第37話
「うわあぁぁぁぁぁぁ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
私とアベル殿下が五階くらいの高さから真っ直ぐ下へと落ちていく。内臓が上に上がってくるような恐怖と迫り来る地面に思わず目を瞑り、もうだめだ死ぬんだ。と思った時だった。
突然私のおでこから青白い光が発せられ目を開けると、身体に浮遊感を感じると同時にカイン様が目の前に現れた。
カイン様は咄嗟に私を抱えたが、アベル殿下だけは落下速度が変わらず落ちていくので、私が慌ててカイン様に助けを求めると、地面に着くギリギリのところでアベル殿下は静止した。
「アベル殿下! 大丈夫ですか!?」
カイン様に抱えられたままゆっくりと降下した私がアベル殿下へ駆け寄ると、顔面蒼白ではあるが
「し、死ぬかと思った……!」
と、ゆっくり座り込んだのを見てとりあえず無事そうだと安堵する。
カイン様は今の状況を把握しようとアベル殿下に近づき、不思議なものを見る様に私と目を合わせた。
「カイン様、助けて頂いて本当にありがとうございます」
あまりにも登場のタイミングが良すぎるのはどういうことかとカイン様を見ると、カイン様はまるで突然呼ばれたかのようにジャケットも着ず、シャツを第二ボタンまで開けたラフな格好だった。
「前にセレーネに守護魔法をかけていたから、セレーネに危機が迫ったらわかる様にしていたんだよ」
カイン様は私に怪我は無いかと私の頭に肩にと手を触れて確認する。
そういえば、以前ルナーラに来て一緒に庭を散歩した時におでこにキスされた気がするけど、あれのことかしら?
私は納得して忙しく心配するカイン様の手を握った。
「そうだったんですね、私は怪我してないから大丈夫ですよ。カイン様が来てくださって本当によかったです」
目を見つめているはずなのに視界の端に大きく開けた胸元の肌色が気になって仕方がない。訓練場で上半身裸の兵士達は何人も見てきたのにどうしてこんなにも心臓が早く脈打つのかしら。これが噂の吊り橋効果ってやつ?
脳内であわあわと目まぐるしく考えが行き交う中、そんな事は知らないカイン様が私の両肩に手を乗せ本当に良かったと安堵の声を漏らす。
「よかった……それよりも、セレーネが突然いなくなって皇宮は大事件だったんだ。魔法陣の痕跡もあったから誰かに連れ去られたんじゃないかって……」
カイン様の発言を聞いて、座り込んでいたアベル殿下は冷や汗を流し固まった。
なんなら気配を消してそのまま消えようとしている。
その時、階段の上から「太陽神〜!」と声を上げながら駆け降りてくる二人の姿が見えた。
アベル殿下は「あっ……あー!」とここぞとばかりに彼らを指をさした。
「メンシス嬢はアイツらに連れてこられたんだよな!?」
アベル殿下は眉を上下させ私に話を合わせろと目で訴えかけてくる。
「まぁ、そうですね……」
嘘では無い。あの背の高い男が皇宮に侵入してきて私をここに連れてきたのは間違いないだろう。
アベル殿下はその場しのぎであの二人にカイン様の怒りの矛先を向けたいのだろうが、今の殿下が口を開けば開くほど話が拗れる事は目に見えている。
苦笑したまま状況を見ていると、男二人は二階ほどの高さから飛び降り、座り込んだままのアベル殿下の周りをあわあわしながら
「大丈夫でしたか!? お怪我はありませんか!?」
「すみません、俺らが居ながら!」
男達が反省するように俯き、アベル殿下の前に屈すると、アベル殿下は油の切れたロボットのように滑りの悪い首を小刻みに震わせながらカイン様の方へ向けた。
カイン様は一体どういう事だと腕を組んで座り込んだままのアベル殿下を見下ろしている。
想定内の流れだが、この光景が外部に漏れたら今の政治のバランスが崩れてもおかしく無いだろう。
二人の会話に対して私が口を挟むのはどうかと思うが、アベル殿下の全身から助けてオーラが出ている気がするので、さすがに私が仲裁した方が良いのだろうとカイン様に遠慮がちに声をかけた。
「カイン様、何があったのかまずは私の方から説明してもよろしいですか?」
少し他人行儀すぎたからか、カイン様の表情が緊張で一瞬強張ったが、私がこっそり「大収穫です」と付け加えると、どういう事だと不思議そうな顔で私を見つめた。
―――私がここへ来てからの流れについてはおおかた説明し、太陽の国と月の国の話についても時々アベル殿下の言葉を借りながらカイン様に話した。
アベル殿下の侍従二人の前で語って良い内容なのか迷ったが、アベル殿下を太陽神と呼んでいるだけあって以前から知っていたようだ。
カイン様は終始静かに聞いていたが、私がアベル殿下の仮眠用のベッドで寝かせてもらった内容に関してはピクピクと目元を震わせていた。
私としては丁重にもてなしてもらったとの意図で説明したが、どうにも逆効果だったらしい。
アベル殿下もカイン様の微々たる表情の変化に気がついて
「こいつらが勝手にやった事だ」
と怒りの矛先から逃れようとしていたが、侍従二人の目にはそれがただのツンデレに見えているらしく、主人を立てようと
「我らは太陽神の意図の元、従っているだけです!」
と自信満々に答えていた。
「――――というわけで今に至るのですが」
私が説明を終える頃にはカイン様は腕を組んだまま少し眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
自分の中にある情報と今得られた情報を照らし合わせて新たな仮定を立てているのだろう。
「あの……カイン様、アベル殿下、この機会に一度話し合いの場を設けた方が良いかと思うのですが……いかがですか?」
私は少しでしゃばりすぎただろうかと心配しながら二人の顔を見上げた。
数秒経ってもアベル殿下もカイン様もお互いの発言を待っているのか黙ったままでなかなか目が合わない。
この状況に段々とイライラしてきた私はでしゃばりすぎだとかもうそんな事は言ってる場合では無いと思い、カイン様の右手とアベル殿下の右手を取り、強制的に握手をさせた。
私の行動に二人は面食らった様に目を見開き私を見る。
「兄弟仲良くなれとは言っておりません。今はドレスト帝国の皇太子と太陽国の代表として今後どうすべきか話し合いをした方が良いと言っているのです! 二人の中でどうにも噛み合わない過去があるのではないですか!?」
そう言って私が強い眼差しで二人を見つめた時だった。
私の手元のブレスレットとアベル殿下のネックレスが共に光り出したのだ。
白い光と黄色い光が私達を包み込む時、窓の外には大きな月が浮かんでいるのが確かに見えた。
アベル殿下は初めての事象に一体何が起きているのかと焦りを露わにしているが、カイン様は私と同様に窓の外の月に気が付いたらしく、これから起こる事を察した表情をしている。
私は握手をした二人の手を握りしめ、強くなる光に目を眩ませ、固く瞼を閉じた。
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