6.僕の大切な仲間達


   6



「サブローさん。怒りはしないと約束します。ですからなにがどうして【原初の家族ファースト・ファミリア】の皆さんが行方不明となっているのか、説明していただいてもよろしいですか?」



 サブローさんサブローさんサブローさん。マミヤさんは壊れたマナ人形みたいに言葉を繰り返す。瞳には生気せいきがまるでない。その感情もまったく読み取れない。


 ああまったく。なにがどうしてここまで僕はついていないのだろう? それはいままでが幸運すぎたからだろうか? だから大人になったいまに不運が回ってきているのだろうか? それは想像したくもない憶測だ。まったく。


 マミヤさんの取り乱し方も頷ける。もしも過去の文献の例が今回のダンジョンXにも当てはまるのだとしたら? それはまさに言葉通り世界の危機である。いま僕たちは世界の危機に直面しているかもしれないのである。


 魔神が復活するかもしれない。


 その危機感を胸にしまいながら僕は言う。



「まあ、なんていえばいいのかな。僕にもよく分からないっていうか、僕にどうこう出来る問題でもないっていうか」

「違いますサブローさんそういうことを聞きたいわけではありません。なにがどうして行方知らずなのかを知りたいのです。そして可能であれば招集してください。出来ないのですか?」

「出来ると言えたら僕も苦労しないんだけどさ。みんな、なにかしらの用事があって消えちゃったんだよね。朝にはラズリーもいたんだけどね? 僕に気配遮断の魔術をほどこしたあと、消えちゃった」

「消えちゃった、じゃないですよ。連絡してください。メッセージ・バードを飛ばしてください。出来るでしょう」

「場所が分かれば出来るんだけどね」

「どうして場所が分からないんですか……」



 僕はうなだれる。マミヤさんも肩を落とす。


 落ち込んだ空気の中をのぼっていくのはお茶の湯気だけである。


 そして僕はその湯気の軌跡を眺めながら考える。思い出す。昨夜のことを。


 たとえば一番最初に声を掛けてきたのはシラユキだ。



 長身・スレンダーな体格・中性的な顔つき。女性ながらに別名で『王子』と呼ばれているシラユキは昨夜の九時頃に僕の借りている宿の戸を叩いた。


 栗色のショートカットはしっとりと濡れていた。漂ってくるのは爽やかで女性的な良い香りだった。それはシラユキが風呂上がりであることを示していた。そしてシラユキは僕の家にお邪魔することなく玄関口で言った。



『覚えたいスキルを見つけたから、すこし出てくるよ。きっとこれからの冒険に役立つと思うんだ。大丈夫。すぐに戻ってくるから、心配しないで? サブローは良い子で待っているんだよ』



 もちろん僕は心配することもなく頷いた。それはなによりシラユキに対する絶大な信頼があるからだった。


 そうして次の来客はシラユキが旅立ったおよそ一時間後に訪れた。僕の家の戸をノックしたのはスピカだ。幼い頃から変わらないカラスの濡れ羽にも似た青みがかった長髪。しかし幼い頃から成長に成長を遂げたスタイル。


 無論僕としては幼馴染みということもあって視線が胸に向かうことはない。けれどこれが初対面だったりしたらどうだろう? 街ですれ違ったりであったならばきっと僕の視線というのは吸いついてしまうところだっただろう。これでも僕は健全な男子だからね。


 なんてスケベなことはどうでもいい。スピカは言った。



『ごめんねサブローくん。精霊に呼ばれている気がするから、すこし王都を出てくるね? 大丈夫。心配しないで待っててね? すぐに戻ってくるから。ね?』



 もちろんスピカに対しても僕は心配することなどなにもない。幼馴染みだからこその信頼感がある。それになにより小さいときからスピカがちゃんとした子だっていうのを知っている。スピカが心配しないで待っててね? と言うのならば心配する必要など微塵もないのだ。だからシラユキと同様に僕はこころよくスピカを送り出した。


 それにしても精霊が呼んでいる気がするってなんだ? まったく大人になってもスピカは規格外だな?


 そして午後十時。さて。僕も健康的にそろそろ寝ようかな? でも寝る前にマナチューブで動画を見ようかな? それともマナッチでお気に入りの配信者のゲーム実況でも見ようかな? とか考えながらとこにつく。


 ドラゴンが家の戸を勝手に開けやがったのは日付が変わる手前だった。


 僕はマナッチで好きな配信を見ながらほとんど寝落ち状態だった。


 クソ野郎……! と僕は怒りながらにのそのそ起きてドラゴンを迎え入れる。


 ドラゴンは長身痩躯そうくのスキンヘッドがよく似合う強面の男だ。あまり多くを語らず口数も少ない。おとなしい性格をしている。なので「あの人は意外に良い人だ」なんていう噂が広まったりしたこともある。もちろんそんなことはない。ドラゴンは悪い奴だ。悪行に悪行の限りをつくしてきた奴だ。何度も何度も騎士団に捕まって牢に放り込まれてきた奴だ。それこそ学生の頃には年単位で強制労働させるか? という話も出たくらいなのだ。


