向き合う

 疫病えきびょうによる集団感染。

 感染経路は、水道施設の不備となった。

 他には、体のあちこちに斑点が浮き上がったり、ミミズ腫れができたり、不明瞭な点が多いと全国的にニュースが流れた。


 また流行り病の再来か、と世間は怯えているらしい。


 ボクは今、六条家の仮住居にお邪魔している。

 サオリさんのお父さんは、航空会社に勤めているとのこと。

 パイロットで年収は非常に高く、今回家が破壊された事を聞いて、お疲れの所をすぐに手配してくれたらしかった。


 家のリフォームが終わるまでの間、借家しゃくやで過ごす事になった。


 ありがたいことに、客人用の部屋をボクに当ててくれた。

 親戚は相変わらず、ボクには無関心。

 それどころか、ボクにとって都合の良い返事しかしない。


「まあ、お母さんはね。そりゃ、本家から別の家に、嫁入りしたわけですから。アタシ達よりは知識あるよねぇ」


 ココアさんがジュースをストローで吸い上げる。

 壁に寄りかかり、漫画を読みながらつま先をパタパタしていた。


「いくら、経験とはいえ。まさか、連れ添っていた子を刺す日が来るなんて……」


 サオリさんは、ボクを刺した事の罪悪感に苛まれている。

 ボクのお母さんにダメージを与えるには、ボクを刺すしかなかったらしい。


 ボクがお母さんと話している間、カナエさんに耳打ちされたのだという。決断を迫られて、気持ちを整えるのに、時間が掛かった。


 でも、ボクを助けるためには、意を決する必要があった。


 刺した後、ボクは倒れ、お母さんは灰となった。

 その直後に、サオリさんは嘔吐したらしい。


「アタシ達は、まだまだ未熟って事ですよ。お姉ちゃああああああん!」

「……うるさいよ」


 ボクが布団で寝ている間、二人はそのような事を話している。

 天井を見つめ、気になっていた事を聞いた。


「お母さんは?」


 ボクは刺された後遺症のせいで、しばらく学校を休むことにした。

 外傷はないが、起き上がると胸が苦しくなる。

 時々、心臓の動悸が怪しくなったりして、立っていられなくなる時がある。


 そのため、療養中りょうようちゅうだった。


「ウチの母さんと、ずっと話してる。情緒不安定で、時間が掛かるみたい」

「……メンヘラ……」

「こら。ハルト君の前で失礼でしょ」


 チラリと話を聞くことはあったが、相当手を焼いているみたいだ。


「普通の人間としての常識がないから。苦労しているんだよ。海外では、基本お祓いとなったら、容赦なく襲い掛かってくる。反射的に殺す癖がついてるんだ」


 文化の違いというやつか。


「でも、こっちでは、そうはいかない。町がゴチャゴチャとしているでしょ。毎日、報道の車を見かけるし。疫病対策が、この町だけうるさくなった」

「マスク嫌だぁ」

「わたしだって、嫌だよ」


 二人は肩を落とした。


「ともあれ、こっちでは大人しくている事ね。同じ、呪術師として話を聞いてくれる人なんて、滅多にいないんだから」


 お母さんは、海外で生活をしている時、一人だったのだろうか。

 角刈りの男と一緒だったけれど。

 お母さん同士で話し合いを始めてからは、一度も見ていない。


「女としてハルト君を見れば、自分の欲求に従って、性癖を叶えるでしょう。でも、母親として接してきた時間が長い分、葛藤が酷いみたいね」

「女心は複雑ぅ」


 二人の話を聞いて、思った。

 ボクが向き合うと決めた以上、お母さんはボクを思って向き合ってくれたのだ。


 だから、話をしている。


 また、お母さんに苦労を掛ける形にはなったけど。

 ボクは、一緒に乗り越えていきたいと思った。


「あ、それとさ。ハルト君」


 サオリさんが編み物で、クマのぬいぐるみを作りながら聞いてきた。


「今の君は、完全に不死身じゃないからね」

「どういうことですか?」

「一部を取り除いた。わたしが、君の胸を刺したから、霊薬の効果が薄れてしまったのよ」


 祓除。――祓い、取り除くこと。という意味らしい。


 後から知ったけど、呪いやら力の流れを知らなければ、祓除なんてできやしないとのこと。何より、取り除くという行為をするには、仕込む技術も必要なのだそうだ。


 だからこそ、どうやったら仕込んだものを消せるかが、具体的な形として分かる。


「でも、君の中に、まだ御堂はいるよ」

「そのおかげで、ウチのお母さんと話してるわけだしね」


 ボーっと天井を見つめながら、ボクは胸の動悸を意識した。

 お母さんと繋がったままの体。

 感情や思考まで、お母さんに流れていく。


 ボクは、二度と呪いの言葉を自分の中に持たないと決めた。

 これ以上、お母さんを苦しませない。

 そのために、絶対に強くなってやるのだ。

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