第12話 追憶と、現実と
かつてないほどに魔法の力を使い果たしたポーリンは、ずっと意識を失っていた。長いまどろみの中においてさえ、
暗い
その渦のなかで、ときに夢とも
ポーリンは父を知らない。彼女が物ごころつく前に、父は家を出ていった。
母はひとりで彼女を育ててくれた。母は、いったいいつ寝ているのかと思うほど、ずっと働きづめであった。疲れた表情を見せることはあったが、いつでも
きっと地べたを
規則に厳格で、
そんな母が、ポーリンにしばしば言っていた言葉――「つらいときほど、気品を保ちなさい」
ポーリンが目を覚ましたときに感じたのは、
彼女は、薄暗い洞窟の中にいることに気づいた。疑念の言葉を発しようとしたが、できなかった。口には、さるぐつわ代わりに、ロープがまかれていた。起き上がろうとしたが、身体がいうことをきかなかった。両腕は腰に回され、やはりロープで縛られていた。
――捕らえられた?
彼女は混乱しながら、頭にかかるもやを振り払おうとした。
最後に覚えているのは、自らの生命を燃やすかのように魔法の力がみなぎり、そして失われていくさま……かつてない
彼女は壁伝いにどうにか身を起こすと、薄暗い周囲を見回した。
「よう、起きたか、ラザラ・ポーリン」
聞き覚えのある声がした。徐々に暗がりに目が慣れてくる。
向かい側の牢に、同じく捕らえられたチーグがいた。
鉄格子を挟んだ隣の
「息があるのは分かっていたが、三日三晩、ずっと倒れていたから心配したぜ」
その声音から、チーグもかなり弱っているようであった。
「おまえの魔法は見事だった、本当さ。〈四つ目〉と化け物は振り切ることができた」
状況のつかめぬポーリンに、チーグは事の成り行きを話し始めた。
「俺たちは道を引き返し、船着き場へと向かったが……罠だった。そこでは大勢のホブゴブリンどもが、待ち構えていた」
チーグはいまいましげに言葉を切り、小さくため息をついた。
「俺たちはそこで捕らえられ、船でここへ運ばれたというわけさ。ここはリネ。ホブゴブリンどもの、奴隷売買のための収容所」
隣の房で、デュラモが恥辱に怒るような表情を浮かべ、ノトはおびえたように縮こまった。
ホブゴブリン族は、ゴブリン族よりも大柄で、力も強く、より
リフティのゴブリンたちも、人間の隊商を襲うことがあるが、略奪が主であり人殺しまで行うことはまれである。一方、ホブゴブリンたちはしばしば組織立って人間の隊商を襲い、積み荷のみならず奴隷売買のための人さらいも行う。抵抗にあえば、人間たちを皆殺しにすることもいとわない。
リフティのゴブリンたちが
「……だが、悪いことばかりじゃない。」
チーグはため息まじりに続けた。
「おかげで、ダネガリスの野にかなり近づくことができた。それともう一つ――」
と、チーグはデュラモたちの方をちらりと見た。
「ダンの野郎が、ホブゴブリンどもとつるんでいたことも分かった」
デュラモとノトも、
ポーリンにとって、”ダン”という者が誰なのか分からなかったが、ゴブリン王国の裏切り者であろうことは推測がついた。
「俺たちは、ダンに引き渡される……らしい。だが、ホブゴブリンどもとつるんでいることが、もしもゴブリン王国で
その暗い先行きを聞かされたとき、ポーリンの心に浮かんだのは、我が身の運命への嘆きではなく、自らの力のなさへの深い失望だった。
つまり、チーグを無事にゴブリン王国まで届けるという任務は、失敗したということだ。
サントエルマの森で学んだ彼女は、魔法には自信を持っていた。この任務も軽くこなせるという
だが世界は彼女が思っていたよりはるかに広く複雑で、彼女は自分が思っていたよりずっと無力だった。
けれども、こんなときこそ身をたださなければならない。
彼女は母のことを思い出していた。
彼女は、
<主な登場人物>
ラザラ・ポーリン:サントエルマの森で学ぶ若き女魔法使い。失われた魔法の探索の旅の途中、ゴブリン王国の王位継承をめぐる大冒険に巻き込まれる。
チーグ:ゴブリン王国の第一王子。人間の知識を得るための旅を終え、王国へ帰る途中。チーグの帰国を望まぬ者たちに命を狙われている。
ノタック:〈最強のドワーフ〉を目指す古強者。ジ・カーノのハンマーと呼ばれる魔法の武器を使いこなす。〈四ツ目〉の襲撃時にはぐれてしまった。
デュラモ:ゴブリン王国の親衛隊長。チーグに忠実。
ノト:チーグの身の回りの世話をする従者。
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