第20話 スパチャとホームページ ②

 株式会社ブラックデストロイクリーナーには、問題児が約2名ほどいる。


 1人は、目の前の金に目が眩み、会社の金を運に全賭けするポンコツ社長。

 1人は、口は達者だが、任された仕事すらもロクにできないクソガキ広報。


 主にこの2名が、我が社の秩序を内部から崩壊させ、やがて破滅へと導く疫病神だ。

 そんな彼女らの事を、同業者たちは”腕利きの残念クリーナー”と呼ぶ。


 実力はあってもポンコツ。

 そういう人材は、いい意味でも悪い意味でも目立つもので。シレイ社長が顔であるうちの会社は、業界で見事に腫物扱いされていた。


 まあ、何がともあれ。

 うちの会社、マジで終わってます。


「で、その恰好は何」


 マスクに帽子、そして眼鏡。

 定番の変装をするまおりぬは、隣を歩く俺に言った。


「マスクはまだわかるけど、サングラスとハットって……」


「変装だよ変装」


「いや、だとしてもあからさま過ぎよ……」


 まおりぬは、眼鏡越しに眉を顰めた。


「あたしたちスーツだから、余計に目立つし……」


 言われてみれば。

 さっきからやけに視線を買ってる気もする。

 それでも「漆黒の剣士だ!」と、指を差されるよりは百万倍マシだ。


「それで、よかったの?」


「何が」


「社長、だいぶ落ち込んでたけど」


「いいんだよ。あの人にはあれくらいで」


 ちなみに、会社の金が宝くじに大変身した件に関しては、あの後俺から社長に文句を言った。

 正しくは、めちゃくちゃ𠮟りつけた。


 今後一切同じようなことが起こらないように、社長には資金の運用を禁じて、それら全てをまおりぬに任せることにした。


 そしたらあの人、半べそかいちゃった。

 納得してもらうまで2時間はかかった。


「悪いな。面倒な役割押し付けて」


「別にいいけど。あたしお金の管理とか得意だし」


 流石は人気女性配信者。

 きっと会社と同じ規模の金を、普段から扱っているのだろう。


「それに自分でお金を管理すれば、給料の未払いも防げるし」


「今月は先月分も込みで振り込みヨロ」


 そんな会話をしながら街を歩く。

 俺たちが今向かっているのは、セイサ博士のラボだ。


 ついさっきのことである。

 シレイ社長を納得させたその直後、会社に一本の電話が。仕事の依頼かと思われたそれは、セイサ博士からの電話だった。


『ついに完成したよ。ストリ君の武器がね』


 ということで、今日の目的はまおりぬの武器。

 一体どんな仕上がりになっているのか、俺も楽しみだ。


「ん?」


「ん、どうしたのゴミヤ」


 俺は不意に立ち止まる。

 そして、右手にあるパチ屋を指さした。


「あれってスメラギさんだよな?」


「えっ? どれどれ?」


「ほら、あの奥の台に座ってる人」


「うわっ、ホントだ……」


 うわっ、ってなんだよ。

 うわっ、って。


「ねぇ、なんかめちゃくちゃ怒ってない?」


「怒ってるな」


「声ここまで聞こえてくるんですけど……」


 パチ屋特有の雑音の中に、微かにスメラギさんの怒声が混じっている。

「ふざけんなコラッ!」とか言ってるからして、今日はハズレの日らしいな。


「他のお客さんも動揺しちゃってるじゃん……」


「まあ、いつもの事だから」


「いつもの事って……あんた知っててあの人が好きなの?」


「そうだけど」


 平然と言えば、まおりぬは露骨に顔を顰めた。


「あのギャップがたまんねぇんだよなぁ」


「いや、全然わからないから……」


 立ち止まって会話していたその時。

 不意に店内のスメラギさんと目が合った。


 あ、やっと気づいてくれた——!


