それなりに怖い話。

只野誠

それはそこにいる

それはそこにいる:01

 とある大学に通う高森千尋は飲み会の帰りに夜遅くフラフラと歩いていた。

 深夜でも煌々と光るコンビニの明かりが女性である千尋にはとても頼もしい。

 千尋は引き寄せられる夏の虫のようにコンビニに入り、お茶とアイスを買ってコンビニを後にした。

 薄暗く蒸し暑い夜道を歩く。

 最近の電灯はとても明るい。電灯の下だけは妙に明るい。

 暗がりだからと言って、恐れるようなことは何もない。

 人通りは確かに少ない夜道だが、この辺りは住宅街でもある。

 家々の窓からも、まだ明かりが漏れ出しているのだから。

 酔っている千尋は、呑気にそんなことを考えていた。


 それをその眼で見る前までは。


 千尋が借りているアパートの近くに、もう管理されてないような廃神社がある。

 アパートに帰るには必ずその前を通らなくてはならないような場所にそれはある。

 それは小さなスペースで回りだけは、ちょっとした雑木林のようになっている。

 一応、その中心に小さな社もあるが、苔むしてしまっているような、いつ朽ち果てもおかしくないような、そんな神社、いや、神社だった物、神社だった場所がある。

 そこの前も明るい電灯で照らされている。

 その廃神社は赤い鳥居ではなく、石でできた小さな鳥居があるのだが、その真ん前にそれはいた。

 電灯に照らされるように佇んでいた。


 女だった。

 青白い電灯の光に照らされた女。

 白いワンピースを着た女。

 肌が異様に青白い。

 ぼさぼさでありながら妙な光沢とうねりのある黒く長い、汚い印象を受ける髪を持つ女。

 背筋よくまっすぐ立っているのだが、両手で両目を隠している女。

 ただその隠し方が独特で、普通は手の甲を見せる様に隠すと思うのだが、掌が見える様に目を隠している女。

 そんな女が石の鳥居の前に立っていた。


 かなり酔っていたはずの千尋が一瞬にして酔いから目覚める。

 その存在を目にした瞬間、恐怖で体中が凍り付く。

 蒸し暑かったはずの夜道が、凍てつくように寒く感じ、いつの間にかに辺りからなにの音も聞こえなく静まり返っていた。

 しん、と静まり返った中、千尋はその存在から目を離せないでいた。

 どれくらいそれを見ていただろうか、時間の感覚もわからない。

 ただただ千尋は動けずに、その存在を見続けて、いや、目を離せなかった。

 その間、その存在が微動だにせずにその場に留まっている。

 まるで生き物ではないかのように、僅かにも動かない。

 その場に焼き付けられた写真か何かのように微動だしない。


 瞼が重く瞬きをしたい、が、それすらしてはいけない。

 そんな感覚が、いや、直感を千尋は感じていた。

 呼吸が次第に荒くなっていく中、視界外からの光が目に入ってくる。

 そして、音が世界に戻ってくる。

 千尋の少し前を車が、恐らくはタクシーかなにかが横切って行った。

 千尋はそれを一瞬だけ目で追ってしまう。

 千尋が慌てて視線を石の通りに戻すと、もうそこには何もいなかった。


 あれは何だったのだろうか、千尋には理解できない。

 人だったのか、そうではなかったのか、それすら千尋は理解できずにいた。

 再び歩き出すことができるようになっていた千尋はなんとか、その震えが止まらない足で自分のアパートまでたどり着き、震える手でドアをなんとか開けて素早くドアを乱暴に閉める。

 震える手で急いで電気をつける。


 誰もいない部屋に明かりが灯る。


 もちろん、その部屋には自分以外誰もいない。

 いるはずもない。

 いたらいけない。





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