第22話 マリス、激昂


 ついに出た。

〝ヴァルターシュタインの次男がフレイヤ様のお怒りを買った〟疑惑。

 うん、神罰受けてる。

 ただ、ここまで顕在化してなかっただけで。

 7才だっていうのに、まるっきり状況変わらない。

 自分が長男で次の当主だって本気で思ってる。

 ……わからなくもないよ、他人からお兄ちゃんって勘違いされ続けて、でも家族から否定され続けて、すごく心が痛いと思うんだ。

 で・も・ね。

 すでにそういう問題じゃないんだ。

 君はとっくに病人扱いされてて、女神様のお怒りを買ったって周囲に言われてるんだ。

 これは確かに家の信用問題だよ、すごく大事。

 いい? これを続けるのは自殺行為なんだよ。

 今日も隠れてロランを突き飛ばしてたのをハウスキーパー長に見つかって、マリスに報告。かなり強めのお説教。

 すごいなあ、魔術師って本当に冷静だ。

 僕だったら殴ってるけど。

 かなり強めのお説教にバレルは泣きわめいて「あいつがわるいんだ、あいつがぼくをつきとばしたんだ」の一点張り。

 ごめんなさいという言葉の存在を知らないのか君は。

 マリスは僕を抱えて部屋に戻って、ため息をついて、椅子に座った。

 机の上には天主様のお下がりの葡萄酒。とってもありがたい。

「私がお前なら家出しているよ」

「僕は出て行かないよ、マリスと契約してるから」

「無理をしなくていいんだぞ? お前は自由なんだから」

「マリスもクレアもロランもキースも好きだよ。あまり話す機会ないけどクロナも」

「さすがにバレルは無理か」

「正直に言うと、本気で無理」

「お前は神聖魔法が使えて、司祭様から祝福を受けた唯一の魔獣だ」

「うん」

「さらに多くの魔法を使えるから、桁違いの価値がある」

「ちょっと魔法が使える普通の黒猫だよ」

「姿もとても美しい。回復術士も戦闘魔術師も冒険者もみんなお前が欲しい」

「ステラもそう言ってた」

「私が仮契約だから、よけいね。正契約してバディにしたいんだ」

「僕は嫌だよ、仮契約でもマリスがいい」

 だって僕が選んだんだもん、マリスと契約するって。

「人によっては今のバディと契約解除してでも……とか言うから」

 そんな奴は神罰受けちゃえばいいんだ。

「僕は仮契約でも困ってないよ。マリスがいいんだ」

「嬉しいよルイ。キースもお前が好きだから、みんなで頑張ろう」

 干し肉をつついてたキースが、止まり木の上から言った。

『わしは敬意を持っているのだ。共にマリスの契約魔獣であることはわしの誇り』

『ありがとう、キースにそう言ってもらえて本当に嬉しい』

 マリスの仕事は戦闘がほとんどだから、いつも危ない。

 でもキースは全然怯まなくて、すごく勇敢なんだ。

 飛ぶのも速くてほんとにすごいバディ。

 キースを見てると僕にはバディなんて務まらないよって思う。

 やっぱり縁の強さがすごいよ。

 マリスの膝でなでてもらって、気持ちが落ち着いて、カゴに戻ってよく眠れた。

 起きて、爪とぎで爪を研ぐ。

 大事な爪、ちゃんと手入れしておかなくちゃ。

 クレアに呼ばれてご飯を食べて毛繕いしてたら、バレルが来た。

 何の用だよ、近づかないでよ。

 ロクなことないんだから。

「チビねこ、おまえなんか、ずーっとチビだ」

 ——確かに僕は小さいけど。

 子猫って言われるけど、チビって言われたのは初めてだ。

 昨日大騒ぎしたから機嫌が悪いんだなと思ったけど、それが毎朝。

「くそチビ。さっさとくたばれ」

 ——これは、マリスには言わない方がいいよね……。

 討伐があって家を4日離れて帰って来て。

 空白期間をものともせずに、悪口は続く。

「チビのまんまなんて、のろわれてるんだろ?」

 呪われてるのは君です。

「しごとしないのに、ごはんはたくさんくうの、いじきたない」

 働いてるよ、勉強しないでご飯食べてる子に言われたくないね。

「さっさとでていけ。いやならけとばすぞ」

 蹴飛ばしてどうなったか、覚えてるでしょ。

 僕に子どもの脅しなんて効くわけない。

「まものにくわれちゃえばいいんだ」

 だとしても君にはメリットないよ。

「おまえなんか、ねこじゃない。ほんとはまものなんだ」

 僕は黙ってたんだけど——クレアから全部漏れた。

 一言一句漏らさず15日分。

 非情だ……。

「出て行け!! お前は誇り高いヴァルターシュタイン家の恥さらしだ!!」

 本当に見たことがない、鬼神のようなマリス。

 あのロランがぽかんとして見てる。僕もビックリして声が出ない。

 バレルは床に座って普段より大泣きして謝ってる。

 だけど仁王立ちしたマリスの表情は変わらない。

 暴力がダメだからって、暴言にいくとは思わなかったんだ。

 クレアは呆れているし、マリスは激怒。

 ロランはやっと我に返って部屋に戻っていった。

「お前には魔獣を持つ資格がない。魔術師にはなれない!」

「いやだ! ぼくはまじゅつしになって、ルイとけいやくするんだ!!」

「ダメだ。何度も言うけどお前にはルイをあげない——お前にだけは」

 バレル、少しはショックだったらしい。

 お前にだけはって、ものすごく強い言葉だもん。

「まって! ごめんなさい、ほんとうにごめんなさい、ぼくはぜったいまじゅつしにならないと、いえをついでとうしゅになれない! ぼくはちょうなんなんだ、おとうさんの次のとうしゅなんだ、まじゅつし——」

「何度言わせるんだ、次期当主はロランだ」

「ちがうんだおとうさん! ぼくがちょうなんなんだ! おかあさんのおなかの中で、ロランが全ぶぬすんだんだ! ぼくがちょうなんなんだ、だから……」

「お前は次男なんだ、何百回言えばわかるんだ」

「ぼくは……ぼく……」

「バレル、もう自分の立場をわきまえなさい。お前は次男だ」

「ぼくはほんとうにおにいちゃんなんだよ! しんじてよ!」

「——やっぱりダメだなお前は……いろいろ考えなくてはならないな」

 バレル、また大号泣。

 まるで絶叫。

 もうずっと、何年も、否定され続けてるから、年々ひどくなってる。

 でもマリスはやっぱり怒ってる。

 万が一この子のバディになったら——5分で強制解除する自信がある。

 しばらく泣きわめいて、やっと落ち着いてきて、マリスがため息をついた。

「今回だけは許そう」

 許したっていうか、心の底から諦めたっていうか……。

「でもルイは仮にとはいえ私と契約している魔獣だ、暴力や侮辱は絶対に許さないから、覚えておきなさい。そんな行為は契約魔獣がいる人には絶対に許されない」

 マリスはそのまま部屋に。

 まだ泣いてるバレルにクレアが声をかけた。

「今度こそ本当に反省なさい。次はないのよ」

 お母さんが宥めてるのに何にも言わずにただ泣くだけ。

「当主の言葉は絶対ですからね、1度決まったら変わらないの」

 これで大騒動は終わったんだけど。

 まあ、無理だよね……もう、無理だ。

 バレルは何もわかってない。ヴァルターシュタイン家も、魔術師も。

 執着しかない、意味も全然わからないのに。

 だけど、ここまできたらもう自分で考えて理解しなきゃならない年だ。

 でないと、君はきっと——。

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