わたしは、もどかしい百合に挟まれる風の精。

つじ みやび

episode 1 「昨日の話は、無かったことにして頂きたい」

「昨日の話は、無かったことにしていただきたい」

「あら、どうして?」


とある島国、とあるお屋敷のとある東屋にて。

軍服をキッチリと着込んだ女性と、レースをふんだんに使ったドレスを着こなす女性が向かい合っていた。


「いや、やはり私には似合わないと思ってな……。家に帰った後、言ったことを後悔していたのだ。それに、きっと迷惑をかける。それは忍びないだろう。」

「一緒に作るの楽しみにしてるわと言ったと思ったのだけど。」

「そうはいってもだな……。」


いやいやとお互い一歩も引かない様子。

事の起こりは、昨日のお茶会の時間までさかのぼる。



「今日のお菓子はこれ。ポルボロンっていう名前のお菓子ですって。なんでも、幸せになれるお菓子だそうよ。」

「ほう、興味深い。一ついただこう。」


すこし大きめのクッキーだなと思いつつ軍服の女性、イフリレはポルボロンを口に入れる。

サクッとした食感と共に小麦粉の香りが口の中に広がる。かと思うと、口の中の水分を吸収しほろほろと崩れていく。一緒に出された紅茶を含めば、紅茶の香りも相まって幸福感が増し、思わず笑みが浮かんだ。


「ふふ、よかった。今回も気に入ってもらえたみたいね。」

ドレスの女性、ウェティスはそう言ってイフリレのカップにお茶を注ぎ足す。


「これね、あなたがくる前に作ったの。作って少し置いておくとほろほろして一番美味しいって聞いたから。喜んでもらえて嬉しいわ。いつもお仕事お疲れ様。」

「これウェティスが作ったのか!?すごいな。確かに少し暖かくて出来立てみたいだとは思ったが、まさか作ったなんて。」

「そんなに褒めても何も出ないわよ。これは結構簡単に作れる部類なのよ?あなたも作ってみる?」


いつもであれば、力を加減するのも苦手だし自分には無理だろうからいいと答えるイフリレ。ウェティスもそう答えられるだろうと思いながら聞いた。


「……そうだな。作ってみるのもいいかもしれない。」


予想外の答えにウェティスは慌てる。


「突然どうしたの?」

「ん?なんだ。」

「いやあなた、え?これ作ってみる?」

「うむ、簡単なんだろう?私にも作り方教えてくれないか。」


いったい何があったというのか。とはいえ、いつか一緒にお菓子作りができたらと思っていたウェティスはこれ幸いと次回の約束を立てる。

「じゃあ、次回のお茶会で作りましょうか。時間作れる?それまでに材料用意しておくわ。」

「そうだな……。実は来週は忙しくなりそうで、急だが明日なら時間はある。」

「明日ね、わかった。今日使ったあまりが少しあるから、ちょっと買い足せば十分よ。任せて。私ずっとあなたと一緒に作りたかったの!楽しみだわ!!」


と、そういうことになっていた。



「ほんっとうに申し訳ない」

「私は謝って欲しいわけじゃないわ。材料が無駄になるかもとか、そういうことじゃないの。一緒に作るの楽しみにしてたのよ。」


本当に、楽しみにしてたのだ。ずっとふたりでやりたかったお菓子作り。

でも、ウェティスは知っている。

イフリレは、自分のお願いに弱いことを。


両手でドレスの布をギュッと掴み、目に涙を浮かべ、手を震えさせる。

今まで何回かトライアンドエラーを繰り返し、一番ベーシックなこれが効きがいいことはわかっているのだ。


あとは名前を呼ぶだけ。いつもは恥ずかしくてなかなか呼べないが、お願いの時は気合を入れて名前を呼ぶ。


「イ、イフリレ……だめ……かしら……?」


そう言いつつ、したからチラッとイフリレの表情を確認する。

予想通り、どうやらお願いは効いているようで。


「い、いや……でもそうだな……初めに言ったのは私だし…………つ、作ると言っても、炎を出すくらいでいいか?」


よし、やった!