 なんて思った次の瞬間だった。

 スメラギさんは、速足でこちらに向かってくる。


「え、ちょ、怖い怖い……」


 そう言って後ずさるまおりぬ。

 顔が鬼化したままってことは、どうやら今日は相当負けてるらしい。


 こうなれば。

 俺だけでも満面の笑みで、傷ついた彼女を迎え入れてあげよう。

 

「さっきから何じろじろ見てんだコレェェい‼」


 目の前に来るなり怒鳴られた。

 満面の笑顔が引きつる。


「あーしは見せもんじゃねぇゾ‼ ああん⁉」


 めっちゃ詰め寄られてる。

 あまりの迫力に、まおりぬは俺の後ろに隠れた。


「人の負け姿みてぇなら金よこせコラァァ‼」


 多分だけど、あれだ。

 俺たちって気づいてないわ。


「そういや今、変装してるんだった……」


「何ごちゃごちゃ言ってんだ。死にてぇのかワレェ」


 俺は慌てて、マスクとサングラスを外した。

 そして、無理やり口角を上げる。


「ス、スメラギさん。俺ですよ、ゴミヤです」


「ゴミヤだぁ⁉」


 それでも鬼の形相は変わらない。

 ならばとハットを取れば、ようやく普段の顔に戻った。


「……あらあら、ごめんね。ゴミヤくんって気づかなくて」


「いやいや全然。むしろややこしい真似してすみません」


「その後ろにいる子は?」


「まおりぬですよ」


 って、ビビり過ぎだろ……。

 いつまで俺の後ろに隠れてんだよ……。


「ストリちゃんもごめんね?」


「あばばばばばば……」


「今日はちょーっと台のクセが凄くてねぇ」


 完全に意気消沈してやがる。

 軽くデコピンすると、まおりぬはハッと我に返った。


「粘ったけど当たんなくて」


「どのくらい負けたんですか」


「2万円くらいかなぁ」


「負けすぎでしょ……いてっ」


 正直すぎるまおりぬに再度デコピンする。


「おかげで今日の仕事分はパーになっちゃった」


「それは何というか、辛いですね……」


「うん……辛くて泣いちゃいそう……」


 スンスン。

 目元を覆ったスメラギさんは、小さく肩を揺らす。

 なんて可哀そうな……。


「誰かお金貸してくれる人いないかなぁ」


 ちらっ、と指の隙間から俺を見た。

 できることなら貸してあげたい。

 貸してあげたいが……。


「私、今月苦しくて……」


「ぐぬぬぬ……」


「もう、身体を売るしか……」


「身体を売るぅぅ⁉」


 するとスメラギさんは、右手で器用に襟元のボタンを二つほど外した。

 現れたのは、Gカップの超高級メロンズ。そして、それによって生み出されたプレシャススペース。通称”谷間”。


「このままだと、私――」


 グッと身を寄せてきたスメラギさんは、


「ゴミヤくんのモノじゃなくなっちゃう」


 その甘い声で、俺の脳を溶かした。


「ダメっ?」


「全然ダメじゃないです」


「えっ、ほんとぉー?」


「もっちろん!」


「お金貸してくれる?」


「貸します貸します! ぜーんぶ貸します!」


 意気揚々と財布を開こうとした俺。

 するとなぜか、まおりぬに止められた。


「ちょ、何すんだよ」


「何すんだよじゃない。あんた正気?」


 そう言って、耳元に顔を寄せてくる。


「間違いなくたかられてるわよ」


「んなことは知ってる」


「知ってるって……でもあんた今、金欠なんでしょ?」


「それはまあ、そうだけど」


「ちなみにいくら渡すつもりなの」


「財布の中身全部」


「全部っ⁉」


 まおりぬは、俺から財布をぶん取った。

 そして、有無を言わさず中身を確認する。


「8000円も入ってるじゃん……」


「なんだぁ、それしかなかったかぁ」

 

 でもまあ、仕方ないか。

 今日はこれで、満足してもらおう。


「お納めください、姫」


「いつもありがとう。ほんとゴミヤくんって優しいね」


 ツン、とご褒美の鼻ツンが直撃。

 スメラギさんのこれ、マジたまんねぇ!


「足りなかったら言ってください! 下ろしてくるんで!」


「うふふっ、次は勝つから大丈夫~」


 ひらひらと手を振り、パチ屋に戻るスメラギさん。

 ああ、なんて美しい去り姿なんだろう。


 俺は一生あなたに尽くします。

 いや、尽くさせてくださいっ!


「ホント何なのよ……」


「ん、どうしたまおりぬ」


「あたしには1000円しか投げないくせに……スメラギさんには、財布の中身全部って……そんなにあの人が良いわけ⁉」


 見るからにまおりぬの機嫌が悪い。

 まさか嫉妬してる、とかじゃないだろうな。


「もういい。あたし一人でラボに行く」


「えっ」


「ゴミヤはついて来ないで」


「ええぇ……」


 そう吐き捨てたまおりぬは、足早に行ってしまった。

 後ろ姿もめっちゃ怒ってる。


「どうしたもんかなぁ……」

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