第13話 依頼主 新世界秋葉原西店 様 ③
「これって今、どういう状況なの……?」
しびれを切らしたあたしは、コウホちゃんに尋ねた。
一心不乱に鶏皮串を貪る彼女の翠眼だけが、こちらに向く。
「避難誘導は済ませたし、お店の人にも事情は伝えた。あたしらだけここに居ていいの? 2人の手伝いに行った方が——」
「わっちはスメラギ様に門番を任されたアル。行くならお前1人で行くアルよ」
「1人でって……」
まだ武器も持ってないし。
そもそもあたし、配信担当なんだけど。
「ところで、貴様は一体何者アル」
「新しく入ったストリよ。さっき自己紹介したでしょ?」
「そんなことはどうでもいいアル。貴様のランクを教えろアル」
「Aランク、だけど」
「Aランク?」
皮串を食べる手を止めたコウホちゃん。
彼女の視線が、30センチほど下がったのがわかった。
「それは自己紹介でアルか?」
「ぶっ飛ばすわよ……」
何この子……めちゃくちゃムカつくんですけど。
「そういうあんたも貧乳じゃない」
「貴様と違ってわっちは、貧乳である事を誇りに思ってるアル。それにこれでもBカップはあるでアルよ」
「Bカップ……⁉ 嘘ッ……⁉」
「ホントでアル。ほらっ」
コウホちゃんは、得意げに胸を張った。
シャツ越しなので少しわかりにくいけど、そこには確かな膨らみが。対してあたしはただの絶壁。こんな中学生みたいな子にも負けてるなんて……。
「これからは『様』を付けて呼ぶといいでアル」
「ぐぬぬぬ……」
「ふっふーん」
勝ち誇った顔で、皮串にかぶり付くコウホちゃん。
ゴミヤがこの子を目の敵にしてる理由がよくわかった。
控えめに言っても、めちゃくちゃ鼻につくわこの子。
「ああもう。こんな子と居残りなんて最悪」
わざと聞こえるように言って、あたしは残っていたお酒を飲んだ。
「そういえば、あんたはお酒飲まないのね」
「あんなものは人が飲んでいい物じゃないアル。苦いし、美味しくないし。あれを飲むと、人はみんなおバカさんになるアルよ。そこで死んでる社長みたいに」
この人は……何というか、飲み方が荒いだけな気がする。
さっきから「ぐがぁぁぁ、ぐがぁぁぁ」って……まるでおじさんみたいだ。
「せっかく美人なのに……」
あたしもこれくらい魅力的なら、胸を偽装する必要も無かったのに。
ホント神様って不平等だ。
「はぁぁ、萎え」
それからあたしたちに会話は無かった。
シレイ社長のいびきをBGMに、スマホをいじって時間を潰す。
相変わらずコウホちゃんは、皮串をむしゃむしゃ。
どんだけ鶏皮が好きなんだろう。
「うまうま」と独り言を呟く姿は、何だか可愛らしい。
配信者になったらバズるかも、とは一瞬思ったけど、よくよく考えたらあの子口が悪いんだった。仮に人気になっても、即炎上する未来しか見えない。
「ま、人のこと言えないか」
なんてぼんやりと考えていたその時。
ドシンドシンという地鳴りのような音が聞こえた。
「ねえ、何か聞こえない?」
「やれやれ、お仕事でアルか」
何かを悟ったように、立ち上がったコウホちゃん。口に付いていたタレを手の甲で拭い、ダンジョンの入り口へと向かった。
「貴様は下がってろでアル。ここはわっちがやるでアル」
「やるって……」
地鳴りがどんどん近づいてくる。
あたしも近寄って、ダンジョンの奥へと目を凝らす。
すると暗闇の中に、巨大な影が3つあるのがわかった。
丸みを帯びたそのシルエット……間違いない、モンスターだ。
ギュゥゥゥゥゥ——‼
耳を刺すような音で鳴いた巨大な影。
暗がりから姿を現したのは、まるで大型トラックのようなネズミだった。小さく見積もっても、体長5メートルほどはある。そんな巨大ネズミが3体も。
「ドブネズミでアルか。随分と厄介な相手アルね」
眉を顰めたコウホちゃん。
多分あのネズミって、ついさっき店を騒がせてたあのネズミだ。確かこのネズミたちが現れた直後に、厨房がダンジョン化したんだっけ。
「しかもダンジョン因子持ち。スメラギ様の予想通りアル」
「てことは、こいつらを倒せばダンジョン化は解けるの?」
「いいから貴様は、早く配信の準備を始めるアル」
「あ、うん。わかった」
うっかり自分の役目を忘れちゃうところだった。
言われた通りスマホを開いて、早速やおつべの配信を開始した。SNSに配信開始の告知をして、すでに集まってくれてるリスナーに向けて簡単な挨拶をする。
「——ってことで、今日のモンスターは……」
ダンジョンにカメラを向けたつもりが、配信画面を覆ったのは灰色。挨拶やらなんやかんやしているうちに、あたしは巨大ネズミたちに見下ろされていた。
「うぎゃぁぁっ!」
:ネズミか?
:でっか!
:もはや熊
:まおりぬ逃げて!
:ガチの悲鳴助かる
「助かるじゃないわよぉぉぉぉ‼」
仁王立ちするコウホちゃんの後ろに避難する。
「ど、どうするのよこれっ……!」
「どうするも何も、ここから先に行かせないだけの話アル」
平然と呟いたコウホちゃんは、髪に付けていた黒いリボンを外し、それを宙に放り投げた。続けてこめかみに指を置くと、ゴーグルのような物が彼女の目を覆った。
:なんだこの美少女は
:ロリっ子キタコレ
:漆黒の剣士の次はロリっ子ですか
:ゴーグルかっけぇ
:あれって何?ドローン?
「”スタートアップ”」
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