第49話 約束してくれる?


 ティアマト、すごく大きな、蛇と龍の間みたいな魔物。

 空中に浮いてて、とぐろを巻いて、頭にある2本の角で火花を散らして雷を落とす。

 もちろん攻撃もすごいって、しっぽ一振りで大きな岩も木っ端微塵。

「——ということなんです。依頼書に書かれている内容しかわからない状態です」

「とぐろを巻いた状態で約4メートル、伸ばせば15メートル程度と思われる、か」

「胴体直径2メートル前後。強力な雷魔法を持っている……めんどくせえー」

「他にも何か持っている可能性もあります。くれぐれも用心してください」

 出陣は明日、現在ギルドのラウンジで作戦会議中。

「ティアマトか……伝説でしか聞いたことがない魔物だ」

「まさか実在したとはねえ」

「つっても、ここまで来たらケツまくらねえんだろ、オッサンたち」

「オッサン言うな、小便小僧」

 みんな、あっという間に馴染んでしまった。

「おそらく長丁場になると思います。こちらの計算通りにはいかないでしょう」

『長丁場? 戦闘長引くの?』

『大きくて強くて雷魔法があるからね』

『補助魔法15回じゃ足りねえかな、魔力上がったし頑張りゃ30は出せるけど』

『そんなことしたら君が危ないよ。結界の外で魔力切れになったらどうするのさ』

『潔く散る』

『まだ子ども作ってないじゃないか!』

『う…………』

 ほんとにケイは一か八かの勝負師だなあ。

 うちに来てから変わった?

 こんなに腹の据わった子だったかな?

 ロランと相性がいいのかな。来たばかりとは思えない。

「作戦はひとつしかありません」

 とても単純な作戦だ。

「僕は結界、ルイが重力魔法でティアマトを地面に固定します」

「化け物を固定なんてできるのか、ルイに」

 ロラン、涼しい顔。

「できないなんて言わせませんよ、僕のバディなんですから」

 ひとごとだと思って。

「ケイがみなさんに攻撃補助魔法をかけます」

「けっこう強いんだろう?」

「約5割増、持続時間はおよそ10分、15回まで使えます」

「5割マジか。すげえな、お前んとこの魔獣は」

「その2時間半の間に仕留められなかったら、僕たちの負けです」

「直径2メートルの首か……」

「要するに蛇の親分だろ? うろこ硬いんだろうな、俺二刀流で行くわ」

「そっか、俺も予備を持ってこ」

「一か所剥がれれば、そこから俺が槍を入れて急所を突く」

「それがベターだと思います」

 うまくいくといいな。

「イレギュラーはいろいろあるでしょうが、この基本戦術に沿っていきましょう」

「死んでも恨みっこなしだぞ」

「自分で首突っ込んだんだから当然っしょ」

「大丈夫大丈夫、労災入ってんだから死んでも嫁は怒らねえさ」

「はっはっは、確かにな!」

「ケントはそういう心配なくていいな」

「や、俺嫁いるっす」

「いつ結婚したんだい、君!」

「ここ来る前日」

「君って奴は! 奥さんが可哀想じゃないか!」

「いや、ティアマト潰してこねえと離婚だって」

「はぁ!?」

「逃げ帰ったら俺、命ないっすよ。倒すか戦死か二択」

「すげえ嫁だな」

「Bランクっす。喧嘩は嫁の方がめっちゃ強ぇ」

「結婚して1日で嫁のケツに敷かれてやがんの」

「人のこと言えるのかお前」

「自慢じゃねえが結婚前から敷かれてる」

 みんな陽気でよく笑う。

 作戦会議が終わって解散。

 家に帰ったらミリアがいた。

「どうしたんだいミリア? 学校帰り?」

 そしたらミリアは目を伏せて小さな声で言った。

「学校のみんなが、ロランが帰ってくるかどうか、賭けをしてる……」

「賭けなんて先生に知れたらみんな叱られるよ」

 ロラン、論点はそこじゃない。

 それくらい猫でもわかるよ。

「私、まだ魔術物理学を最初の方しか教えてもらってない……」

 今年入学したのに、中等部の勉強って……誰かさんみたい。

「大丈夫、ちゃんと続きを教えてあげるから」

「——本当にちゃんと教えてくれる?」

「もちろん」

「約束してくれる?」

「うん、約束するよ」

 ひと段落したところでクレアの声。

「ロラン、着替えて手を洗っていらっしゃい、お茶にしましょ」

「はい、今」

「ルイ、ケイ、あなたたちもおやつの時間」

 僕とケイはソファの横でおやつ。

 ロランはミリアとお茶。

 なんだか違うよね。

 今はSランク戦闘魔術師のロラン・ヴァルターシュタインじゃない。

 ロラン少年。優しい男の子。

 何だか可愛い。

『何か旦那、子どもみてえだな』

『ロランは小柄で童顔だからね』

 僕だけじゃなかった。ケイも同じ感想だった。

 ミリアが話す学校の話をロランは笑顔で聞いてる。

 一生懸命話してるミリア……怖いんだね。

 ロランが帰って来なかったらどうしようって。

 今は〝ものすごい魔術師だけど優しいお兄さん〟だろうけど。

 ゆっくりお茶を飲んで、ロランはミリアを家まで送る。

 僕とケイもお供。

「ロランはパーティリーダーだよって、お父さんが言ってた」

「今回は僕が集めたパーティだから、責任持たないと」

「待ってるから、帰って来てね」

「大丈夫だよ。観光地じゃないからお土産はないけど」

「お土産はいらない、魔術物理学の続きを教えて」

「君は勉強熱心だね。立派な魔術師になれるよ」

 ミリアを送り届けて、来た道を歩く。

『彼女が来て、よかったんじゃねえ?』

『うん、リラックスできたみたいだね』

『肩に力入ってたもんなー』

『敵は伝説級の魔物、16才の魔術師がパーティーリーダー、メンバーは5人と2匹。どれも前代未聞だから』

『その、前代未聞に俺様も参加するんだなっ! テンション爆アガるー!』

「何か楽しそうだね、君たち」

「楽しいのはケイ。すっごく気分高揚してる」

 ロランは笑顔をみせた。

 ミリアのおかげで出発前にいい時間を持てた。

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