第26話 依頼主 ジョウニ・敦 様 ④
「あんたも何か喋りなさいよ」
難なくコウモリを掃討した後。
リスナーと雑談をしていたまおりぬは、急に無茶ぶりをふっかけてきた。
「あたしだけ喋るなんて不公平でしょ」
「不公平って……まおりぬのチャンネルだろ」
「そんなまおりぬは今、あんたの同僚」
そう言って、明後日の方を指さすまおりぬ。
そこには、配信のコメント欄が。
「さっきからあんたへの質問が絶えないの。応えてあげて」
「んん……」
:漆黒の剣士しゃべらんな
:漆黒の剣士様は何歳なんですか?
:彼女はいるん?
:漆黒の剣士の話も聞きたい
:こっち向いてー
:身長高そう。何センチやろ?
正直、そういったコメントには気づいていた。
でも、悲しいことに俺は、人前で話すのが大の苦手だ。
営業プレゼンを失敗しまくり、上司に激詰めされまくっていたブラック企業時代のトラウマもあって、できればこの流れはスルーしたいところ。
でも、みんながそれを許してくれるわけもなく——。
「あんたのファンでもあるんだから、お願い」
まおりぬのその一言に、否を唱える度胸は無かった。
俺はおもむろに振り返り、カメラ役のドローンと向き合う。
「えー、あー、ど、どうもこんにちは」
:こんにちは!
:こんにちは
:だいぶ緊張してんなw
:こういう感じなのねw
:漆黒の剣士が喋った!!!!
:うおおおおおおおお!!!!!
「な、何を喋ったら……」
チラッ。
早速まおりぬにヘルプを求めたが。
自分で何とかしろ。
みたいな顔で睨まれてしまった。
「えっとその……俺はダンジョンクリーナーをやってるゴミヤって言います。一応は皆さんと同じくまおリスで、大体3年くらい前から推してます」
:漆黒の剣士まおリスやったんか
:へぇ~
:同志マジか
:3年前ってことは結構古参じゃん
:ゴミヤさんって言うんやな
:今の仕事は何年くらい続けてんの?
「クリーナーは2年ちょいですかね。とあるきっかけで、当時やってた仕事をやめて。それからは今の会社にお世話になってます」
:なんて会社やったっけ
:ブラなんとかみたいな?
:ブラックデストロイクリーナー
:ブラックデストロイクリーナーやな
:株式会社漆黒ノ破壊呼掃除屋
:会社名w
:中二病全開で草
:草
:草
そういえばそうだった……。
すでに会社名割れてるんだった……。
:とあるきっかけって?
「実を言うと俺も、家がダンジョン化したことがあって。その時対応してくれたのが、今の会社の人だったんです。スメラギさんっていうんですけど……」
:シレイ社長じゃないんだ
:スメラギって誰?
:誰?
個人名出すのはまずかったか?
いや、でもまあ。
HPに所属クリーナーの名前乗ってるしいいか。
:この前抱き合ってた人やろ
「……っ⁉」
:あの時の美女か!
:抱き合ってた人ね
:あー、あの黒髪の
:例のねw
:あの人スメラギっていうんだ
:ガチ恋勢瀕死案件キタコレ
:そんな前からできてたんや
違う意味でまずいことになった……。
まおりぬは……頭抱えてるし……。
「え、えっと……その件に関しては誤解がありまして……。お、俺たちは別にそういう関係ではなくてですね……」
:焦っとる焦っとる
:焦ってる漆黒の剣士なんか可愛い
:わかりやすくて草
:これはマジっぽいな
:ガチ恋勢は今すぐ耳塞げ
ダメだ……これはもうどう弁明しても無理だ。
これだから配信で喋りたくなかったんだ……。
「……とにかく俺は、あの人に救われたんです。前にいた会社は、俗にいうブラック企業で、息を吐く暇もないくらいの激務を強いられてて。辞めよう辞めようと思っても、それが悪に思えるせいで、中々辞める一歩を踏み出せなかった」
:急に重い話きた
:流れ変わったな
:漆黒の剣士にそんな過去が?
