第25話 各世界の様子見

 

くぅ、とお腹が空いてきた。

そろそろお昼の時間だ。

分身を増やして誤算だったのは、全員等しく腹が減るということだ。

そりゃそうだ、思考は共有でも胃袋は共有じゃない。

食費は考えなくても良いが、食事をする手間が増えてしまった。


箱庭で本体含む分身たちは食事を摂っているが、せっかくだからアリスはこの世界の食事を食べるか。

さっきから良い匂いがしている串焼き肉とパンを買い、てきとうなベンチに座った。


もう我慢できずに肉にかじりつく。

じゅわっと肉汁が溢れ、恐らく果物で作ったであろうソースの味と混ざり合い口に広がる。

少々肉質は硬いが、味は文句の言いようが無い。

ただ……これ、何の肉だ?魔物……なのか?


あまり考えないようにして、パンに着手した。

ナンのような形のパンだ。

少し期待していたのだが、パンはふわふわ……というわけにはいかず、カチカチパサパサだった。

うーん?瘴気の世界でもそうだったが、パンを作る技術は発展しづらいのだろうか?

味も少々酸味が強いが、まあ食べられなくは無い。


屋台で果物のジュースを買って一息つく。

オレンジのようなレモンのような柑橘系の味がした。

まだ少ししかこの世界に滞在していないが、少なくとも飯は美味い。

地球の凝ったメニューのような料理は見かけないが、素材の味で勝負しているのだろう。

あ、屋台で凝ったメニューは出さないか?食事処に行ってみる必要があるな。

まあ今はもう満腹なので、町を出て箱庭に戻った。


「よーし今度はアリスも遊んじゃうぞー」


箱庭で駆けずり回るシロとクロたちと合流する。

シロとクロは初めは困惑していたが、これらが全員俺だと言い聞かせればすんなり理解してくれた。

賢い子たちだ。


続いてシアが出動する。

向かうのは空と奈落の世界だ。



視界が切り替わると、見渡す限りの青空。

そして……雲海。


「ひょっっ」


驚いて変な声が出た。

[変幻自在]では仕草や癖なんかも指定できるので、可愛い女の子のようになるように指定しているのだ。

俺は直径1メートルほどの浮島の上に立っていた。

足を踏み外せば奈落へ真っ逆さま。


俺は高所恐怖症ではない。

ない、が……これは怖い。

落ち着け、こうなることは予測していた。

冷静にステッキを振るう。


「風の精霊よ、出番です!」


と呼びかけると、ステッキからキラキラが出てきて緑色の猫になった。

これは[ユニット操作]で作成した風の精霊だ。

普段はステッキの宝石の中にいるが、呼びかけに反応して出てくるように設定している。


『出番にゃー、何するにゃー?』


「常に顕現して私が落ちそうになったら風で助けて下さい。絶対ですよ!」


『分かったにゃー』


本当はユニットとは念話できるしわざわざ口で説明しなくても命令には忠実に従う。

しかし、シアは精霊使いという設定。

誰も見ていなくても設定に従うのである。


お分かりだろう、俺は各分身の際はよほどのことが無い限り縛りプレイをしようと決めたのだ。

アリスは杖で魔法を使い、シアは精霊を使役する。

できるだけ他のチート技能は使わない。

が、あくまで『できるだけ』である。

危機的状況とか面倒になったら全然使うし、【結界】スキルは普通に使っている。

痛いのは嫌なのである。


さて、身の安全が確保されたところで改めて辺りを見渡す。

常に割と強めの風が吹いており、視界の雲はゆっくりと動いている。

真っ先に創造しなければならないのは1人乗りの小型飛行船だろうな。


チートは使わないとは言ったが、この世界を選んだら女神から受け取っていたであろう初期配布品は創造するつもりだ。

でなければ今まさにこういう状況の時に詰む。


小型の飛行船か……。

住居も兼ねた移動手段ってことだよな?

