第25話 殺意


 魔術学校には10才から志望して試験を受けて、合格すれば11才から入学できる。

 門は広いけど、油断してると容赦なく落第。

 2回落第したら退学。

 入学式は9月。

 コースは3つあって、戦闘科と技術科と医療科。

 ロランは戦闘科。

 バレルも戦闘科志望らしい。自称当主だから。

 でも編入試験受けられなかった。

 受験資格それ自体を取れなかった。

 総合成績と生活態度。両方アウト。

 しかも魔力計測したらゼロで、逆に珍しいって。

 確かにハウスキーパー長だって70くらいは持ってるよ。

 さすがにゼロはないねー。

 尊い方々に暴言吐いたせいかもしれない。

 何でロランだけ魔術学校で自分は普通学校なんだって、ときどき泣きわめく。

 泣けば魔術学校に行けるならみんな泣くよ。

 そんな暇があったらたくさん勉強しなよ。

 夢物語なんて書いてないで、現実を認めなよ。

 君は魔術師になれないけど、何になるにしても学ぶ姿勢は大事だ。

 ロランの勉強量すごいよほんと。

 人の命を預かったり魔物から土地や建物を守ったり、とても責任が重い仕事だから、いろいろ厳しい。座学はもちろんだし、実技がすごく厳しいらしい。

 自分と仲間を守るためで、絶対必要だって。

 魔法もそうだけど、体術も。

 ロランもよくアザを作って帰ってくる。

 クレアは慣れっこみたいで、アザに薬を貼る。

「明日には治るわよ」

「お母様の膏薬はよく効くから、本当にありがたいです」

「お世辞を言っても何も出ないわよ」

「焼き菓子のいい匂いがしますけど」

「スコーンよ。夕食までこれでもたせてね」

 って、普通にお母様やってる時は問題ないけど。

 最近は訓練も少しずつ再開してきて、多少は気が紛れるようになったかな。

 他の人の求婚全部断って、マリスだけをずっと待ってた。

 一生独身の覚悟もしてたって。

 そんな大切な人がいなくなったんだもん。辛いに決まってる。

 ロランはスコーンをふたつ食べて勉強。

 ちゃんと食べてるのに、大きくならない。

 ちょっと心配。

 家での勉強は復習と予習っていうんだ。

 今日習ってきたことを確認して、次に学ぶことを確認しておくんだって。

 僕はわからないんだな……魔獣の訓練に予習はないから。

 訓練……体作りがちゃんとできてない。

 キースがいればなって思うけど、新しいバディのところに行ったから。

 よく知ってる人だったのと、相性がよかったのと。

 まだ第一線で現役でいたいって言って。

 新しいバディのハリスさんもとてもいい人。

 キースの大事な止まり木を持って行ってくれた。

 僕はこのままでいいのかなあ?

 リザもキースもマリスもステラもいなくなって、ただ思い出だけがたくさんありすぎて、訓練場をひとりで走ってると悲しくなる。

「訓練所で少し遊ばせてもらう?」

 訓練所……マリスと討伐に出る前に行ったよ。

 3か月で課程終わっちゃった。

 マリスがSランクに昇格して、ずっと同行してたから、以後は無縁だったけど。

 そうだね……今は討伐に出てないし、ロランも学生だし。

「私が仮契約するわ」

 クレアのバディは、毎日ミルクを搾ってる牛のクロナ。

 バディにすると、ミルクがものすごく美味しくなるんだって。

 だからこの家のミルクもクリームもバターも美味しいんだ。

 クレアが仮契約者になってくれて、僕を訓練所に連れて行ってくれた。

 保証人がいないと入れないんだ。

「Cランクの魔獣が出戻りってのは……」

 おじさん、思案顔。

「運動場で適当に遊ばせていただけたらいいんですよ」

「はあ……」

「ひとりで庭を走るのにも飽きてしまったらしくて」

「先代がいなくなって寂しいんですな」

「ええ、ロランもまだ学生ですし、現場に戻るまで時間がかかりますから」

「まだ数年はかかるでしょうね」

「魔法の訓練は不要ですわ、家に訓練場がありますから」

 そりゃ……初心者用の魔法訓練施設じゃ、吹き飛ばしてしまうよ。

「まあ……ルイは賢い猫だし、いいでしょう、お預かりします」

 訓練所に通うことになった。

 道は覚えてるからひとりで行ける。

 そして運動所の中に入れてもらう。

 うわあ、懐かしいな!

