第12話 天上界8日目 その1 バカ兄、起きろ、起きろってば
「バカ兄、起きろ、起きろってば」
うーん、ああ、圭か。
パジャマ姿の圭が俺のことを揺さぶっている。
珍しいな。小さい頃はよく起こしに来てくれたけど、最近はお袋に言われていやいや来るときくらいだ。
そのときも、無言で俺のことを布団の上から踏みつけるだけだ。
圭は俺とひとまわり歳が離れているので、中学校に入ったばかり。
両親が共働きで忙しくしていたので、小さな頃はよく面倒を見ていた。
その頃の圭はお兄ちゃん子と言ってよかったが、最近は年相応に、いや、それ以上に兄離れして、ロクに口もきいてくれない。
なので、こうやって起こすのは本当に珍しい。いったいどうしたんだ?
え、いや待て、なんかおかしい。圭の声でだんだん意識がはっきりしてきた。
俺は死んで天上界に来たはずだ。圭がいるということは、俺は生き返ったのか。
それとも、死んだというのが夢だったのか。いや、天上界で夢を見ているのか?
夢か現実かわからないけど、圭がこうやって起こしてくるのは珍しいので、しばらくこうしていよう。
「あなた、そろそろ起きてくれないかしら?」
あ、ここはやはり天上界だ。
寝ている俺のことを揺さぶる圭の隣で、モニア様が冷ややかな目で俺を見下ろしている。
モニア様の冷ややかな目、ゾクゾクするねえ。
いや、そうじゃない。なんで圭がここにいるんだ。
俺は飛び起きた。
「バカ兄! バカ兄! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
圭がワンワン泣きながら俺に抱きついてきた。
お兄ちゃん? 何年振りだ、そう呼ばれるのは。
いや、そうじゃない。
「圭、なんでここにいるんだ。まさかお前まで死んだんじゃないだろうな」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
圭は泣きながらそう言うばかりで話にならないので、モニア様に聞いてみよう。
「モニア様、あの、これ、俺の妹の圭なんですけど、なんで圭がここにいるんですか?」
「妹さん? それはこっちが聞きたいわよ。あなたを起こそうと思って来たら、なぜかこの子が現れて、あなたのことを起こし始めたの」
「ということは、モニア様もどうしてかわからないんですか」
「わからないわよ。その子に聞こうと思ったのだけど、私のことは睨み付けてくるだけで、全然口をきいてくれないの」
「圭もやっぱり死んじゃって、転生するためにここに来たんじゃないんですか?」
「知らないわ。少なくとも、今日の転生者リストには載っていないし」
モニア様は手元のリストをひらひらと振った。
とすると、やっぱり圭に聞くしかないな。
泣き止ませようと、俺は圭の頭を優しくなでた。
「触らないでよ」と言われるかと思ったら、圭はなでられるままでいた。
しゃくり上げる声が小さくなってきたから、そろそろ話ができるかな。
と思ったら、圭はいきなり俺の胸倉を掴んできた。
「バカ兄! バカ兄が死んじゃってからあたしは毎日毎日泣いていたのに、こんなところでこの女といったい何やってるの!」
この女? モニア様のことか。というか、圭、毎日泣いてくれていたのか。
呼び方はまたバカ兄に戻っているけど。
「圭、まずは落ち着こう。この方はモニア様と言って、転生を司る女神様で」
「落ち着いてなんていられるもんですか! こっちは毎日ずっと泣いて泣いて、やっと眠れるようになったと思ったら、バカ兄がきれいな女の人といちゃついている夢を見て」
いちゃついて?