「そんな時、初めてダンジョンクリーナーの仕事を生で見て、俺は衝撃を受けたんです。徹夜明けの睡魔を吹っ飛ばすくらいの衝撃を」
胸が熱くなっているのがわかる。
「ああ、世の中にはこんなにも勇敢で、美しい命の遣い方があるんだなって——そう思った瞬間、ブラック企業ごときに囚われてる自分が馬鹿らしくなった」
危険を顧みず、目の前の障害に立ち向かうその背中は、他者に縛られていただけの俺を全否定した。くだらないってひと蹴りした。
「死んだように生きるのは、今日で終わりにしよう。初めてそう思えた」
だから——。
「だから俺は、ダンジョンクリーナーになったんです。あの時の彼女のように、俺も誰かを救える人間になりたかったから」
ここまで語ってハッとした。
俺、数万人の前で何自分語りしちゃってんだ……。
また余計な事を言っていたりしたらどうしよう。
そんな不安に駆られ、俺は慌ててコメント欄を見た。
:よっぽど辛かったんやろな・・・
:だいぶ大きな出来事だったんだな
:わかる!!わかるぞぉぉぉぉ!!!!
:実際に行動できるのすげぇよ
:良かったよその会社辞められて
:やっぱ俺この人好きだわ
:勇気もらった。今すぐ会社辞めてくる
:応援するよマジで
「やっぱり皆はまおリスなんだな……」
嬉しさから、つい笑いが零れた。
ずっと前から、彼らはこうだった。
分け隔てなく他人の心に寄り添い、素直に応援することが出来る懐の深さがある。それがまおリスの一番の誇れるポイントだ。
「とにかく、こうしてダンジョン配信をするからには、皆を楽しませられるコンテンツにしたい。勇気を与えられるコンテンツにしたい。俺はそう思ってます」
:よっ!漆黒の剣士!
:これは推せる
:どこまでもついてくぜ!
:好き
:期待してるぞ!漆黒の剣士!
ついノリで、臭いセリフまで吐いてしまった。
「と、とはいえ。これはまおりぬのチャンネルなんで、たまに出る脇役ぐらいに思っててもらえると」
:出るのたまになの?
:レギュラー出演求む
:もはや脇役ではない説
:いいえ、あなたはメインです
「ま、まあ。まおりぬと同じ現場の時は、必ず配信しますから。もし何か質問とか、相談とかあったら遠慮なくコメントしてください」
:何歳なんですか?
:彼女はおる?
:身長何センチですか?
:血液型は?
:まおリスってことは巨乳が好きなんですか?
:まおりぬが貧乳だった件について一言
コメント欄が凄まじい速度で更新されていく。
そのほとんどが、俺に対する質問で埋め尽くされていた。
にしても、凄いなこれ……。
まおりぬはいつも、このコメ欄と独りで向き合っていたのか。
「別に全部読まなくてもいいの。目についたものだけ答えれば」
「お、おう」
小声でアドバイスを受け、俺はいざ質問に答える。
:何歳?
「23歳」
:好きな食べ物は何ですか?
「背油こってりラーメン」
:好きなタイプは?
「巨乳のお姉さん」
:彼女はいますか?
「いたことありません」
:パットをどう思いますか?
「一周回ってナシ」
:巨乳好きなんですか?
「否。大好きです」
その他にも、たくさんの質問に条件反射で答えていった。
パットをどう思いますか?
のところで、足に鈍痛を覚えたが気にしない。
こうしてたくさんの人に注目されるのも、きっと何かの縁。なら俺は、ありのままの俺で、同志たちと向き合いたいと思ってる。
:40過ぎのおっさんでも人生やり直せますか
と、気になるコメントが目に留まった。
どうやらまおりぬもこれに気づいたようで、俺たちは静かに目くばせをした。
力強く頷いたのを見て、俺は答える。
「人生はやり直せません」
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