第2話 依頼人と出会う

 

「…それ、朝も思ったんだけど、なんで私の名前を知ってるの?」

あの時彼女は私にこう言った。

『落とし主は、あわてんぼうな兎。アリス。あなたが探して』

「私の名前が有栖だってなんでわかったの?」

「そうだな…。ひとつ言えるのは個人情報はあんまり無防備に晒しておくものじゃないよってこと」

「え?」

「自分の持ち物を見て考えたらいいよ。どうゆうことかわかるから」

「…はぁ」

思い当たる節はないけれど、彼女はきっとあの瞬間何かしらの理由で私の名前が有栖だと知って、面白がってメモ帳を捨てたのだろう。

ちゃんとこのメモ帳を確認していないがなにか「アリス」という言葉に関連づいたことがあるのかもしれない。

その時。階段の横にある大きな時計がボーンボーンと鳴り始めた。

私はビックリしてわぁと情けない声を出してしまう。

彼女は時計を少し見て私に向き直ってこう言った。

「もう17時か。今日は解散。説明はまた明日。明日の放課後またここに…」

「やっぱり葉山静だったか」

突然後ろから聞いたことのある声が葉山の言葉をさえぎる。振り返ると佐々木がいた。私の事を追いかけてきたのだろうか。

「清川遅いから、迷子になってんのかと思って心配しちゃった」

「まっすぐ来たって」

「…友達?」

葉山が少し冷静な顔になって尋ねてくる。

「あ、うん。私と同じクラスの…」

「葉山ちゃん随分馴れ馴れしいんだね。先輩にタメ口なんて」

先輩…。そうか。そういえば葉山は1年生か。

あまりの美形に忘れていた。堂々した立ち振る舞いに違和感もなかった。

「有栖は特別なの」

「と、特別…?」私の心臓が少しドキッとする。

「そう。特別。メモ帳の件を任せる…いわば相棒みたいなものだもの」

相棒…か。出された答えに心臓のドキドキが平常に戻っていく。

でも、なんだか嬉しい。

私が「相棒」という言葉を咀嚼している間に、ゆっくりと歩みを進めた葉山はいつの間にか佐々木の目の前で上履きを脱いでいた。

「…何を企んでるの?」

「企んでるなんて物騒ですね先輩。私はただ、困っているから助けを求めただけです」

「あんたが助けを求める…か」

佐々木がつぶやいた言葉に葉山の顔が険しくなる。

「言っておきますが私はあの件に関しては無関係です。どうせ私の事を勝手に憎んでるんだと思ってましたがやっぱりそうですか」

「だってあんたが!!!…あんたが…美空みそらを…」

「助けられなかったのは先輩も同罪でしょ」

空気が重くなる。どうやら私の知らないところで2人は知り合っていて何かあったらしい。美空…。誰の話だろう。

佐々木がきまづそうに下を向くと、葉山は細く長い脚を懸命に動かして走り去ってしまった。


「佐々木はなんで葉山ちゃんに怒ってたの?」

5分後に来るバスを待ちながら、私はまだむくれている佐々木に尋ねる。

「佐々木、今まで誰にもそんな態度とらなかったじゃん」

中学の時から今まで、へらへらしている佐々木しか見てこなかった。

今のように重い空気を纏う佐々木は私からしたら異様だ。

「…いろいろあったんだよ。あいつとは」

「いつから知り合いだったの?」

「それは…あいつが高校に入学してきた時からかな」

「さっきの美空って子に何か関係があるの?」

「それは…」

佐々木が言葉を続けようとした時、待っていたバスが向かってくる音がした。

それを見て佐々木は重くなった空気を押し払おうと伸びをする。

「とにかく、あいつとは関わらない方がいい。メモ帳も葉山に返してなかったことにしちゃいなよ。…あ、それと。学生証をパスケースに丸裸で入れとくのやめなよ」

一通り言いたいことを言い終えると、佐々木は颯爽と立ち去ってしまった。

パスケース、学生証…?私はとりあえずバスに乗車し、席に座ってからパスケースを確認する。すると、見てくださいと言わんばかりの個人情報が見えた。

「…あ!これか!」葉山が言っていたことに結びついてはぁ~とため息をつく。

先日転んだ子供を咄嗟に助けたときに、とりあえずしまったんだっけ。

私は学生証をお財布に戻して窓にもたれかかった。


家に帰って鞄の中身を取り出す。そしてふと例のメモ帳を見ると、少しの違和感に気づいた。「チョコレゐト…」メモ帳の表にプリントされた『チョコレート』の文字の伸ばし棒の部分に青いボールペンで違和感のない『ゐ』が書かれていた。

しっかり見ると発見があるものなんだなと感心しつつ、1枚目をめくってみる。

『これはアリスの手記

不思議の国のアリスになって私の隠したプレゼントを探してね』

1枚目にはこう綴られていた。丸みを帯びた小さな字体。メモ帳の可愛さと合わせて察するに、このメモ帳の持ち主は女の子だと判断できる。

「いや、普通女の子か。どこで拾ったかはわかんないけど、うち女子校だし。敷地内も女子ばかりだから…あまい推理だったか」

すぐ推理をしたがる佐々木みたいにはうまくいかない。

しかしあんなに人に対して怒るなんて…。2人の間に何があったんだろう。今まで腐れ縁としてつるんでいただけだから何があったのか全く予想ができない。

美空なんて名前すら初耳だったし…。

私はメモ帳の2枚目をなんのためらいもなくめくる。途端、私に衝撃がはしった。


それは、2枚目以降の紙に何も書かれていなかったからだ。


第2話「依頼人と出会う」終わり








































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