第3話 おっさん、元魔王と契約する

「それで、お前さんの名前はなんじゃ」

「ギル・クラーク。元勇者パーティーの冒険者だ」

「ほう。勇者の仲間か。その割には一人で死んでおったようじゃが……」

「勇者パーティーから追放されたんだよ」

何故なにゆえか?」

「俺が力不足だったんだ。魔王二ルドラの前に行くまでの魔物たち相手に歯が立たなくなって……」

「なるほどのう。それで、力を求めると」

 

 あごひげをさすりながら、レンフリーはうんうんと頷く。

 俺は爺さんの前に土下座して頼み込む。


「なあ、教えてくれ、爺さん。先代魔王が使っていた死霊魔法ってのを俺にはどうしても必要なんだ」

「待ちなされ。その前にお前さんにはやることがある。契約魔法ってのを知っているかのう」

「知っているさ」


 契約魔法。神様や精霊と契約して使える特殊な魔法。

 例えば、回復魔法を使いたかったら、神様と契約すれば光属性の魔法が簡単に使えるようになる。

 契約の方法は簡単だ。

 教会から洗礼を受けて、聖なる像の前で神様へお祈りするだけでいい。

 なんの罪もなければそのまま神様と契約できる。


「でも、契約って誰と? まさか……」

「そう、お前さんとは先代魔王モルシレンス様と契約してもらう」

「ま、待ってくれ。俺は確かに死霊魔法を教えてもらいたいとは言った。でも、人類の敵になるのはごめんだ」


 俺がそう言うとレンフリーは高らかに笑う。

 なにがおかしいんだ。


「安心せい。モルシレンス様は人間なんぞに興味はありはせん」

「でも、昔は不死の軍団を連れて大陸中を恐怖に陥れたって話を聞いたことが……」

「それは人間側からちょっかいを出されたからのう。当時、モルシレンス様の領土を人間が侵略しようとしたから報復に出ただけじゃ」

「そうだったのか。それは知らなかった」

「よいよい。真実とは時にしてねじ曲がって伝えられるものじゃからな」

「でも、人間に興味ないんだったら俺と契約してもらえるだろうか」

「お前さんと我らには共通の目的があるから心配せんでもええ」

「共通の目的?」

「モルシレンス様は魔王の座を退けた現魔王二ルドラに腹を立てておる。奴になんとか痛い目を見せたいとな」

「なるほど。魔王軍も一枚岩ではないのか」


 モルシレンスが魔王の座を追いだした二ルドラを恨んでいても不思議ではない。

 きっと憎んでいるはずだ。

 俺とモルシレンス。案外、追放された者同士仲良くやれるかもしれない。 


「よし、それなら行こう。モルシレンスのところへ」

「ほう。その気になったか。よいよい」

「でも、モルシレンスはどこにいるんだ?」

「儂が案内してやろう。ほれ、儂の肩に捕まれ」


 言われるがままにレンフリーの肩を掴む。

 レンフリーは何事かをぶつぶつと唱えると、周囲に白い霧が現れた。

 あの時と同じだ。俺が生き返った時と。

 白い霧に身体が包まれ、なにも見えなくなるとレンフリーが歩き出した。

 肩を掴んでいた俺はレンフリーの行くままに歩を進める。

 平らだった地面が突如、ぬかるみ始める。

 これは泥?

 

「着いたぞい」


 レンフリーがそう言うと、白い霧が徐々に晴れ始める。

 辺りは湿地で目の前には湖があった。

 湖の真ん中には巨大な枯れ木があり、その上には巨大な鳥がいた。

 その鳥は黒く、カラスに似ていたが、くちばしは折れ曲がっていて、目が三つ足が四本あった。

 圧倒的な威圧感。

 こいつだ。

 こいつがモルシレンスだ。

 肌でわかる。とてつもない魔力の持ち主であることが。

 足が恐怖ですくむ。

 落ち着け、俺。

 ここで怯んでいては目的なんて達成できない。


「レンフリー、何故人間を我が聖地に連れてきた」

「はっ、こやつめがモルシレンス様の使う死霊魔法を使いたいと契約を望んでおります」

「ほう、我が死霊魔法を使いたいだと?」

「ええ、そうです。あなたの扱う魔法を俺も使いたい」

「我と契約するということは、我の眷属になるということだが覚悟はできているのか」

 

 そんなこと聞いてないぞ。

 レンフリーの方を見るとニヤリとほくそ笑んでいる。

 あの爺さん、わざと言ってなかったな。

 でも、ここまで来たならしょうがない。

 やけくそだ。


「ええ、そうです。ぜひ俺を貴方様の眷属にしていただきたい」


 これでいいんだろう。

 レンフリーの方を再度見るとうんうんと頷いている。


「なにを捧げられる?」

「え?」

 

 捧げるってなにを。

 そういえば聞いたことがある。

 モルシレンスは魂を喰らうって。

 人間や魔物の魂を食べて自らの力にするらしい。

 ってことは、俺は自分の魂を捧げればいいのか?


「言っておくが、貴様の魂なんぞいらんぞ。たかが人間の魂なんぞ。喰らっても腹の足しにはならんからな」

「うっ、そうだよな」

「さあ、お前は我になにを捧げる」

 

 そんなもん決まっている。

 俺ができることというかやれるかもしれないことはただ一つ。


「俺があんたに捧げるのは現魔王二ルドラの魂をだ」

「ほう。我を退けたあの二ルドラの魂を我に捧げるとな。随分と大きく出たな、人間よ」

「俺の目的はただ一つ。現魔王二ルドラを倒し英雄になること。その為にあんたの魔法の力を貸してほしい。俺があんたの代わりに魔王二ルドラを倒す」

「はっはっは。面白い。レンフリー、よくぞこの人間を連れてきた」

「はい。面白い人間でしょう」

「いいだろう。貴様に我が魔法を授けよう」

「はっ、光栄です」

「ただし、貴様にはある呪いもかける」

「呪い?」

「不敗の呪いだ。貴様は魔王二ルドラを倒すといった。我が魔法を使えばそれも不可能ではないだろう。だが、その前に一度でも負ければ我が魔法は二度と使えなくなる」

 

 一瞬、戸惑うが答えは決まっている。

 元魔王の魔法が使えるようになるんだ。それくらいのペナルティ甘んじて受けるさ。


「ああ、構わない。俺はこれから一度も敗北したりなんてしない。魔王を倒すまで勝ち続けてやる」


 モルシレンスは漆黒の翼を大きく広げた。

 突風が吹き、湖がぼこぼこと泡を立てる。


「では、我が魔法を授けよう」


 

 


 

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