 広くて、杭や柱や三角屋根みたいのとか、たくさんあって、うちの庭の何倍もすごいんだ。

 魔獣もいろいろいる。顔ぶれは変わってるけど。

 鷹? とか虎とか犬とか、15匹くらい。

『はじめまして、僕はルイ。よろしくね』

 って、一番近くにいた魔獣に挨拶したら吠えられた。

 虎だ。どうしてそんなに怒るの?

『ふざけんなこのくそガキ猫が! 踏み潰すぞ!』

 そう言うや本当に前足を上げたから、びっくりしてしまった。

「何をしてるホセ!!」

 声と同時に何かが当たった音がした。

 虎が痛がってる。

『鞭で叩かれたんだよ』

 少し離れたところから、軽い足取りで犬が来て言った。

 ときどきいたな、どうしてもルール覚えられない子。

 訓練課程をクリアするのが無理だって判断になることもある。

 魔力封じられて……その後どうなるかは知らない。

『懐かしいだろ? どれくらいぶり?』

 毛が長い、小型犬? 中型犬?

 首回りが白くてフサフサで、顔と背中は茶色とこげ茶。

 しっぽも茶色とこげ茶。

 全体的にフサフサ。おしゃれな犬。

『3年ぶりくらい』

『Cランクの出戻りって前例ないらしいぜ?』

 懐っこくて陽気な犬だ。

『僕はバディになる相手がまだ学生だから』

『ところで俺はシェットランドシープドッグ、コリーの子どもじゃあないぞ。名前はララフォールシュミレンス・エドアドシーダ・ログアンゼル・ドゥ・オルスタニアだ』

『……ごめん、どう呼んだらいい?』

『ララな。俺はぶっちゃけ、お前とはうまくやりたい』

 うわ! 切り込み方に迷いがない!

『物心ついた魔獣ならヴァルターシュタイン家の黒猫ルイは知ってる』 

『そ、そうなんだ……知らなかったよ』

 現場に出る魔獣には名前知られてたけど。

『仲良くしといて損はない。うまくやろうぜルイ』

 ここまで直球だと清々しいよ。

『ものすごく潔くて好きだよララ。打算はあるけど悪意がないから』

『さすが賢いな。まずは運動場を一周走って友情を育もうぜ』

『あたしも仲間に入れてよ』

『いいよ、名前を訊いてもいい?』

『アビシニアンのキャリーよ。これからよろしくね』

 猫の仲間だ。素直に嬉しい。

『あのっ、みなさんっ、私もっなか……仲間に入れてくださいっ! 頑張って、ついて行きますからっ! ミニチュア、ダックス、フントのカッカですっ、お見知りおきくださいっ』

『俺も仲間にと言いたいが、走る方は専門外なんでな、上を飛ぶ。ハヤブサのサーグだ、よろしく』

 走りながらみんなに挨拶して、みんなで走った。

 走って跳ねてものすごく楽しかった。

 サーグがキースより速く飛ぶからビックリだよ。

 毎日通ってたら体がほぐれてきたみたい。

 今日もたくさん運動して、家に帰ってカゴの中にいたらバレルが帰って来た。

 ずいぶん早い。まさか授業サボったの?