だったら、まずこう……四角いワンルームを作って……で、コックピットの部屋を連接してつけて……レーダーとか翼とかその他諸々つけて……で、魔法の力で飛ぶようにすれば完成だ。

1人(暮らし)用小型飛行船。

……小型か?まあ、小型か。うん。

おっと、[拠点万能化]も忘れずに設定しておかないとな。


早速中に乗り込み、起動させる。


「目標、近くの町!ゴーです!」


『レッツゴーなのにゃー』




空の旅は10分で飽きた。

全く景色が変わり映えしない。

他の飛行船と衝突事故を起こすわけにもいかないからスピードも出せないし、風の精霊と他の精霊も呼び出してトランプをして遊んでおく。


ユヅキと並走しよう。

ユヅキが向かうのは海とダンジョンの世界。

正直1番行きたくない、俺は海が怖いのだ。

しかしそうも言ってられないので、えいやっと転移した。



とぷん、と。

水に落ちる感覚がした。

俺を囲んでいる結界の周囲は水だ。

水の上に転移したのか……結界を張っておいて良かった。

【結界(快適保障付き)】で結界内は水も入ってこないし新鮮な酸素も循環している、焦ることは無い。

どれだけ深いのかと下を見て……──



目の前が真っ暗になった。



比喩ではない、本当に暗くなった。

は?と思い焦って魔法で光の玉を浮かべる。

そこは赤くてうねうねうごうごしていて……まるで体内のような……。

……、……食べられてるー!!


パニックになった俺は持っていた銃に魔力を装填して引き金を引いた。


バドゥゥゥン!!


レーザービームのような光の柱が射出され、赤いグロテスクなぐにょぐにょが爆裂四散していく。

チート全開!魔法で飛んで脱出!

急いで海面に出て空へ飛ぶ。

下を見下ろすと、体の半分を吹き飛ばされてもまだ生きている上に徐々に再生していっている巨大な魚がいた。


どっっと心臓が脈打ち、気が付けば引き金を何度も引いていた。

まるで俺の心情を表しているかのように様々な属性のレーザーが巨大魚を襲い、ぐちゃぐちゃのバラバラになって原型をとどめなくなってようやく再生が止まった。

辺りは血の海になっており、肉片や骨なんかが辺りに浮かんでいる。


どっどっどっ、と心臓が煩い。

深い深い海はその底に何かが潜んでいることを推測させ、広くどこまでも続く水平線は陸地が無い絶望感を突きつけてきた。

巨大魚に食べられるなんて、そんなのトラウマにならないわけがない。


限界を迎えた俺は即座に箱庭に戻り、シロとクロから癒しをもらった。




気を取り直して、最後のノアが転移する。

最後はダンジョンに呑まれて世界中がダンジョン化した世界だ。

転移してすぐに違和感に呑まれた。

周囲がピンクのふわふわだ。なんてメルヘンな。


地面も木も草も岩らしき物も全てピンクのふわふわ。

なんだこれ?触って良い物か分からないので、結界は常時展開している。

結界はそのピンクを全て阻み、靴の裏にすらピンクは接着しない。

ということは……これ全部害か。

魔物なのか菌類なのかは分からないが、とんでもない場所に出たな。


じゃじゃーん、『探し物コンパス』で1番近い町を指定。

歩くのは面倒なので浮遊魔法で飛んでいくことにした。


が、ピンクのふわふわから魔物らしきスライム状の生物?が絶えずどっぱどっぱ噴出されてきて前が見えない。

全部結界に阻まれているが、結界の球体上にべっとりとピンクが張り付いて蠢いている。

……ええい、気持ち悪い!


ぐんっと上空へ飛び上がり、高速回転してピンクを飛び散らせる。

回りすぎて目が回ったりしつつ、かなり上を飛べばピンクは飛んで来ない……かと思いきやあいつらタワー状に積み重なって飛び付いて来やがる。

こうなったら昇って来れない場所まで飛んでやる、と更に上空へ飛ぶと、ゴツンと何かにぶつかった。

へっ、何だこれ?透明の壁……?いや、ここは元々壁だったのか?

そう思うと、俺が今まで空が広がっていると思っていたものが一気に陳腐な流れる絵のように見えてきた。


下から襲って来るピンクの何か、上限のある高度と閉塞感。

ダンジョン化した世界……か。なるほどな。


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