第6話 入寮と顔合わせ

 合格通知書が届いて数週間は引っ越しで慌ただしい日々となった。新米の人妖警察官は警察敷地内の社寮で共同生活することを義務付けられているのだ。主たる目的としてはそこでバディや他の班員とのコミュニケーションを図り、チームワークを築き上げていくためである。


 勤続年数や役職によって寮を出ていくことができ、冬真も近場ではあるが警察敷地外の中古の一軒家を購入していた。暁は現在そこにご厄介になっている。

 ちなみにハチは人の姿に化けて冬真の家のすぐ近くのアパートを借りていた。


 寮を出ない者も多くいる。人妖警察署は各地域ごとに管轄区域を定め、各支部を立てているが、そのほとんどどれもが山奥にあって通うのに一苦労するからだ。

 北海道人妖警察署も例に漏れず山奥にあるため、麓の町から車で何十分もかけて通う必要がある。さらに警察敷地内には食堂や雑貨店、食料品店など生活に必要なものが一通り揃えられる環境になっているため、正直なところ寮生活が肌に合わないとか結婚するとか、よほどの理由がない限り出ていくメリットがないのである。



「着きましたよ」


 車で数十分、ようやく平らな開けた場所に出た。北海道人妖警察署の敷地である。

 冬真は寮の前に車を停めた。


「荷物を下ろす前に皆で寮母に挨拶に行きましょう」

「久しぶりだなァおい」

「え、ハチさんここに住んでたことあるんですか?」


 冬真もハチももともと京都の統括本部に在籍していたが、転勤でこちらに異動してきたと暁は聞いていたため、てっきり最初から一軒家とアパートを借りたのだと思っていたが違うらしい。


「こちらに異動してきて実務部隊長になるまでの数年はここでお世話になっていたんですよ」


 実務部隊長という実務部隊のトップの役職を与えられた際、寮に居続けてしまうと他の寮員にどことなく緊張を強いることになるだろうという冬真の意見でお世話になっていた寮を後にしたらしい。


「しかも奇しくも暁が入る寮と同じところでしたから、ここの寮母には私もハチも大変お世話になりました」 


 寮は何棟か立っており、それぞれに寮母がついていた。


「へぇ、どんな方なんですか?」

「「肝っ玉母ちゃん」」


 珍しく冬真とハチがハモった。


 寮の玄関へ入るとすぐ横に窓付きの管理人室のようなものがあった。ここがきっと寮母の仕事部屋なのだろう。しかしそこに寮母の姿はなかった。


「いないですね?」

「きっとお寝坊さんを起こしに行っているんですね」

「俺もよく世話になったぜ」


 現在時刻7時半過ぎ。今から叩き起こしても遅刻のような気がするが、大丈夫なのだろうかと暁は訝った。


「俺みたいな連中ってのはギリギリまで寝ていたいんだよ。でもな、起きたら10分後、いや5分後には寮を出ている。ああいう時ばかりは自分の底力に感謝するぜ」

「そんなしょうもないところで底力を使われても困ります。大体、寮母の仕事も増えるんですから」

「寮母はな、優しいことに朝は7時、7時半、7時45分に起こしに来てくれるんだ」

「暁は寮母の手を煩わせてはいけませんよ」

「お前だって朝弱かったから割と寮母に起こされていたじゃねェか」

「私のは低血圧、お前のは夜更かし」


「理由はどうであれ、起きなかったことに変わりはないよ、実務部隊長様方」


 廊下の奥から気合の入った女性の声がしたかと思うと、パンチパーマのふくよかだがゴツいおばさんが姿を現した。


「お久しぶりです、寮母」

「相変わらずお元気そうで何よりです」


 冬真とハチは思い思いに寮母と呼ばれた女性に挨拶をした。


「おはよう、久方ぶりだねぇ、あんたたち。まさかとは思っていたけど、今日入寮する成宮暁ってのはあんたが引き取ったっていう子だったのかい」

「はいその通りです。寮母、こちらが息子の暁。暁、こちらがここの寮棟の寮母、橘弥生さんだ」

「初めまして。今日からよろしくお願いします!」


 暁はピシッとお辞儀をした。


「橘弥生だ、寮母と呼んでくれれば良い。いいかい、あんたが冬真の息子だろうが何だろうが、ここでは平等だ。あたしも皆も特別扱いはしない、良いね?」

「はい、勿論です」

「よろしい、良い返事だ。何だい、あんたたちよりよっぽど良い子なんじゃないかい?」


 弥生は快活に笑った。


「冬真は初めの頃なんて寮仲間との付き合いも悪いし朝起きないし、ハチに至っては夜中どんちゃん騒ぎからの遅刻ギリギリ出勤、洗濯や掃除だって疎かで何度どやしてやったか分からないね、全く」


