第5話 交戦

「ドーーーラァァァ!! わざとでしょ!? アレ白竜わざとここへ呼びましたね!?」

「向こうから来てくれりゃあ話が早いだろう? ノースヒルの連中、どうせ調査させる気なんかありゃしないんだし」

「それは!! そうだけど!! 報・連・相!!」

 エルマはドロシーの襟首を引っ掴み、激しく揺さぶりながら叫びます。

『ドロシーさーん!? 今これ、外はどうなってるんですかー!?』

 土の柱に覆われたままのルーカスからは、混乱した声が飛んできます。無理もありません。

「見せた方が早いね」

「ちょっと!?」

 エルマが止める間もなく、ドロシーが地面に杖を突くと、柱はルーカスを残して地面へと引っ込んでゆきます。

 出てきたルーカスは、急な外の明かりに目を瞬かせつつ振り返ると、ちょうど目の前に降り立った白竜と目が合いました。

「………!!??」

「ほらー!! パニックになってるー!!」

 エルマはルーカスの腕を引っ張り寄せると、そのまま広場の入り口付近まで駆けて行き、木を盾にして身を隠します。

「おいおい、年寄りを置いてきぼりにするんじゃないよ」


「貴女!! 原因!! 私とこの子!! 被害者!!」

 エルマはもっともな反論をしました。

「なななななんで白竜様が急に!?」

 ルーカスはまだ混乱しているようです。


「やれやれ……さて」

 一人残されたドロシーは何でもないような様子で、トコトコと竜の元へ歩いて行きます。

「グルルゥゥゥゥゥ………」

 対する白竜は、目の前の老婆を強く警戒した様子で身を屈めます。

「エルマ! 隠れるのは良いけど、しっかりといとくれ! この後どうするかはそれ次第だよ!」

 振り向いてそう告げるドロシー。

 その無防備な背中をめがけて、白竜は牙を剥いて飛び掛かりました。


「危ない!?」

「ああ、大丈夫大丈夫」

 慌てるルーカスに対し、エルマは落ち着いた様子で言います。

「あの人、あんなもんじゃ死にやしないから」




 ザフッ! というくぐもった音と共に、竜の動きが止まる。

 瞠目する竜。見れば、老婆の左右には分厚い土の壁が迫り上がり、迫る竜の牙を完全に食い止めていた。

「ゴォゥゥゥッッ……!!」

 土壁を噛み砕けないと見るや、竜は身をくねらせ、尾の薙ぎ払いで老婆の背中を狙う。

 老婆はこれを軽々と跳んで躱し、そのまま竜の巨体をも跳び越えて、反対側へと着地する。

 尾は勢いそのままに振り抜かれ、邪魔な土壁を粉砕した。牙が外れ、自由を取り戻した竜は、ふと目の前の森を見る。


「~~~!」

「………っ」


 視線を向けられ、肩を竦ませる子供。

 微かに震えつつもそれを庇う様に立ち、真っ直ぐにこちらを見据える女。

「…………」

 数秒の沈黙の後。竜はフイと顔を背け、再び老婆と対峙する。

「休憩は終わりかい?」

 老婆は、先程までとはまるで別人だった。

 曲がっていた腰はピンと真っ直ぐに伸ばされ、目は滾る戦意で爛々と輝いている。

 更には周囲の大気までもが、溢れ出すオドによって陽炎の様に揺らめいていた。

 竜は、数歩後ずさった。そして後ろ脚で立ち上がると、大きく翼を広げて唸り声を上げる。

「グォルルルルル………!!」

「良い目だ。そら、好きにかかっておいで」

 手招きをする老婆に対し、竜は四つ足に戻って突進を開始する。

 杖を突きつつ、右手に跳んで躱した老婆を、竜は左へ首を振って追いかける。

 しかしそこで、踏み込んだ竜の左前足がガクリと沈み込んだ。足元の地面が突然、沼の様に柔らかくなったのだ。

 このまま無理に前進すれば、体重と慣性で骨折は免れない。竜は大きく翼を羽ばたかせ、急制動を掛ける。

 それを見た老婆は素早く身を屈めると、足元の地面を手で叩く。

 瞬時に迫り上がる土壁。その表面を、暴風と共に無数の見えない刃が切り付けていった。



(さて、どうしたもんかねえ)

