第5話

CASE2


 とある一軒家の部屋の散らかった部屋に、若い男がカタカタとゲームのコントローラをいじくり回す音がひびく。

 奇妙な生物を撃ち倒すようなシーンがテレビに映し出されている。

 間もなくそこには陰鬱(いんうつ)な音楽とともに敗北(LOSE)の表示が浮かび上がる。

「あー。やっぱムチャだったかぁ」

 がっくりとうなだれ、すぐに背伸びしてコントローラをうしろのベッドに放り投げる。

 窓がコンコンとノックされて、見るとベランダで彼の妹が呆れたような顔をしながら部屋の中をのぞいていた。

「実(み)影(かげ)さあ、きのうからずっとそればっかじゃん」と彼女は言ってくる。

「ああ、ギャラクシーウォーオンライン?」

「いや知らないけど」

「たおしたいやつがいるんだよ」

「なに言ってんの? ゲームのなかで銃ぶっぱなしてないで、もっと将来のためになんかやったら? あたしは心配で……」

「うるせえよ。おれあプロゲーマーになんだよ。これも立派な仕事なの!」

 ぶっきらぼうな双子の兄の態度に妹の意(い)鶴(づる)は呆れ、小さくため息をついたあと首をよこにふった。

「じゃあもうあたし神奈川いくけど、せいぜいそっちもがんばんなさいよね」

「へーへー。いってらっしゃいませ。神奈川でもカリフォルニアでもいってこい」

 ふたりは双子で、小さいころは瓜(うり)二(ふた)つだった。

 だが年を経るごとに顔つきも体つきも変わっていった。進む人生の路(みち)も。今でも笑い声と顔のパーツはよく似ている。

 気を取り直して兄の実影はコントローラーを拾い上げたが、大きなあくびがでてその勢いのままベッドに倒れそうになる。

「いや、もう1セットだ」

 ひとりでつぶやいてからテレビに向き合う。機械に直接繋いだヘッドフォンを装着して、コンピューターの世界に入り込んだ。

 外では警察車両のサイレンが鳴り響いている。しかしいま実影は下界の音を遮断しているためそんなことには全く気づかずゲームに没頭する。

 実影はその後何時間もゲームをプレイしていたが、さすがにくたびれて気力がもたなくなってきた。

 プレイングの質が落ちてきてしまったためこれ以上は続けても意味がないとそこで切り上げる。

 腹が減ったので家を出た。霧雨(きりさめ)のような薄い雨がちらほらと風に乗って降(お)りてきている。時刻は深夜四時を回りまだ周囲は暗いが、遠くの空はわずかに青色に変わり始めていた。

 これくらいならと、気にせず実影は傘をささずにコンビニへとむかう。

 街がしんと静まり返っていた。まだ日が昇る前だからとはいえ大阪の町がこれだけ騒音がないのはめずらしい。

 そしてやけに道にゴミが散乱していたり、乗り捨てたような自転車が倒れているのが際立つ。だが疲れた頭で視野がせまくなっている実影は、まったくそんなことを気にも留めずにコンビニのなかへと入った。

 適当に弁当や飲み物をあつめたあとレジに立つがほかに人の気配がない。客どころか店員のものも、である。ふつうは店内に音楽などが流れているはずだがそれもない。

「だれかいないんすかー」

 大き目の声をだしても返事はなかった。実影は苛立(いらだ)ち、店員がくるまでの間ほかのことをしようとスマホをとりだす。

SNSのアプリをひらくと、どうもネットが異常に騒然となっているのがわかった。なにか感染病のようなものが流行っているらしい。

そこで、妹の意鶴から十件は連絡がきていることに気が付く。かけ直すがすぐにはつながらない。さすがに変に思って、留守電を起動する。

 電話の向こうの意鶴はいつもより取り乱している様子だった。息を切らして、凍えているかのような声で話す。

『実影……こっちはまずいことになってる。なにか変な人たちがおおぜい暴れてて……ニュースはもう知ってるよね? とにかく今基地のなかに避難してるからしばらくはだいじょうぶだと思う。大阪は平気? 無事なら連絡かえして』

 店の外に出て何度かかけ直すがつながらない。電波が不安定らしい。

 実影は小さくため息をつき、あたりを見やった。

近くでなにか地面がこすれるような音が聞こえて見ると、ひとりの女性が道の中央でうつぶせになって倒れていた。よく見るとその人はわずかに動いており、顔じゅうが血のような赤い塗料かなにかにまみれている。見間違えかと自分をうたがう。その女は精巧なマネキンかあるいは人間の生首のようなものをつかんでいた。

手に持っているものがなんなのかはともかく、あの女性自身は交通事故かなにかで死んでしまったのではないかと思ったが、まだ息があるようで地に片手をついてゆっくり立ち上がる。目と口からも血が滴(したた)っていた。なにかを訴えかけるような表情で、こちらにむかってじわじわ歩みよってくる。

 一瞬異様な光景にぎくりとし、救急車を呼ぶべきなのかと考えたときあの生首がなんなのかの疑念が同時に脳裏にちらつき、実影はすぐに行動がとれない。街にほかにだれも人がいないために、この状況がかなり不気味に映る。

「おい」

 肩に手をかけられておどろく。反射的に振り返ると白混じりのひげをはやした壮齢の男がこちらをのぞきこんでいた。

「なにしてる。こんなところにいたら死ぬぞ」

 真剣な顔で言うので、なにを言っているのか、すぐには理解できなかった。

 足音がしてそちらのほうをみる。さきほどの女性がゆっくりとうごいている。

 目を凝らしてみると首のあたりに植物の種のようなものが浮かび上がっており、そこから木の根が張るように血管が緑色に浮かび上がっていた。

女は背を丸め、奇怪な動きでこちらに向かってくる。時折見える表情には正気が宿っていない。

 実影はひげの老人に服の背をつかまれて、引っ張られるようにしてその場を逃げる。

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