 そんな調子じゃ留年確定だ。

 どうせ無視されるだろうから僕も無視してたら、いきなりカゴが持ち上がって何かに叩きつけられて落ちた。

 すごい衝撃。

 壁に叩きつけられたみたいだ。

 結界なかったら即死だよ、これ。

 それより、カゴ、壊れちゃった。みんなとの思い出のカゴなのに。

 音を聞きつけてやって来たクレアが悲鳴を上げて、膝をついて僕を抱き上げた。

「なんて子なの! お父様が天国で嘆いておいでだわ!」

 バレルは何も言わずに僕らを見下ろしてた。

 とても怖い顔。

 なんて言ったらいいんだろう……「絶対許さない」っていう感じ。

 殺しそうな目で僕を睨んでる。

「——もう無理ね。別に暮らしましょう」

「かっ手にしろ、クソババア」

 それだけ言い捨てて、バレルは部屋の方に行った。

 クレアのため息が悲しそう。

「いらっしゃいルイ。少し壊れたけれど直るから大丈夫よ」

 転がったカゴを両手で拾い上げて、クレアは僕に優しく笑った。

 悲しいだろうに。

 クレアはロランに話すのかな、もし話したらバレルはこのままじゃ済まない。

 いくら子どもでも当主の言葉は絶対だから。

 クレアがリビングでカゴを直していたら、郵便が届いた。

 バレル、無期停学になった。

 理由は成績と素行。

 一族の会議が終わった後、何人もの親戚のおじさんに「お前は当主ではない」って強く言われたのが、かなりこたえてた。

 ロランにまで言われてしまった。

 ため込んだストレスを全部学校で発散してたらしく。

 授業の妨げとか、周りに迷惑かけてたようで。

 せめて休み時間だけにすればよかったのに。

 クレアが右手をこめかみに添えてうつむいてる。

 長期のお休みの間に病院を受診された方が、って書き添えられてたんだ。

 わかるよ、体格だけで無責任に判断した周囲の人、悪意はなくてもこういう結果になる一因を作った。

 だけどそれは、少し育てばちゃんと理解できるはずのことだった。

 君は事実を受け入れなかった。

 意地になって拒絶して、自分の中に闇を育ててしまった。

「これでどうかしら。可愛いでしょ?」

 クレアは壊れた跡なんて気づかないくらい綺麗に直してくれた。

 その上に青いリボンをつけてくれたから全然わからない。すごい!

「あら、もうこんな時間」

 そして晩ご飯の仕度を始めた。

 ロランが帰ってきて、まっすぐキッチンに行ったから、僕も追いかけた。

「ご存命でよかったです、お母様。まあ心配はしていなかったんですが」

「被害はルイのカゴが少し壊れたくらいよ。直しておいたわ」

「さぞ荒れているかと予想していましたが、外れてよかったです」

 知ってたんだな、バレルの無期停学。

 まあ……人の噂が広がる速度はすごいから。

 ロランが部屋に行って、僕は後を追いかけた。

「大変だったね、カゴ」

「大丈夫だよ、繕ったところにリボンをつけてくれたから、可愛くなったんだ」

 ロランは制服から部屋着に着替えて、重そうな動作で椅子に座った。

「まいったな……どうすればいいんだろう」

 大問題だよね。

「まさか超小型の魔獣を壁に叩きつけたなんて」

 正直なところ、乱暴を通り越して凶暴だよ。

 この先普通に生きていける?