 ドロシーは、即席で作った土壁に背を預ける。

 周囲には暴風が吹き荒れており、壁の削り取られるゴリゴリという振動が背骨に響いてくる。

(翼を広げてブレーキを掛けつつ、生まれた風を刃に変えて即座に反撃、か。なかなか機転が利くねえ。なんにせよ、このまま我慢比べは旨くない。そろそろこっちからも仕掛けるか……)

「ん?」

 思案していた彼女の体が、突如として沈み込んだ。のだ。

 続けて周囲に、彼女をぐるりと取り囲んでしまった。

「ははっ! 覚えの良い子だ、花丸をあげるよ!」

 ドロシーはそう笑いつつ、沼と化した地面をバチン! と叩く。

 その途端、ぬかるみの中から大量の水が染み出し、彼女の頭上へと吸い上げられるように集まってゆく。球状となった水は刃の如く伸びたかと思うと、瞬く間に彼女の周囲を切り払った。

 ズズン、という鈍い音と共に土壁が崩れ落ちる。水気の抜けた地面から足を引っこ抜きつつ、彼女は素早く辺りを見回した。

(……いない、上か!)

 ドロシーが見上げると、白竜は既に天高く飛び上がり、彼女に向かって大きく口を開いている。

 そしてその口元、いやその姿全体が、陽炎のように揺らぎ始めた。

「おいおいアンタ、『そいつ』は不味いよ……!」

 ドロシーはここに来て、初めて焦りの表情を見せる。

 彼女が咄嗟に杖を突き立て、その先端が揺らめき始めたその時、

 竜は、『それ』を解き放った。


 着弾まであと3秒。

 膨大な魔力の塊が、唸りを上げて地上に迫る。


 あと2秒。

 ドロシーは右手で杖を突き立てたまま、左手を真っ直ぐに迫る脅威へと向ける。


 あと1秒。

 入り口付近にいたエルマが、「伏せて!」と叫びつつルーカスを押し倒す。


 0秒。

 力の奔流がドロシーへと激突し、その小柄な体を跡形も無く呑み込んで……




 森の一切が、静寂に包まれた中。

「……あれ?」

「何も、起こらない……?」

 身を起こしたエルマとルーカスが、辺りを見渡します。

 広場の中央では、ドロシーが手を伸ばした姿勢のまま立っていました。見たところどうやら無事の様です。

 白竜は未だ天高く羽ばたいていますが、こちらはどこか呆然としているようにも見えました。

「ドーラ!」「ドロシーさん!」

 二人がドロシーの元へ駆け寄ると、

「こ……」

「「こ?」」

「こんっの馬鹿たれぇーっ!! あんな威力のブレス吐息を地面に向けて撃つ奴があるかい!? 周りの状況を考えてから使いな!!」

 ドロシーは杖を振り上げ、「降りて来い!! そこに座れ!!」と叫んでいます。

「いや、いやいやいや。そもそもあのブレス、どうやって抑え込んだの……ってうわ、本当に降りて来た!?」

 ドロシーの剣幕に押されたのか、なんと竜は彼女の言う通りに降りて来て、その目の前へ座り込みました。

「大体お前さん、ペース配分ってもんがあるだろう!? この辺りにゃ大してマナが無いんだから、あんなポンポン魔法やらブレスやら撃ったら、お前さんすぐにオドが枯れっちまうよ!! 親御さんから教わらなかったのかい!?」

