第16話② 生と死を隔てる場所で(後編)

(前編からつづく)


 燃え上がる馬車のなかから、チーグのお気に入りの三冊の本を探し、どうにか逃げ出した後、ノタックはすすまみれになりながら森の中で力尽き、倒れていた。


 どれくらい時間が経ったのか分からなかったが、ノタックが目を覚ますと、隣には<四ツ目>が座っていた。


「起きたか?」


 <四ツ目>が静かに言う。


 ノタックははっとして起き上がり、戦いの態勢をとろうとしたが、できなかった。炎の中、決死の行動を続けてきた彼の体力は限界を迎えており、完全武装の鎧をいつも以上に重く感じ、そのまま再び倒れてしまった。


 やけどのせいか、手足がひりひりしていた。けれども、この程度の熱傷で済んだのは奇跡だ。ポーリンが火から身を守る呪文をかけていなければ、きっと燃える馬車のなかで死んでいただろう。


 見れば、<四ツ目>の顔もすすだらけであり、いつもは後ろにかきあげている黒い髪もみだれてちりぢりとなり、垂れ下がる髪に四つの目玉を刺繍ししゅうした右眼の眼帯も覆い隠されていた。赤いマントも焼け落ち、ボロボロだ。


 <四ツ目>の隣で寝ているヘルハウンドも、毛並みに燃えた跡がみられ、一部は炎の爪によってえぐられたかのような傷がついていた。


「・・・安心しろ、ドワーフ。はじめから、おまえたちを殺すつもりはない」


 <四ツ目>はため息まじりに重々しく言った。


「俺の任務は、チーグを生かしたまま捕らえるか、さもなくば行く手を阻み、船着き場へと向かわせることだ。我が任務はすでに達成された」


 そう言ってから、苦笑を浮かべる。


「俺の見立て通り、腕のいい魔法使いだった。こんなに傷を負わされるとは、想定外だ・・・そしてドワーフ、おまえも強かったな」


 ノタックはじっと<四ツ目>を見つめていた。彼は、他人の嘘を見抜くのが苦手である。そんな彼にも、<四ツ目>が嘘を言っているのではないということに確信が持てた。


 <四ツ目>はゆっくりと立ち上がると、赤いマントについたすすを払った。


「・・・やれやれ、これも新調しないとな」


 そう言うと、ヘルハウンドの一方の頭をポンと叩いた。


「チーグたちは、ホブゴブリンどもに捕らえられたはずだが、運が良ければ生き延びるだろう」


「ホブゴブリン?それが、あんたの雇い主か?」


 ノタックはおもむろに問うた。<四ツ目>はかぶりをふる。


「いや、俺はホブゴブリンとは関係ない・・・まあ、話せば長い」


「そうか」


 ノタックはそれ以上追及しなかった。それよりも、チーグたちの身が案じられた。


「俺はもう行く。もしも次に会うときには、敵同士でなければいいな、ドワーフ」


 <四ツ目>はそう言ってから、少し空を見上げた。空に立ち込めていた厚い雲は散り散りになり、西に傾く陽によって朱色あかねいろに染まっていた。


「・・・まあ、俺の”本当の雇い主”の意向次第だが」


「雇い主に忠実なのは、いいことだ」


 ノタックは淡々と言った。<四ツ目>は、微笑した。


「そうだな・・・おまえはどうする、ドワーフ?」


 問いかけられたノタックは、しばし逡巡した。そして、鎧の重さに耐えながらどうにか立ち上がると、真正面から<四ツ目>を見上げた。


「殿下たちは、ホブゴブリンごときに後れをとる方々だとは思わない。自分は傷をいやし、先回りして待つ、ダネガリスの野で」


 そうしてその言葉通り、ノタックは先回りをして傷をいやしながら待っていたのである。




主な登場人物:

ラザラ・ポーリン サントエルマの森の魔法使いの見習い。失われた魔法の探索の旅の途中、ゴブリン王国の王位継承をめぐる大冒険に巻き込まれる。

チーグ ゴブリン王国の第一王子。人間たちの知識を得て、王国へ帰る途中。第三王子ヨーと、有力氏族の次期氏族長ダンに命を狙われている。

ノタック 放浪のドワーフの戦士。双頭のハンマーを使いこなす古強者。<四ツ目>との戦い以降、行方不明となっていた。

デュラモ チーグの腹心のゴブリン王国の親衛隊長。

ノト チーグの身の回りの世話をする従者。

<四ツ目> 人間の魔獣使い、歴戦の賞金稼ぎ。四つの目玉を刺繍した眼帯を右目にしている。相棒は、二つ首のヘルハウンド。チーグたちの敵として立ちはだかったが、雇い主が誰なのかは不明。

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