 僕は犯罪者しか思いつかない。

「誰かに知られたら補導確実だ。更正院に入れられるかも」

「家族は内緒にしててもいいよね?」

「本当はよくない……現実問題として身内から告発されるケースは少ないけど」

 さんざんマリスに叱られたのに直らなかったんだ。

 この先も直る見込みはないんだろうな。

「今さら性格が変わるなんて期待は持てないし……」

「うん……僕も無理だと思う」

「むしろ悪化するかもね。初等科での無期停学なんて、前例がないんだ」

「昔からの積み重ねじゃない? 最近特に荒れてたみたいだし」

 ロランも力なくうなずいた。

 学校ももう限界だったんだろうね。

 むしろ、今までよく耐えてなって思う。

 たぶん初等科だからで、これが中等科だったら即停学だったかも。

 同じことしか言わないから不気味だし。

 否定なんかしたら、タタじゃ済まないだろうし。

 怖がって学校に行けなくなる子とかいただろうな、可哀想。

 マリスが謝りに行ってたんだろうな。クレアもかな。

「家から出すの?」

 訊いたら、ロランは首を横に振った。

「さすがに本気で考えてしまうけど……」

「行き場がないでしょ、心当たりある?」

「一族みんなが拒んでる。あのままじゃ僕も強くはお願いできない」

 誰だって引き取りたくないだろうな……。

「この先、問題がなければ今まで通り暮らしてかまわないんだ」

 ロラン、君、度胸すごいね。

「病院でゆっくり自分と向き合って心が鎮めて、学校に復帰して勉強してくれたら、一番いいんだけど」

「それができる子だったら、前代未聞の停学なんてさせられないよ」

「……とりあえずお茶にしようか」

 ロランは椅子から離れた。

「お腹が空いてる時に難しいことを考えちゃいけない。短絡的になるからね」

 そう言って、いつものように手を洗ってリビングに行った。

 焼きたてのビスケットを半分に割って、ハチミツをかけて食べながらお茶を飲んで、隣に座ってる僕をなでる。

 ロランの隣は次期当主の席。埋まるのは相当先かな。

「いい子だねルイ。君が隣にいるとホッとするよ。とても安心する」

 僕は鳴くだけだけど。

 ロランの背中側から足音が小さく聞こえて、クレアだと思ったんだ。

 でも——近づくごとに気配が違うって気づいて。

 殺気……?

 気づくのが半瞬遅れた。

 討伐でもないのに、まさか家に殺気があるなんて!

 とっさにソファの背もたれに飛び乗った。

 バレルが横に構えた刃物で、ロランの首目がけて薙ごうとしてた。

 振り向きかけたロランにもうナイフが当たりそう!

 僕は夢中でソファを蹴ってバレルの手首に噛みついた。

 ギャアって悲鳴をあげて痛がってるけど、もう同情なんてしないから。

 君は今本気でロランを殺そうとしたよね?

 手首の骨が折れても離さないからね、君がナイフを捨てるまで!

 押しのけようとして必死で僕の頭をつかむけど、僕には結界がある。

 結界がなかったとしても負けない。

 Cランクの戦闘魔獣を舐めるな……僕はマリスと血だらけになりながら、強い敵を討伐してたんだ!

 わかってる、魔獣は人に危害を加えちゃいけない。

 でも、僕はロランを守る。

 本当は、僕はナイフが怖いんだ。

 お腹を裂かれた凄まじい痛みを思い出して、体が震える。

 だけど、今だけは怖くても震えても放しちゃダメだ!

 放したら後悔する、絶対に後悔する!

 それでもバレルはナイフを放さなくて。

 凄まじい執念……果てしない憎悪。

「殺す、ぜったい殺す! 死ね、ロラン!!」

 魔物の気配さえ感じる……怖い。

「お前はおれから何もかもぬすんだ、殺されて当ぜんなんだ!!」

 君は始めから何も持っていない。

 奪おうとしてるのは君なんだ、バレル。

 でも奪えない。君は欲しいものを何ひとつ手に入れられない。

 容姿も知性も魔力も相続権も——僕も。

「死ね! そしておれに全ぶよこせ!!」

 ロランは呆然として動けない。

 次の瞬間、バレルと僕は大きな水のボールに包まれた。

 一瞬にも満たないほど速かった。

 クレアが立ってた。

 ああ、これがアクアボールなんだ。

 僕は結界で平気だけど、バレルはすぐ死ぬ。

 本気で怒らせてしまった、クレアを。

 バレルは両手で首を押さえてる。

 危ない、本当にバレルが溺れるよ、クレア!!

 レザークローで切ろうとしたけど水が重い。

 肉球にかかる水の抵抗でレザークローを出せない。

 もうバレルは限界だよ!

 ダメだよ、お母さんが子どもを殺すなんて!

 水が一瞬で消えた……。

 バレルは床に崩れて、ひどく咳き込んでる。

「超えてはならない一線を、あなたは越えてしまった」

 普通すぎて恐ろしかった、クレアの声。

 右手から血を流しながら、バレルは震えてる。

「じょ……じょうだんなんだ、いまのは、じょ——」

「自分の席についていらっしゃい。警察を呼びます」

 クレアは本当に警察に使いを遣った。

 確かに殺人未遂だから警察沙汰だけど。

 だけど、ほんの少しの隙を突いてバレルは家を飛び出して、警察の人たちが探したけど見つからなかった。

 もう帰って来られないだろうな。

 いったいどうするんだろう……10才の子どもがひとりで生きられるわけがないのに。

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