第5話 肉美味しい!

「じゃあそうと決まれば……あ、そういえばさっきあんたの言ってた『クラリスとして』ってのは何? いい作戦がある感じ?」


 さっきはウチが『お金の稼ぎ方』そのものを知らなかったから触れなかったけど、マキはウチを……『クラリス』をどう使っていくつもりなんだろう?


「です~! 『神様の着ていたとされる服』で一躍有名になったゼラヴィア教会に、新入りのシスターが来る。どうやらその子は、記憶喪失だけど『シスターになりたい』という思いだけは忘れていなかった……どうです、こんな偶然が続くと思いますか? もとはボロっちぃアレがですよ!?」


 まあ、とても偶然とは思えないよなぁ……。それこそ、クラリスのことを神様扱いする人間も出てくるかもしんない。いや、実際そうなんだけどね。


「だから私たちが次に行うのは……教会が改装されるまでの間、シスター・クラリスを『看板娘』としてガンガン売り込むことです~!」


「か、看板娘ぇぇぇぇっ!? ……って、何それ?」


「いや、そこで引っかかるんですか。教会の名前を広めるだけでなく、神様に一般常識を知ってもらうためにも、売り込みをする必要がありそうですね~……」


 マキがこう言うってことは、また人間特有の文化ってヤツなのかぁ。誰かのせいで教会での活動は当分できないから、その辺りの知識もつけつつ、教会に人間が来てくれるように宣伝しろ、ってことね。


「……うん、あんたの言いたいことはなんとなく分かった。じゃあ明日から少しずつやってこう、どうやるかはあんたに任せるね」


「了解です~! それじゃご飯を食べに行きましょうよ、食べ放題でタダなんですってよ~!」


「いや、ウチは別にご飯を食べなくても死なないし……一人で行って来ていいよ」


 ウチのことなんか気にせずに、お腹いっぱい食べればいいのに。明かりすら点けないほどの生活をしてたのなら、普段は全然食べられてなかったんでしょ?


「はぁ……あなたはもうゼラヴィアの看板娘なんですよ? やっぱり明日からじゃなくて、今からガンガン宣伝していきますよ。まずは『自分が神様だ』っていう前提を捨ててくださいね、あなたはもう神様じゃなくてクラリスです。ただの『記憶喪失美少女シスター』です! いいですか?」


「はい……」


 作戦は任せると言ってしまった手前、ウチに拒否権はない。こうなったら記憶喪失美少女シスターのクラリスとして、一人でも多くゼラヴィア教会に引き込んでやる!


「ええい、とりあえず肉! それから魚もいきたい! 野菜は……ちょっとは食べとくか!」


 欲望まみれのマキに手を引かれ、ウチらはだだっ広い部屋に移動する。そこには他の人間も何人かいて、平べったい白いのに、何かを乗せていっている。お、ウチが唯一知ってるパンもあるじゃん。

 コイツはああいうのを食べたいのか……まあ、ここは好きなようにさせちゃるか。見よう見まねで板にパン含め色々と乗せていき、空いている椅子に座る。


「結構取ったね~……でもそれ、本当に食べられるわけ?」


「え……何その決まり! そんなの知んないんだ……ですけど!」


 危なぁ~! 外では敬語、外では敬語! それにしても、一旦乗せたら全部食べなきゃダメなのか……こんなことすんのは初めてだけど、いけるもんなのかなぁ?

 そんなウチを気にもせず、マキは銀色の道具を使ってどんどん口に放り込んでいく。口からいくのは他の動物と同じみたいだな。


「美味しい……こんなに美味しい肉、生まれて初めてだわ~!」


「そんなにっ!?」


 あんなに目をギラギラさせて興奮していたマキのテンションがさらに上がる。まあ、あの教会でずっと暮らしていたら、食べ放題なんてのは縁がないよなぁ……。

 でもさぁ、そんなにリアクションが出るほど美味しいの? マキがお高い食べ物に慣れてないだけじゃないの?


 銀色のヤツを『ニク』にぶっ刺し、そのままの勢いで口に入れる。どうなんだ、本当に『オイシー』のかぁ~!?


「あむ……ん、んんっ!?」


 え、なにこれ……? 人間って、こんなとんでもないものを食べてんの!? ずっる! 少しだけ熱くて、噛んだらなんか液体がじゅわって……もしかして血が出た!?

