女性不信になった俺は、少女と一緒にきゅうりを食べる

とりあえず 鳴

第1話 出会い

 俺には最近日課がある。


 それは、とある少女を眺めること。


 もちろんロリコンだからではない。


 それならなぜ少女を眺めているのかと言うと、夏の日差しに照らされながら、少女が毎日のように隣の駐車場からアパートのベランダを覗いてくるからだ。


 理由はわからない。


 じっとベランダを覗いて、しばらくすると帰って行く。


 そしてまたやって来る。


 俺も別に日中毎日家に居る訳ではないけど、バイトが休みの日はほとんど毎日見ている。


「今日もか」


 そして今日もその少女が現れた。


「どうしたものか」


 簡単なことだ。


 何をしてるのか聞けば答えてくれるか、二度と来ないかだろうから。


 でも一番最悪なのは、いきなり知らない人に話しかけられたと言われること。


 見た目だけで言ったら小学校低学年ぐらいの子だけど、女なのに変わりない。


 女はずる賢い生き物だから、何をするかわかったものではない。


「でもなぁ……」


 困ってないと言ったら嘘になる。


 前に出て行ったら逃げられた。


 俺に非はないけど、可哀想なことをした。


 だから少女がいなくなったタイミングを狙って外に出ないといけない。


 それがめんどくさい。


「頑張るか」


 少女とはいえ『女』と話すのは気が引ける。


 だけどそれでは一生変わらないから俺は意を決してベランダの扉を開ける。


 すると案の定少女は驚き駆け出そうとした。


「ちょっと待って。勝手に覗き込んでるのに逃げないで」


 言い方は悪いけど、あの子が善人ならこれで止まるはずだ。


「止まったか。そこで待ってて」


 少女は立ち止まって俯いた。


 明らかにあちらが悪いのだから怒られると思っているのだろう。


 これで俺が着くまでに逃げていたら対策を考えないといけない。




「まぁ待ってるとは思ってた」


 少女はちゃんとその場で待っていた。


 俺が着いてからは怯えが見に見える程になっているが。


「別に怒ってる訳じゃないからなんで見てたのかだけ教えてくれない?」


 少女と目線を合わせて、出来るだけ優しい声で話しかける。


 確か猫にはこうすればいいと何かで見た。


「……ごめんなさい」


 少女が今にも泣き出しそうな程のか細い声で謝る。


「謝るってことは駄目なことなのはわかってたんだよね? それでも続けてたってことは理由があるんでしょ?」


「……」


 沈黙。


(理由はあるけど、言うのははばかれるのか?)


 言えない理由として思いつくのは家族や知り合いから言われたとか、個人的趣味。


 前者は知り合いがバイト先にしかいない俺とは無縁に近い。


 後者は本人が言わないとわからない。


(どっちにしろ喋らせないとか)


 そうは言っても、人とは必要最低限でしか話さない俺が言葉を引き出すなんて出来る訳がない。


 話しかけられただけで奇跡なのに。


「てか暑い」


 さっきまで冷房の聞いた部屋に居たのと、今日は毎日言われる今年一の暑さだから外に居たくない。


 日焼けしたくないから夏でも長袖でバイト先では玫瑰「暑くないの?」と聞かれるが暑いに決まってる。


 それは目の前の少女も同じはずだ。


 この子も長袖を着ている俺の数少ない同志。


「そろそろ話せ……、そういうことか」


 少女を見ると目が虚ろになって身体がフラフラしている。


「熱中症になるまで耐えるな。ごめんよ、誘拐じゃないから」


 俺は少女を抱き抱えて自分の部屋に戻る。




 こういう時にどうしたらいいのかわからないから、とりあえずゆかに寝かせて冷やしタオルを用意する。


 そのタオルで少女の汗を拭き取る。


(なんか……)


