
マリア先輩が私の手元を覗きこんだ。
私の左腕には少し厚めの金の腕輪がはまっている。宝石はなく、表面に何か刻印がされているわけでもない、シンプルな腕輪だ。
内側には腕輪のふちに沿って何か模様がかたどられていたが、それが何なのかはわからない。外側ではなく内側なのがお洒落らしい。
「前王妃様が先日の毒味のお詫びにだそうです」
「へぇ、いいんじゃない? でも調合とかの邪魔にならない?」
「手首にちゃんとはまっているし、邪魔にはなっていないんですが……」
困った顔をするとマリア先輩が首をかしげる。
「どうしたの?」
「こんな高価なものをいただいて良かったのかと……」
「いいんじゃない? この前の毒味のお詫びなんだし。あの毒は少量だったからよかったけど、大量だったら耐性のある薬師でも大変なことになっていたのよ?」
マリア先輩はさも当然という風に言う。
確かにお詫びなのだから受け取るのは当然だろう。しかし、シュウ前王妃は『肌身離さずずっと着けていてね、私の薬師』と暗に外してはならないと含みを持たせた。
それがどういう意味なのか、測りかねている。
「悪いものではないだろうけど……」
どうしてだろう。
この腕輪をつけていると罪悪感のようなものを感じる。
カザヤ様にどういったらいいか……。これを見てどう思うのだろうか。やはり嫌だと思うのだろうか、それとも仕方ないと思ってくれるのか……。そんなことを思ってしまうのだ。
そしてこの腕輪の話を聞きつけたのだろう。カザヤ様から何時になってもいいから必ず来るようにと言付けがあったばかりだ。
少し憂鬱な気分になりながらも、カザヤ様に会えるという喜びは少なからずあった。
すると、昼過ぎにワサト隊長が顔を出した。
「忙しい所すまないが、薬師一人来てくれないか?」
厳しい顔でそう声をかけてくる。
近くにいた同僚がどうしたのかと尋ねると、昼食後から腹痛を訴えている騎士がいるのだという。ワサト隊長と同僚が連れだって出て行った十分後、慌てた様子で同僚が戻ってきた。
「おい、手が空いている奴全員来てくれ!」
同僚は薬師部屋に大声で声をかけた。
「何があったの?」
ディア薬師長の鋭い声に、薬を手にした同僚が振り返る。
「王宮騎士団の騎士様たちが腹痛と嘔吐、下痢を訴えています。たぶん食中毒かと思われます。今、医師が診察中ですが治療の手が足りません!」
「食中毒?」
それを聞いた薬師たちは慌てて必要な薬を手に騎士団宿舎へ駆けこんでいく。中で、騎士の半分が不調を訴えていた。
駆け付けた王宮医師らとともに治療に当たっていく。
「ワサト隊長はお変わりないですか?」
「俺は食事時間をずらしていたからな」
ワサト隊長は苦々しい顔をしながら腕を広げて大丈夫だとアピールする。騎士は交代制で食事をとっているらしい。体調不良を申し出たのは一番初めに食事をとった騎士たちだった。
体調不良者全員を診察して薬を飲ませ休ませると、その場の全員がホッと息を吐いた。これで一通り落ち着いたと言える。
「しばらくは様子見だが、2~3日もすればよくなるじゃろう」
年老いた王宮医師は汗をぬぐいながらそう診断する。
すると、庁舎の入口から硬い声が響いた。
「どういうことだ、説明しろ。ワサト隊長」
カザヤ様がバルガを従えて入ってきた。
その顔はいつものような穏やかさは微塵も見られず、険しい顔で空気も張りつめている。その場の全員が礼をとるが、カザヤ様はそれどころではないというように軽く手で払った。
「報告を」
バルガの短い問いかけに、医師とディア薬師長が前に出る。
「体調不良者は王宮騎士団の半数で30名程度。現在は快方に向かっています。どうやら、昼食の食材にこちらが混ざっていたようです」
ディア薬師長と医師が見せたのは薬草の一部。白い根に葉が映えており、一見野菜のように見えるそれは食中毒の症状を引き起こす毒草である。
しかしそれは一般的な根菜の野菜ととても良く似ていた。
「これが原因なのか?」
「はい。これは東の山奥に生息する毒草。市場では目にすることは少ないため、知識がないものは間違えてしまうこともありましょう……」
調理に当たった料理人も検食をしたことで、同じように苦しんでいる。料理人が意図的に入れたとは思えなかった。
「この食材は誰が発注した?」
フロアに響く凛としたカザヤ様のその声には微かに怒気が含まれている。