 このままじゃマキに助けを求められないし、とにかく飲み込まなきゃだな……だったら噛んで小さくして、一気に飲む! ――って、うおおおっ!?


 ――ああマキ、ウチはあんたの気持ちを完全に理解したよ。これが『美味しい』かぁ……!


「めっちゃ美味しいです! 一生食べてたいです!」


「そうよね! クラリスもそう思うよね~!? 教会をもっともっと大きくすれば、これを毎晩食べられるようになるのよ~!」


「マ、マジですか~!? そりゃあもう、より一層頑張るしかないですね~!」


 普段からお高いものを食べ慣れていないウチとマキだけが、異常に盛り上がってしまう。シスター二人が肉を食べて大興奮。他の人間たちがどう思っているかなんて、そんなもの気にも留めなかった……。


「あの……ゼラヴィア教会のお二方ですよね?」


 ウチらの目の前に現れたのは、マキと同い年か少し年上のお姉さんだった。茶色の長髪に薄い緑色の目、白いドレスを着づらそうに引きずっている。


「わたしはこの町で医療に従事しております、メイディと申します。少しだけお時間をいただけますでしょうか?」


「んぐっ……はい、時間あります! ゼラヴィア教会所属のシスター・マキと、新入りのシスター・クラリスです! よろしくお願いします!」


「よろしくお願いします!」


 ウチも続けて挨拶する。早速、看板娘として売り込むチャンスがやってきたなぁ!


「あなたが噂の新入りさんなのね、元気な挨拶をありがとうね!」


 メイディさんに優しく頭を撫でられる。このお姉さんはどっかのマキとは違って、神様相手に優しくしてくれる~……ウチはこういう人間を助けるべきなんだよ~……。


「それで、私たちに何の用でしょうか? お祈りでしたら、教会はただ今改装工事をしております。正式なものですと一か月ほどすれば可能です」


 なんだこの人の変わりようは!? さっきまで肉に大興奮してたヤツとは思えないほどきちんとしてる! 神様ウチ相手にもそんな敬語使ってなかったくせに!


「はい、存じ上げております。わたしからお頼みしたいのはお祈りではなく、弟の本当の『適正デュナミス』を視てもらいたいのです!」


 ――はい? 適正? シスターって、そういうのが分かるもんなの?

 おそるおそるマキの方を確認すると、腕組みしながら眼前の女の服装を念入りに確認していた。もしかしてコイツ、お金を持ってそうかどうかで判断しようとしてる!?


 せっかくのゼラヴィア教会を売り込むチャンスだよ、今はお金の問題じゃないって! ……しゃーない、ここは新入りシスターらしく、ウチが流れを変えなきゃだな!


「マキさん、適正ってなんですか? シスターなら人間の適正ってヤツが分かるんですか?」


「そっか、クラリスは適正について知らないもんな……簡単に言えば、その人が『得意なこと』って感じだよ。んで、メイディさんは弟さんの適正を疑ってるみたい。ちょうどいい機会ですし、クラリスに見せるためにも引き受けさせていただきますね!」


 よし、これで頼みを受けることになった! 教会の改装工事が終わるまで、ウチらは地道に人助けを頑張るしかないんだよ!

 適正についてもちょっと分かったけど、シスターは人間の得意なことなんて視えるもんなんだなぁ……魔法によるものか? それともシスターの技術によるものなのか?


「分かりました! 今日はもう遅いので、適正を視せてもらうのは明日にしましょう。それでは失礼いたします、おやすみなさいませ」


「「おやすみなさいませ!」」


 ――ついに明日はシスターとしての初仕事か。めっちゃ不安だけどやるしかないな! ウチなら絶対大丈夫……多分大丈夫だ!


「ああそうだ。以前出された適正って、一体何だったんですか?」


 そうなんとなくマキが聞く。確かに、前に他のシスターから適正を視てもらったんなら、それで合っているんじゃないのかぁ? それとも、教会によって結果が違ったり?


「それがですね……『勇者』だったんです……!」


「ゆ……ゆゆゆゆ、勇……者、勇者ですってぇ……!?」


 ちょっと、マキが見るからに震えてるんだけど!? ねえ、あんただけはちゃんとしててよ!

 ウチだけじゃなくてあんたまで不安を抱えてたら、弟さんの適正は誰が見ればいいのぉ~!?

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