 とはいえいまはその悪事の衝動みたいなものを魔物相手に晴らしている。大人になってから犯罪は起こしていない。まあそもそもドラゴンが悪事を働くのは相手が悪党のときに限るのだけれど。だからいままでも許されてきたようなところがあるのだけれど。



『悪ぃサブロー。ちょっと出てくるわ』

『……出てくるって、なにしに?』

『野暮用だ。心配すんな』

『いや心配するよ。こんな夜中じゃなくて朝にしたら?』

『大丈夫だ。安心しろ』

『いや安心できないね。夜中に問題起こされて睡眠が削られるの嫌だし』

『問題は起こさねえ』

『うわぁ信用できねぇ』

『じゃあな。すぐ戻る』



 という下りのすぐあとにドラゴンは姿を消した。僕はうとうとを起こされて不機嫌になった。しかもドラゴンが心配なのとドラゴンがなにか問題を起こすのではないかという不安によって頭が覚醒してしまった。以降はまったく眠れなかった。


 そして仕方ないのでラズリーが泊まっているホテルへと向かった。睡眠の魔術を掛けてもらうために。


 偉大な建築士が繊細な魔術によって完璧な比率で建てたであろうホテルは天をくかのごとく高い。そしてラズリーは当たり前のように上層のスイートルームに泊まっていた。僕を迎える頃には当たり前に寝間着姿だった。


 すこし癖のある長い金髪にピンクのインナカラーを施している。お洒落でとてつもなく色っぽい。しかもラズリーはスピカに負けず劣らずの凶暴なスタイルをしている。しかもしかも寝間着姿ゆえに白い肌がちらちらと誘うように出し隠れしている。まったくもってけしからん。


 僕が男女の友情を信じている男で良かったな! と叫ばずにはいられない。



『ごめんラズリー。寝かしつけてくれない?』

『寝かしつけ? なにサブロー。そういうプレイに目覚めちゃったわけ? まあ、あたしは別にいいけど。で? …………ベッドの上に運べばいいでちゅか? ばぶちゃん』

『うわぁ』

『うわぁ、ってなによ!』

『ごめんそういうのは求めてないんだ。普通に寝たいだけ。目が変に冴えちゃったんだよ』

『なにそれ。あたしひとりだけ恥ずかしいみたいなの。そういうのって良くないわよね? 良くないと思わない? ねえ。あたし達は仲間であり親友でしょ。親友ひとりにだけ恥をかかせるのってどうなのよ?』

『うわぁ面倒くさい! ラズリーの悪いところが凝縮されてる! 帰りたい!』

『はぁ? 帰すわけないでしょ。もう隔離してるから、この空間』

『ばぶばぶ~』



 それから僕はラズリーが満足するまで赤ちゃんになった。もちろん記憶は消した。僕はなにも覚えていない。


 気がつけば朝になっている。ベッドの隣ではラズリーが寝息を立てている。それで僕がシャワーを浴びて部屋に戻ればラズリーも起床していた。


 僕はダークちゃんとの用事があるのでホテルを出なくてはならなかった。それでついでにラズリーに気配遮断の魔術を掛けてもらったのだ。


 ……去り際にラズリーは言った。



『解除の合言葉を教えておくわね。私、今日はたぶん王国に居ないと思うから。あ。寂しがらなくても大丈夫よ。数日したら戻ってくるわ』



 オッケー。と僕は軽く返事をしてラズリーと別れた。そして王都の酒場でダークちゃんと合流して……現在地点に繋がるというわけである。


 さて。


 僕の説明を聞いたマミヤさんは頭を抱えていた。でも本当に頭を抱えたいのは僕の方なのだ。まさか仲間と離れたタイミングで魔神復活の前兆に出くわすなんてね。



「サブローさん」

「うん」

「仕方ありません。覚悟を決めてくださいね」

「? 覚悟って?」

「私はあなたを評価しています。サブローさん」



 そのときのマミヤさんの気配の変貌というのは――それこそ凶悪な力を持って人間を見下していた魔物が僕たち【原初の家族ファースト・ファミリア】と対峙して命の危機に瀕したときに似ていた。


 油断と慢心から一転。急激に敵愾心てきがいしんと闘士を剥き出しにして襲いかかってくる。そのに似ていた。


 落ち込んでいたところから一転――マミヤさんは顔を上げて言う。



「あなたならば、【原初の家族ファースト・ファミリア】以外のパーティーでも、勇者の役割を果たせると」



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