ふたつの秘密

須賀マサキ

第1話 賛同と反発

 オーバー・ザ・レインボウのライブが終わった。会場の機材を片づけるのは、クルーの仕事だ。

 遅い時間に終わったライブだが、朝まで放置するわけにはいかない。ハヤトはスタッフとともに力仕事をしている。まだ寒さの残る季節だが、熱気の残る会場で働いていると汗がにじむ。


 やっと機器が片付き、これからビジネスホテルに移動する。

 おなかの虫が鳴いているが、すでに真夜中近くになっている。行くところは居酒屋かファミリーレストランになるだろう。

 でもみんな体力を使い切り、そこまでたどり着けるか不安だ。


 いつもならもっと早く仕事が終わる。だがこの日はアンコールで予定以上の曲を演奏した。

 そのため、コンサートの終了が遅くなってしまった。


「あのとき北島さんが曲の追加を言いださなかったら、いつも通りに終わったのにな」

「腹がすきすぎて、ホテル帰るのもつれえよ」

「北島さんもさ、おれらのこともちったあ考えてくれればいいのに」


 クルーたちの不平をハヤトは複雑な思いで聞く。

 たしかにアンコールに曲を追加しなかったら、いつも通りの時刻におわり、みんなもこれほど疲れなかっただろう。変更を耳にしたとき、ハヤト自身イラッとしたのも否定しない。

 だがバンドリーダーの北島ワタルは、考えもなく行動に移すような人物ではない。ステージでサポートメンバーが「本日限りで引退する」と発表したから、彼のために急遽きゅうきょ曲を追加した。

 その勢いで会場は連帯感が生まれ、これまでのツアーで一番の盛り上がりになったではないか。


 ――それを否定するのもなあ。


 セットリスト通り演奏するのもいいが、文字通りライブは生き物ライブだ。そのときの流れをうまくキャッチして最高のものに育てるのも、バンドを率いるリーダーの役目だとハヤトは思っている。


 ――もっとバンドメンバーを信頼すればいいのに。


 もう少しで口にしそうになる言葉を、ハヤトは無理に飲み込む。今回のツアーから参加した新人は、先輩クルーに批判的な意見を言う立場ではなかった。

 みんなの輪から一歩離れて控室に戻る。


 着替えをすませたところに、扉をノックする音がした。

「新人」と声をかけられ、ハヤトは素早く動いて扉を開ける。

「北島さまからの差し入れをお持ちしたのですが、こちらでよろしいですか」

 見慣れたファストフードの制服を着た店員がふたり、紙袋を両手に下げて立っていた。

「遅くまでありがとうございます、という伝言も預かっております」

「あ、どうも、こちらこそ……」

 ハヤトが代表して礼を言う。そのあとで、返事をする相手が違うと気づいた。


 店員は紙袋から人数分のハンバーガーとポテト、ドリンクを出してテーブルに並べた。そして、まいどありがとうございます、と決まりのセリフを残して去っていった。

「ハンバーガーか。まあ、今の時間に出前なんてそうそうできるものじゃないし。北島さんに感謝だな」

「ありがたくいただきまーすっ」

 クルーたちはそれぞれワタルが差し入れた数種類のハンバーガーから、好みのものを手にした。ハヤトもひとつとろうとしたら、

「あれ、一個足りないぞ」

 クルーのリーダーがぽつりと言う。

 数を確認したところ、たしかにハンバーガーだけがひとつ少なかった。店のミスらしい。

 空腹を抱えたクルーたちの間で、一瞬殺気が走る。だれかひとり食べそこなう人物がでてくるのだ。


「よし、ここは公平にじゃんけんだ。いいか?」

 リーダーが急に真剣な目をしてみんなに提案した。おおっという賛同の声があちこちから上がり、控室は急にじゃんけん大会の会場と化す。

「いくぞっ。最初はグー。じゃんけんポンっ」

 みんなバラバラだ。人数が多いとなかなか決着もつかない。何度も何度もあいこを繰り返し、時間だけが過ぎていく。

 殺気立っているようで、みんな争奪戦を楽しんでいる。


 だが時間がたつにつれ、ハンバーガーやポテトが冷めていく。ファストフードは出来立てでないとおいしさも半減する。

「ぼく、おります」

 右手を挙げてハヤトがぽつりと言った。

「新人、何言ってんだよ。これも一種のレクリエーションなんだぜ」

「実は……胃の調子があんまり良くないんですよ。だからぼくはお先に失礼します」

 気をつけろよ、との声をもらい、ハヤトは控室を出た。

 背後から響くクルーの元気な声を聞きながら、荷物を手に出口までゆっくりと歩く。


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