奥から震えながら出てきたのは、料理人見習の少年だった。他の料理人たちはみな何かしら症状が出ているらしい。
「あ、あの……」
「知っていることを全部話せ」
「は、はい! この食材は……、その……」
少年はとても言いにくそうに言葉を詰まらせる。
カザヤ様は腕を組んで、片眉を器用にあげて聞いた。
「誰かから送られたのか?」
「……オウガ様からの差し入れだとお聞きしました」
「オウガ……」
その場が一気に緊張が走る。
「オウガ様が野菜商人からたくさんいただいたから、ぜひいつも頑張っている騎士団のために使ってほしいのだということで侍従の方がお持ちくださいました」
少年は真っ青になりながらぼそぼそと話す。
オウガ様の従者は昼食の食材にと進めてきたらしい。張りつめた緊張からついにはポロポロと涙をこぼし始めた。
「オウガ様からの差し入れなので、さっそく使うよう言われスープに混ぜました。ぼ、僕は一番下っ端なので食材には手も触れていませんが、先輩たちは味見したり検食したりしたので症状が出て……」
少年は自分の服をギュツと掴む。
目の前の出来事に恐怖と混乱があるようだった。私は少年の隣へ行き、そっと肩をさする。細くて小さい方は震えていた。
「バルガ、その従者から話を聞きたい」
「承知いたしました」
「ワサト隊長、隊員が半数削られた。警備体制や危機管理体制についてどうするか早急に報告せよ」
「はっ」
ワサト隊長は膝をつき頭を下げる。
「医師、薬師について看護体制は君たちに任せる。決まり次第報告する様に」
「承知いたしました」
「それと」
はきはきと指示を出したカザヤ様は震える少年に向き合う。国王に見下ろされ、少年は気の毒なほどに青くなり震えあがった。しかし、カザヤ様は少年の頭をそっと撫でる。
「大丈夫だ、心配ない。料理長に今後は選び抜かれた食材以外は、決して使わないよう伝えてくれ。もし王族や迎賓からの差し入れならば、一度必ず薬師に相談する様にと」
「はい!」
少年はカザヤ様の言葉を聞き洩らさないよう、真剣に耳を傾け神妙な顔で頷いた。
カザヤ様は少年の隣に立つ私に目線だけ寄こす。いつものような穏やかな温かさはなく、厳しい目のままだ。冷たいとも思える目にズキッと胸が痛む。国王としての威厳を保ったままのカザヤ様に少しばかり緊張した。
いつもとは違う雰囲気をまとうカザヤ様は知らない人のように見える。
カザヤ様は私にだけ聞こえるような声でそっと囁いた。
「今日は来るな」
それだけを言うと、背を向け宿舎を出て行った。
今日は必ず来るようにと言われていたけれど、事態が事態だ。それ処ではないだろう。私も騎士たちの治療に当たらねばならない。
でも、こんな時なのに残念だと思う私は薬師失格なのだろうか……。
軽く頭を振り、治療に当たるべく気持ちを入れ替えた。
――
騎士の皆さんはもともと体力も筋肉もある人ばかりなので、その回復力も目覚ましかった。日が暮れるころにはこのあわただしさも落ち着きを見せている。
しかし……。
「いくら回復したとはいえ、すぐに仕事には戻れないわよね。王宮の警備はどうなるんだろう」
マリア先輩は帰り支度をしながら呟いた。
そして私にこっそりと囁く。
「オウガ様の仕業なんでしょう? 騎士様の人数を減らすことで、カザヤ様の周辺を手薄にすることが狙いなのかしら……」
「え……」
そうか。騎士たちが半数も倒れているのだ。
カザヤ様も指示していたが、警備体制も整えないといけない。つまり、もしカザヤ様を狙うとしたら絶好のチャンスなのか……。
私の顔色が変わったのにマリア先輩が気付いた。
「大丈夫よ。カザヤ様は強いし、ワサト隊長も無事だし。心配ないわ」
「マリア先輩……。そうですね……」
励ますように私の背中をさすってくれる。
カザヤ様からもらった栞を手に取る。あのカザヤ様がわざわざ手作りしてくれたもの。それを見ているだけで胸の奥が苦しくなる。
本当は会えるのを楽しみにしていた。何時になってもいいから必ず来るようにと言われたのが嬉しかった。
残念な気持ちはぬぐえない。
私は栞をそっと手に取り、胸に抱きしめた。
どうか、カザヤ様が無事でありますように……。
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