 暁は意外とこの2名が問題児だったことを初めて知った。


「ええ、全く。頭が上がりません」

「確かにそう考えると暁の方がよっぽどしっかりしてるぜ」


 2名とも自分たちの若かりし頃を思い出したのか渋い顔だ。


「寮生活で困ったことがあったらいつでも声をかけなさい」

「はい、ありがとうございます」


 暁は2名が「肝っ玉母ちゃん」だと口を揃えて言ったことを既に納得していた。


 寮はビジネスホテルのような作りだった。1階はロビーや洗濯場などの共用部となっており、2階以上が居住階となっている。1名1部屋で、部屋には必要最低限の家具が備え付けてあり、ユニットバスだがトイレと風呂も部屋内にあった。


「地下に大浴場もあるよ」


 何とも嬉しい限りである。


 また、暁があてがわれた部屋の階には偶然か必然か、暁が所属する班のメンバーが固まっていた。


 班とはバディが3組集まった単位のことである。最小単位は2名1組のバディだが、任務を行うにあたっては基本的に6名1班で行動を共にするため、実はバディだけで任務に就くことはなかなかない。また、バディは基本的に同じ役職に就くが、班長と副班長だけはバディが分かれて役職に就くことになっている。


 引っ越し早々に挨拶をしたのは同階に住む班長の天塩龍と副班長のミツだ。


「初めまして、俺は天塩龍。君が所属予定の班の班長だ。これからよろしく」


 にっと笑って右手を差し出す龍はいかにも爽やかな好青年である。短髪の黒髪で、何かスポーツをしていたのかシャープな無駄のない筋肉の付き方をしている。


「成宮暁です、よろしくお願いします!」


 がっしりと組まれた手は肉厚で硬かった。


「我は副班長のミツという。よろしく」


 ミツは体格のがっしりとした茶色い牛の妖怪だった。体は人型で、頭が牛そのものである。牛頭ごずのようないでたちだ。体型のゴツさとはうって変わってつぶらな瞳からは優しさが伝わってくる。


 「よろしくお願いします!」


 ミツとも握手をした。バディは夫婦のように似てくるのか、その手も良く似ていた。

 

 龍とミツに連れられて、別の班員とも早速挨拶を交わした。


 「初めまして、成宮暁です」

 「ほほう、これが例の妾の新しい下僕というやつか」

 「シロ、下僕じゃなくて、私たちの新しい仲間!」


 シロと呼ばれた猫又の妖怪は見た目は名前のごとく真っ白。一見して普通の猫と見まごうが、尻尾をよく見ると二又に分かれており、猫又であるということが分かる。

 バディの藤沢綾女は真っ黒な長髪を高い位置でポニーテールに結んでいるのが印象的な小柄な女性だった。


「ごめんね。私は藤沢綾女。これからよろしくね」

「シロさんに綾女さんですね。これからよろしくお願いします!」


 すると突然、綾女は何かに気づいたかと思うと、急に真っ赤になって押し黙ってしまった。


「どうかしましたか?」

「な、成宮君、初対面で、ちょっと…」


 暁は困惑してシロを見るも、ニヤニヤしているだけだった。


「ああ、すまない。言うのをすっかり忘れていた。暁、藤沢のことは下の名前ではなく苗字で呼んでやってくれ」

「苗字ですか?」


 龍の注意に暁がキョトンとしていると、上機嫌な猫又が事の真相を喋り出した。


「こやつはな、愛い奴ではあるのだが、キャッキャウフフのメルヘン乙女脳がいき過ぎていてのぅ。殿方に下の名前で呼ばれただけで何かが始まるかもしれぬと思っているウブなおぼこなのにゃ」

「黙りなさい、シロ!私は、男の人に下の名前で呼ばれるのが苦手なだけ!」


 綾女はシロを追いかけるが、一向に捕まりそうになかった。


「ごめんなさい、えっと藤沢さん」


 暁が苗字で呼びかけると、それまで慌てふためいていた綾女が一瞬にして落ち着きを取り戻し、「成宮君、これからよろしくね」と凛とした笑顔で挨拶した。


(なかったことにしようとしてる!)


 あはははははと笑う綾女にはいっそ清々しささえ感じるのであった。

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