 事情を知らない人が見たら絶対に勘違いする気がした。


「早く元気になって俺の無罪を証明してくれよ」


 ここまでが全て計算だとしたら、俺はもう人を信じれなくなる。


 あの時のように。


「おに、いさん」


「起きた?」


 少女が目を覚ました。


 まだ辛そうではあるけど、ひとまずは安心だ。


「ごめんね、炎天下の中拘束して」


「いえ、私が悪いんです」


 少女は変わらずか細い声で話す。


「それで何してたの?」


 少女に水の入ったペットボトルを渡しながら聞く。


「その、観察を」


「駄目人間の?」


 そんなのを観察して何にするのか。


 こうはならないようにという戒めならわからなくもないが。


「ち、違います。あの子たちです」


 少女は慌てた様子でベランダを指さす。


 別に外で生物を飼ってはいない。


 あるとしたら……。


「野菜達?」


「はい」


 少女が大きく頷いて答える。


 俺は趣味でプランター農業をやっている。


 今はベランダにきゅうりやトマトが育っている。


「夏休みの宿題的な?」


「いえ、個人的な趣味です」


 まさかの後者が当たりだった。


「野菜を眺めることが?」


「ちょっとまっ──」


 少女が立ち上がろうとしたが、また本調子ではないようで倒れてしまいそうになったので、抱き支えた。


「いきなり立つと危ないよ」


「す、すいません」


 少女が慌てて離れる。


「いきなり抱きしめてごめん」


「い、いえ。こちらこそごめんなさい。お兄さんには助けてもらってばかりです」


「いいよ別に。それで外に用事?」


「はい、私がお野菜さんを見てた証拠があるので」


 別に疑っていないからいいのだけど、私物が外にあるならどちらにしろ取りに行かなければいけない。


「前と後ろどっちがいい?」


「えっと?」


「抱っことおんぶ」


 今この子を歩かせるのは危ないから俺が運ぶしかない。


 そして運ぶには抱っこかおんぶが効率がいい。


「歩けます」


「駄目です」


「で、でも……」


 少女が自分の服を触る。


(乙女ってことか)


 俺は気にしないけど、これは俺がどうこうって話でもないから何も言えない。


「大丈夫なら俺が取ってくるけど?」


「いいんですか?」


「嫌なら強制連行だったけど」


「ちなみに方法はなんですか?」


「お姫様抱っこ」


 さっきここに運んだ時もお姫様抱っこだった。


 気絶してる相手はお姫様抱っこの方が運びやすい。


「お願いします」


 少女が顔を真っ赤にして言う。


(反応がいちいち可愛いな。今だけなんだろうけど)


 これが数年もしたら嘘しかつかないような人間になってしまうと思うとゾッとする。


「お兄さん?」


「ごめん、なんでもない」


 変なことを考えるのはやめる。


 せっかく可愛いと思えるのだからそう思っていることにする。


 どうせ明日にはまた赤の他人になるのだから。


「それで場所は?」


「あっちに行って最初の角を曲がったところです」


 少女が駐車場の方を指さして言う。


「わかった。見つかんなかったらお姫様抱っこね」


「地図入りますか?」


「そこまでか。まぁいいや、行ってくる」


「お願いします」


 そうして少女の言った場所に向かうと確かに小さなリュックがあった。


「『実は違う人のでした、泥棒だー』とかならないよな」


 今更気にしても仕方ないことだけど、どうしても『女』というだけで信用が出来ない。


 とりあえずリュックを持ってアパートに戻る。


「おかえりなさいです」


「……ただいま」


 少女は律儀に玄関の前で正座していた。


「ただいまって生まれて初めて言ったかも」


「それは嘘ですよ」


「……いや、ないよ」


 思い出してみたけど、やはり言ったことがない。


 親なんかから「おかえり」と言われても「ん」で返していたから。


「ちょっと自分にびっくり。それよりもこれで合ってる?」


「はい、ありがとうございます」


 どうやら騙された訳ではないようだ。


「このリュックお姉ちゃんから貰ったんです。私の宝物なんですよ」


「そんな大切なものを放置するなよ……」


「でも、目の前でやるのは駄目だと思って……」


 何をしてたのかは知らないけど、堂々と覗き見するのも駄目な気がする。


「それで何やってたの?」


「あ、これです」


 少女がリュックの中から一冊のスケッチブックを取り出した。


「ひなた?」


「はい?」


 スケッチブックの表紙が見えた時に「ひなた」という字が見えた。


「名前聞いてなかったけど、ひなたで合ってる?」


「はい。私もお兄さんの聞いてなかったです」


「俺は皆実みなみ 碧葉あおばだよ」


「みなみお兄さん、あおばお兄さん。どっちがいいでしょうか」


「どっちでもいいよ。今まで通りで『お兄さん』でもいいし、呼び捨てでもいいから」


 自分の呼び方なんて何でもいい。


 誰にでも呼びたいように呼ばせているから。


「じゃあ、あおお兄さん?」


「悪い、それはやめてくれ。何でもいいみたいに言ったけど、『あお』だけは駄目なんだ」


 それは昔を思い出すから駄目だ。


 あいつに呼ばれていた「あおくん」を。


「それならお兄さんで。あ、でもあおばさんでもいいのか。んー」


 ひなたが顎に人差し指を当てて真面目に考え出す。


(嫌になるな)


 ひなたとあいつが重なってしまう。


 律儀に考え出すところなんかが。


 何でもあいつと結び付けるのは俺の悪い癖だ。


「やっぱりお兄さんで」


「わかった。俺はひなたって呼ぶけどいいか?」


「はい。よろしくお願いしますお兄さん」


「よろしくひなた」


 今日だけの付き合いだろうけど、これも何かの縁だ。


 せめて今だけでもひなたと仲良くあろうと頑張ってみる。


 そうして俺とひなたは玄関ではあれなのでリビングに戻る。

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