俺はモニア様とは、転生について真摯な話し合いを重ねてきただけなんだけど。
「あたしは悲しくてしかたないのに、バカ兄は何をやっているんだと思ったら今度は腹が立って腹が立って。これは問い詰めてやらないといけないと思って、バカ兄のところに行けますようにって、神様にお願いしたの」
「あの、圭、そろそろバカ兄って言うのやめようか。お兄ちゃんくじけそうなんだけど」
「バカ兄はバカ兄で十分よ。とにかく、お願いしたら、いつの間にかあたしはバカ兄のところにいて、起こしているうちにこの女がやって来たの」
「いや、モニア様をこの女って言うのもやめようか」
隣でモニア様がこめかみの血管をヒクヒクとさせている。あ、お怒りかな。
「あの、モニア様、本当に何かわかりませんか。せめて圭は生きているかどうかだけでも教えてくれませんか」
「少なくても、死んではいないわ。生命反応を感じるもの」
「じゃあどうして圭がここにいるんでしょう」
「だから言ったでしょ、知らないわ」
あ、やっぱりお怒りだ。
「バカ兄、言ってるそばからまたその女といちゃいちゃして」
なんでこれがいちゃいちゃに見えるのかはわからないが、圭もお怒りだ。
ふたりとも、お願いだからいったん落ち着いてくれ。
「さて、状況を整理しよう」
モニア様と圭はお怒りのようなので、俺が司会進行役を務めよう。
モニア様が用意してくれた椅子に俺と圭が座って、いつもの豪華な神座に座ったモニア様と向き合った。
俺たちの椅子はやっぱりパイプ椅子だ。
「圭、さっき言いかけたけど、この方はモニア様と言って、転生を司る神様だ。俺のことをぜひ転生させたいとおっしゃっているので、俺はそれに協力している訳だ。そして、モニア様、これは俺の妹の圭、中学一年生だ」
「協力というよりは妨害だけれど。圭ちゃんね、よろしく」
「圭です。バカ兄がお世話になっています」
圭は形だけ頭を下げた。
「俺は知っての通り死んじゃった訳だが、転生者に選ばれたんだ。俺は圭にとって自慢のお兄ちゃんだからな、転生者に選ばれて当然だろ」
「いつあたしが自慢したかな」
「転生者はここ天上界で、転生担当の神様から職務質問、いや、カウンセリングを受けて、それぞれその転生者に合った世界に転生していくんだ」
雰囲気を和らげようと小ボケを混ぜてみたが、ふたりとも笑わない。
「ということは、バカ兄は完全に死んじゃったんじゃなかったのね。よかった!」
圭の目にまたうっすらと涙がにじんだ。
「そうよ。なぜだかわからないけど、こいつは前途有望な転生者らしいのよ」
「でも、バカ兄が死んじゃってもう八日も経ってるわ。なんでバカ兄はまだここにいるの?この女……モニア様……といちゃいちゃしていたんじゃないの」
モニア様のこめかみにまたうっすらと血管が浮かんだ。
「俺くらいになると、転生先の選定には時間がかかるんだ」
「誰のせいだと思っているの」
「ま、まあ、ここまではいいな、圭」
「うーん、でも、まだあたしが夢を見ているだけだったりして」
「じゃあほっぺでもつねってみたら」
圭がおれのほっぺたを思いっきりつねり上げた。
「イテテテテ、や、やめろ、圭」
「夢じゃないみたいね。わかったわ」
またもや定番だが、つねるなら自分のほっぺにしてくれ。
「で、問題は、どうして圭がここにいるかだ」
「だから言ったでしょ。バカ兄を問い詰めてやろうって」
「私は別の意味で問い詰めてほしいんだけどね」
モニア様、口を挟むなら、話が進む方向にしてください。
「生きている人間が、どうして天上界に来られたのでしょうか?」
「生きていようと死んでいようと、人間の力では天上界には来られないわ。人間をここに呼べるのは神だけのはずよ。もっとも、生きている人間を神がここに呼んだことはないわ」
「どうしてですか、モニア様?」
「その必要がないからよ。というか、そんなことができるとは知らなかったわ」
「とすると、誰か神様が圭をここに呼んだってことになりますね。圭、おまえ、誰か神様に知り合いっているのか?」
「いるわけないでしょ」
「としたら、誰が呼んだんでしょう。モニア様じゃないですよね」
「私がなんで妹さんを呼ぶのよ。私も訳がわからないから、エニュー課長に聞いてみるわ。ちょっと待ってて」
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