第2話

どちらにせよ最悪なのはそいつらに囲まれることだろう。俺は歩調を早め、頻繁(ひんぱん)に首を振って辺りの気配を探ることに神経をつかった。

周囲のささいな音にさえ気をつかっていると、やがて静寂(せいじゃく)がもっとも不気味に感じてくる。

 わざわざ往復せずに済むようにホースかなにかを使って拠点のちかくまで水がくるようにできないだろうか、などと考える。

 水の音がきこえはじめ目的地につくことができた。池になっているところから水を充分にくんだあと、道を引き返す。行きにつかった最短のルートをまた行こうか迷ったが、嫌な予感がしたのでやや足元は悪いが視界のいいほうを行くことにした。

 それから車をつかって町民のいない町におりて、物資や食料のありそうなところを転々とする。

 無人のガソリンスタンドにまず向かったが、どこも品切れだった。

 さびれた市街地のなかにはかつて食べ物を扱っていた店もいくつかある。運よく今日は異形(いぎょう)のものたちの姿はなかったが、目的の食料はどこも大して数がのこっていないうえに腐っているかどうか微妙なところのものばかりだった。

 ドラッグストアだったらしき建物をたまたま見つけ入ると、缶詰がかなりの数残ってあり手に入れることができた。ホコリと蜘蛛(くも)の巣をかぶった薬品たちもいくつか拝借(はいしゃく)しておく。今後なにかあったときに役に立つ。

 異様な気配を感じて部屋の隅を見ると、床に横たわる人間の死体から毒々しい姿の植物が生えている。そのとき立ち眩(くら)みがして、頭を抑えた。まただ。また物に意味不明な英字の列が重なって見える。しばらくすると落ち着いた。

奇妙な死体は今では珍しい光景でもないためほうっておくことにする。

 それから家、というより勝手に住まわせてもらっている小屋へともどった。

 部屋には、隅のベッドの上で苦しそうに寝ている女性がひとりいるほかには、特にふだんと変わりはない。

「いい缶詰がはいった」

 俺は挨拶がわりにそう言いリュックから水と缶詰、それから薬を取り出してベッドの横のテーブルに置いてやる。

 弱々しい声で女性は礼を言ってくれた。

彼女と親しいわけではないので、こちらから缶をわざわざ開けてやることはしないし、水をよそうこともない。

「ごめんね……足手まといで」

 そういう声がきこえ、返事をするまえに俺はつかれたのでベッドの横に座り込む。

「お前みたいのでも、世界に自分の他に誰もいないよりはマシだ」優しい言葉をかけるつもりはなかったが、慰(なぐさ)めの言葉が自然と口をついて出た。

「他のやつはどこにいるんだろうな。こんなに会わないってことあるか? ……ああ、すまん独り言だ。寝てくれ」

「……どこかにいるよ」

 話しかけたつもりはなかった。声が返ってきてしまい、俺はだまりこむ。病人に余計に体力を消耗させる趣味はない。どうしても家にふたりだけなので、独り言をひろわれてしまう。

「オルソン、遅いな。もう二日は……」

「ね、楽しい話……してほしい」

 彼女がぼそりと言った。起き上がろうとせず横になったままでいるので、俺は自分のを飲むついでに彼女のコップにも水をいれておいてやる。どうもコップがふたつあると同じようにそそいでしまう癖が昔からある。

「んなもんねえよ」ぶっきらぼうに俺は答えた。

「昔の……話。まだ……まとも、ふつうの世界だった……前のころの」

「そんなの話してどうなる?」

「……」

 おたがい黙り、部屋から音がなくなる、うしろでシーツがわずかにこすれる音がした。俺は座ったままただぼうっと、窓から見える白い曇り空をながめる。

「楽しい話……か。もう、あまり思い出せないな。だけど覚えてるのは……」

そう、あるとすれば、この日々とは全く違ったという感覚くらいのものだろう。


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