「クルォォゥ……」

 ガミガミと子供を叱る様に説教を続けるドロシーに対し、白竜は翼を折りたたみ、すっかり平伏してしまっています。

「えーっと……あ、あの、ドロシーさん? もうそのくらいに……」

 ルーカスが思わず止めに入ったその時、新たな影が広場へと飛び込んで来ました。



「ドロシー様! お願いします、どうか! 白竜様をお見逃し下され!!」

 そう叫びつつ駆け込んで来たのは、フサフサの白髭を生やした老爺。村長です。

 彼がドロシーの前へ跪くと、その後に続いて、他の村人たちも続々とやって来るではありませんか。

「ドロシー様!」「魔女様!」「白竜様を殺さねえで下せえ!」「これはきっと何かの間違いなんでごぜえます!」「おねげえします!」「この通りでさあ!」「後でサイン下さい!」「まだ言ってんのかお!?」

 彼らも皆、村長に倣って跪き、口々に白竜の助命を請います。

「あぁもうやかましい! 大勢で一斉に喚くんじゃないよ!」

「「「ひぃ~っ!?」」」

「まあまあドーラ、落ち着いて……」

 エルマがドロシーを宥める傍らで、ルーカスの元へと近づく人物がいました。彼の父親です。

「ルーカス!」

「父さん……!」

 親子は互いに歩み寄ると、強くその身を抱き締め合います。

「家に帰ったらお前が留守で、ドロシーさんと一緒にいたと聞いて……そんな時に白竜様が森へ向かわれたから、またお前に何かあったんじゃないかと……」

「父さん……」

 ルーカスは父の手をほどくと、真剣な表情で彼を見据えます。

「父さん。僕やっぱり、魔法使いになりたい。僕でも魔法を使える可能性があるって、ドロシーさんが教えてくれたんだ。

 魔法使いになって、たくさん稼いで……そのお金で、この村に病院を建てたい!」

「ルーカス、お前……」

「だって! 病院さえあれば母さんも……母さんだってあの時、助けられたかも知れないでしょ……?」

 少年の真っ直ぐな瞳から、大粒の涙がこぼれ始めます。

「……そうか……それでずっと……」

 父は再び、我が子を強く抱き締めました。


「……あの子の母親は、大工の娘でしてな」

 ドロシーの隣で様子を見ていた村長が、ぽつりと呟きました。

「女だてらに村のあちこちを回っては、壊れた窓や屋根なんかを直してくれて……

 皆に愛される、気の良い娘でした」

 老爺は、遠い目で回想を続けます。

「あれはそう、5年前……白竜様がお見えになってまもなくの事です。

 当時の彼女は、家の増築を請け負っておりましてな。そう、お二人も泊まられている宿屋、あの2階部分です。夫と二人、毎日の様に柱や梁へ登っては、熱心に作業をしておりました。

 そして、あの日。いつもの様に梁の上を歩く彼女を……大きな地揺れが起こったのです。

 運が悪かった、としか言いようがありません。梁から落ちた彼女は、腹を強く打ち付けておりました。

 外側の傷なら縫える者はおりましたが、内臓はどうしようもなく……近くの町から医者を呼ばせましたが、間に合いませなんだ」

 村長の足元に、ぽたりと水滴が落ちました。

「あの家を増築して、宿屋にする事を提案したのは、わしなんじゃ……

 白竜様が来られて、人の行き来も増えるじゃろうと、このわしが……」

 しわがれた手で顔を覆い、嗚咽と共に後悔を吐き出す村長。

 肩を震わせ続ける彼は、やがて涙声のまま訊ねます。

「ルーカスと共に、この広場に来られたという事は……この村の葬儀についても、お聞き及びでしょうな……?」

「ああ。ノースヒルじゃあ獣葬をやってるんだってねえ。

 あそこにある岩の台座が墓石で、遺体はもっと森の奥の方へ置いて来るんだと聞いたよ。だが……」

「ドーラ!!」

「ドロシーさん……!」

 エルマとルーカスの父が、ドロシーの話を遮ろうとします。しかし、

「いや、その子ももう16歳じゃ……そろそろ、聞かせるべき頃合いじゃろうて」

 村長はルーカスを手招きし、自らの前へと立たせました。

「ルーカス。この村では5年前から、獣葬はやっておらん。

 今やっておるのは……」

 村長は振り返り、背後の白竜を見上げます。

じゃ」

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