ウェティスは表情をころっとかえ、言う。


「もちろん!あなたの炎で、お菓子作りしましょ!」


ちょっと飛び跳ねながら、ウェティスは屋敷の中に戻っていく。イフリレも、またしてもやられたなと思いながら、ウェティスの後を追い屋敷に向かった。



この島国には、無数の神とその使徒が居る神秘の国と言われている。

特殊能力を持つ者が生まれる、神秘に包まれた国だ。

遥か昔には、海の向こうからやってくる征服者に悩まされていたそうだが、何年も繰り返し撃退した結果、近年では平和が訪れている。


そんな平和な島国のとあるお屋敷では、ちょっとした騒ぎと噂になっていた。


お嬢様が、ついに、あの軍服の女性を屋敷に連れ込んだぞ。と。


2人はそんなことも知らず。ウェティスがイフリレの手を引き、厨房に案内する。

「さて、お菓子作りするわよ!まずは、この粉を炒めるのよね。イフリレ、炎出してくださる?」


お菓子作りに集中し始めたウェティスは、イフリレのことを名前で呼んでいるのにも気づかないまま、テキパキと指示を出してゆく。


イフリレは特技の発火能力を使い、言われた通りの場所に炎を出してゆく。

もうちょっと温度高めに、もうちょっと低めに、炎はもっと小さく、まだ赤くして、青くしてなどなど、さまざまな号令がかかる。



「や、やっとできたわね……!」

調理を始めてから2時間。厨房はまあ酷い有様になっていた。


所々に煤がつき、なにかが焦げつき、食品だったであろうものに火がついてチラチラと小さく炎をあげている。

本人たちは気づいていないが、厨房の近くには使用人たちが集まっており、彼らもほっと安堵のため息を漏らしていた。


「ああ……こうなるとは思っていたが、やっとできたな。」

だからやめておこうと言ったのにと思いつつ、イフリレも汗を拭う。一気に燃やすのは得意なのだが、細かな調整はまだまだだなと思いながら。


2人の前には、不格好ながらもなんとか形にしたポルボロンが、2つだけ並んでいた。


「まさか、ちゃんと出来上がるのがたったの2つとは……」

「そ、そうね、私もびっくりだわ。でもなんとかできたことだし、食べない?」

そうウェティスはいいながらできあがったお菓子に手を伸ばす。


「いや、ウェティス。ちょっとそのまま。」

イフリレはそう言い、出来立てのお菓子を手に取る。


「ごほん……あ、あーん。」

そのままウェティスの方へ差し出してきた。


「え?」

「いやあの、だから、『あーん』だ。」

「あ、はい。あーん。」


何が起こったのか分からず、ウェティスは口を開ける。

そのままお菓子が口に運ばれるので、サクッと一口齧る。

少し硬めのクッキーといったところか。決して美味しいわけではないが、食べられないほどでもない味を噛み締める。


「ほんとうは、いつもお菓子を作ってくれるウェティスに渡したかったんだ。」

突然イフリレがそう言いはじめた。


「いつも美味しいお菓子を用意してくれるだろう?だ、だから私も何かできないかと思ってだな……。本当はお菓子を買ってこようと考えてたんだが、なにぶん流行っていたり、美味しいと噂になっているお菓子を知らない。でも昨日いただいたこのお菓子、美味しかったし、作るのが簡単だと言っていたから、私にも作れるかと思って、家でこっそり作って持ってくるつもりだったのだが、君が一緒に作るかと言うから、あのその……思わず返事を……」


イフリレは何か言っているが、ほとんどウェティスには届いていない。ただ、これは私のために作ってくれたんだと言うことだけ、わかった。


ウェティスは事の経緯を理解した瞬間、がばっとイフリレに抱きつく。


「ありがとう、とても、とても美味しかったわ。」

「そ、そうか。ならよかった。」


今度は感動の涙を目に浮かべながらウェティスはそう言う。

ウェティスはそのまましばらく、ぎゅっと一方的に抱きしめていた。


少し後、満足したウェティスが離れるとイフリレは「ではまた来週」といいそそくさと帰っていった。振り向きざまに確認したが、耳元がしっかり赤くなっていた。



「シルフ、みてる?」

ここでようやく私に声がかかった。

《はいはいお嬢、みてましたよ》


「イフリレ、顔赤くなってたわよね。」

《なってましたねぇ。少しづつ顔真っ赤になっていって、最後耳だけ赤くなってました。》


「ちょっとやりすぎたかしら」

《淑女の振る舞いとは思えませんでしたが、あれくらい直球な愛もいいんでないですか?》


「あのお菓子、私のためにって。」

《言ってましたねねぇ。お嬢、すっごい嬉しそうな顔してましたよ。よかったですね、お嬢のためにって今まであんまりなかったじゃないですか。》


何度か会話を繰り返す。


ウェティスはそのあと小声でやった、やったと繰り返しながら小躍りしていた。今度は誰もみていないので、しっかりヘンテコな踊りを舞っている。いや私が見ているのはいいのか。


先ほどまでの観察からもわかるように、お嬢であるウェティスはあのイフリレという人に惚れている。

過去に聞いた話では、片思いだし、相手に迷惑になるかもしれないから絶対に想いは告げないつもりらしい。


ただ、私から言わせればあのイフリレという女性、お嬢に少なからず気がある。お嬢から告白すればイチコロだろう。


(早く告ってくっつけばいいのに。)


私はそう思いつつ、『まあ、片思いしてるお嬢を見守るの楽しいからいいか』と何も言わない。


いつかくっついたら花でも舞わせて華やかにお祝いしてやろう。

そう思うだけにしておいた。

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