第2話 出会いは放課後、中庭にて

 下校時間になり、雪本 雪菜は粉雪が風に舞うかのようにもう教室から姿を消していた。何故か俺は雪本 雪菜を目で追っていた。


「おい、おい!充!なんなんだよ!あの声!説明してみろ!」


「お前がなんなんだよ急に、渡辺」


「だって、あの美少女があんな声をしているわけが無いだろう!」


「そんなこと言われてもわからん。俺にも。でも、声を作ってる可能性はあるかもな」


「お、流石はASMRマニア!研究者!なぜそう言えるんだ?」


「別に研究者になった覚えは無いが……まぁ、俺でもあんな声質は初めて聞いたからな。正直驚いた」


 そうか、俺はあの声が珍しくて雪本 雪菜の声を追っていたんだ。


「お前でも、初めて聞く声か……でも、そんだけすげーってことだよな!流石は俺の惚れ込んだ女!」


「お前なんか凄いな。これが恋に落ちる猿か」


「誰が猿だ、誰が」


「でも珍しいな、お前がこんなにあっさり一目惚れするなんて」


「あ?そうかー?」


「そうじゃんか。渡辺お前中学の頃はクラスの女子がーって俺に悪口止まらなかったじゃん」


「それは、中学のレベルが低かったのが悪い。俺にふさわしい女はいなかったってことだ」


  ただモテない理由を八つ当たりしてただけじゃないかなあと頭に過ったが、まぁ言うのはなんとなくやめといた。


「ま、猿も木から落ちるっていうし、渡辺も恋に落ちるってことか」


「新しいことわざつくんじゃねーよ!それと俺は猿じゃねー!」


 俺達はそんな馬鹿なやり取りをしてから一緒に下校することになったが、


「あ、やべ」


「どうした充?」


「教室に忘れもんした。取りに行ってくる」


 教室に今日受けとった資料を机の引き出しにしまい込んだまま忘れたことを思い出した。


「ったくお前は」


「先帰ってていいぞ、渡辺」


「そうか、じゃあまたな」


「ああまた」


 あぁ、めんどくさい。俺はこういう無駄な手間が嫌いなのだ。まぁ俺のせいなんだが。


 教室に戻って、資料をそそくさと引き出しから取り、バックに入れて、俺は教室を出た。教室にはまだ何人か生徒が残っていた。


 俺は、廊下や階段の窓から中庭を見つめながら歩いていた。すると、中庭の茂みに、雪本 雪菜が居るのを目にした。


「なにやってんだ、あいつ」


 俺は気になった。


 もしかしたらアイツは、雪本 雪菜は、あの声からして本当は男で、あの姿は皮でできたマスクを被っていて、この学校でなにか事件を起こそうとしている不審者なのかという馬鹿みたいな妄想をしてしまう。


 俺は足早に校舎の一階へ行き、渡り廊下に着くとそこから恐る恐るゆっくりとバレないように中庭へ向かった。竹林とテーブル席がある少しオシャレな中庭のスペースから外れた校舎側の茂みに雪本 雪菜はひっそりと佇んでいた。そして何かを呟いているような微かな声が聞こえた。俺は校舎を盾にしてしばらくその様子を伺っていた。


 俯いて何かを永遠にブツブツ言っているが、よく聞こえない。何をしているんだアイツは。呪詛でも唱えているのか?


 もう少し、近づかないと聞こえない。


 バレないように一歩一歩、近づく、そして段々と声が大きくなってきた。


 そして急に、雪本 雪菜は踵を返し、俺の方へ走ってきて、ぶつかった。


「いてっ!」


「いたっ!!」


 思わず互いに尻もちを着いていた。


「いてて……だ、大丈夫?」


「はい、大丈夫です。あっ……」


「え?」


 雪本 雪菜の声は、あのクラスで聞いた「はい」という、ドスの効いた低い声ではなく、山の鳥が朝に囀るかのような、繊細で伸びやかで、そして山の長るる綺麗な川のように透き通った美しすぎる声だった。


 そして...その声は、、、、、


「な、なんでもないです」


  元の低い男声に戻ってそう言って、彼女は、腰を上げ、立ち去ろうとした。


「おい、、待て、今、完全に声変わっただろ」

 それを俺は呼び止めた。


「何を言っているかよく分かりません。ゴホンっ。これが私の地声です」


 そう言って 再び、雪本は立ち去ろうとする。


 さっきの声は、、


「待て、待てよ」


 俺は雪本の立ち去ろうとする行動を止めるためにその手を掴んだ。


 雪本 雪菜がさっき発した声、それは完全に、大のASMR配信オタクで声フェチの俺が一番好きな配信者、星霜 冷の声に似ていた。いや、星霜 冷そのものだった。


「お前、、星霜 冷だろ?」


「えっ?あっ、えっ??な、なんでその名前を」


 雪本 雪菜は驚き、慌てふためいた。


「俺、、ファンだから」


「ちょっーとこちらに来てください!」


 そう彼女は言って、彼女が先程居た中庭の隅っこに俺も引き連れられた。


「ほ、本当に星霜 冷のファンなんですか?」


「うん。そうチャンネル登録100人前ぐらいから」


「ひ、ひゃあっ!?めっちゃ前じゃないですか!超古参じゃないですか!」


「ああ、まぁ、お恥ずかしながら、俺、星霜 冷の古参なんだよね」


「そ、そうなんですか、、じ、実はわたしもそうなんですよ!星霜 冷さんの声めっちゃいいですよね。だから私も真似してて……」


「いやいや、あの声は真似しても出来ないでしょ、あんないい声」


「え?で、出来ますよ別に」


「いや、出来ないよ。だってあの声は最高だから唯一無二だから」


 俺はなんの恥ずかしげもなく堂々とそう言った。


「え、ええっ...」


 雪本 雪菜は動揺しながら少し照れていた。


「なんでお前が照れてるの?雪本だっけ、お前は真似してるだけだろ?」


「べ、別に照れてないですよ」


「と、とにかく私は星霜 冷じゃないですし、地声はコレです」


「そのデスボイスやめてくんないかな」


「誰がデスボイスですか」


「それだよ。とにかく、俺は絶対声感を持ってるんだ。俺の耳に間違いは無い。君は絶対に星霜 冷だ」


「なんですかそれ...あああああもう、、」


「はぁ...うゔん……はぁ、、、そうですよ私が星霜 冷です、、そしてこれが地声です」


 彼女は、認め、そして本来の声をあらわにした。あの感触の良い滑らかな響の声が彼女の口から発せられた。


「やっぱりな」


「まさか...この学校に私のファンがいるなんて、そんな」


「なんかごめんだけど流石に地声出しちゃった君が悪いんじゃないかな」


「はぁ...あなた、私のファンなんですよね」


「うん。大ファン」


「じゃあ、私の正体とか、私の地声のこと黙ってて貰えますか、活動に影響が出るので」


「うーんどうしよっかなー」


 俺はわざとらしくそう言った。


「はぁ!?あなた!私が活動できなくなってもいいんですか?」


「それは嫌だけど、別にバレようが活動すりゃいいじゃん」


「私が嫌なんですよ!ただでさえあなたに知られたのも嫌なんですから」


「しょうがねぇなー分かったよ。それは黙っておく。男に二言は無いからな」


「言いましたね?絶対ですよ?」


 雪本 雪菜は睨みを聞かせてそう言う。


「あぁ、絶対だ」


 俺は深く頷いてそう言った。


「じゃ、じゃあ私はもうこれで帰ります。さようなら」


 そう言って踵を返そうとする彼女を俺は呼び止めた。


「ちょっと待って!」


「なんですか?」


「さっきなんか呟いていたけど、何してたのここで?」


「あなたには関係の無い話です。それじゃ」


「ちょっと待って!」


「まだ何かあるんですか?」


 俺は再び彼女を呼び止め、雪本 雪菜は、煙たそうな顔をしてそう言った。


「今日の配信楽しみにしてる、そんじゃ」


 そんな彼女に近づいて、そう言って、俺も踵を返して帰ろうと駆け始めた。


「うう...はぁ、、もう、どうして私はいつもこう……」


 立ち止まったままの雪本 雪菜は何かをつぶやいていた。そして俺と別れた。


 たまたま、まさかまさか、彼女の正体を知るとは、まさに運命の出会いだった。

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