第5話 景気付けの町巡り
「んんー……美味しかった。お腹もいい具合に膨れたし。じゃあこれからどうしよ──早海くん?」
「……」
「……もう、ちょっとからかっただけじゃない。いいかげん機嫌直しなさいよ」
「お、おれの、おれの真心を弄んだ罪は、重い……」
「はいはい、移動するからさっさと歩いて」
「う、うううー……ッ!」
声を唸らせて抵抗する俺だったが、それを軽くあしらう長田さんは問答無用に俺の手を引いてズンズン前へと歩き出した。……くそう、悔しい。
会計を済ませてファミレスから出てきた俺たちが向かう先は依然として決まらないまま、大通りを行き交う通行人の間をすり抜けて進んでいく長田さん。俺はその後ろから付いていくだけの、さながら令嬢に仕える使用人のようである。
だが、俺よりは長田さんの方が街の土地勘はあるだろうし、ここは変に出過ぎた真似をせずに長田さんの意思を優先に任せてしまってもいいだろう。
例え俺が楽しめなくとも、長田さんさえ楽しめていれば今日はそれでいいのだから。
来週に向けての景気付けというやつだ。
「……そろそろ、ミニスカートとか穿いてみるのもアリかしら?」
「長田さんなら大抵なんでも似合うと思うよ?」
「んー……どうしよ。買おうかな……」
──そうして、まず初めに訪れたショッピングセンターの三階売り場では、デニム生地のミニスカートを両手に持ちながら長田さんは真剣そうに悩んでいた。
女性用の衣類を専門に扱うレディースファッション店。男である俺には全く縁のない場所……と、思っていたのに、まさかこんな形で来ることになろうとは。
スッキリとした木造りの内装にスラリとした長身の美人店員さんが数名。その店員さんたちに見劣りしない容姿の長田さんが堂々と店頭に立ち、長田さんの背後で目立たないよう自重する男、つまり俺が一人。
正直なところ、雰囲気的には居づらい。しかしここで長田さんを一人にしてしまったら俺の役目が全うされないし……何とか我慢して寄り添うしかない。
「けっこう安いし、お買い得よね」
「お、お金は大丈夫?」
「ええ、今日は多めに持ってきてるから。このミニスカートと、服を何か一着買うくらいなら問題ないわ」
「そ、そっか」
相槌を打つように返事をすると、長田さんは手に持ったミニスカートを自分のショートパンツの上に当てて、腰丈に合わせるように見せてきた。
「どう? 似合ってる?」
「うん、似合ってるよ」
「……ほんと? なんかやけにあっさりしてない?」
「ほ、ほんとほんとっ。似合ってるってすごく!」
「お世辞じゃなくて?」
「本気で似合ってるっ!」
「……」
必死になって褒め続けた末、長田さんはジーっとした目で俺を捉えながら「……もう」と肩を落としつつも、納得したようにニコッと笑った。
「ならいいけど。じゃあ、これ買ってくるからちょっと外で待っててくれる?」
「あ、買うんだ?」
「まあね。これから暑くなってくるし、こういう動きやすくて風通しのいいタイプは必要でしょ?」
「それは、確かに」
「ん。というわけで、待ってて?」
「りょ、了解」
「普通に『うん』って返事しなさいよ」
「ごめんなさい」
「謝んなっての」
俺の額にコツンとチョップをしてきた長田さんはそのまま背を向けると、ミニスカートを片手に持ってレジカウンター側へとすたすた歩いて行った。
……にしても、けっこう即決だったな。女の子ならもっとこう、じっくりと時間をかけて拘りながら服を選ぶものだと思っていたが。
本心とはいえ、ただ似合っているとだけ口にした俺の評価のみで長田さんは満足したのだろうか?
(……まあ、いっか)
休日だし、細かいことは気にしないでおこう。
──ショッピングセンターを出て、再び街中を自由に散策して楽しんでいると、今度は一際目についたゲームセンターに俺と長田さんは迷わず足先を向けた。
機械的なBGMであったり、俺たちと大差変わりない同年代の少年少女たちが大きな賑わいを見せて活気づいている店内。
すると、数多くのUFOキャッチャーが陳列している中で何かを見つけた長田さんが「あっ!」と声を上げて一目散に駆け寄っていくと、その先で俺のことをちょいちょいと手招きしていた。
「どうしたの?」
「これ、見てよ」
手招き通りに近寄った俺は長田さんが指差す対象に目線を落とすと、そこには猫のようなビジュアルをした中サイズのぬいぐるみがUFOキャッチャーの筐体内に景品として置かれている。
これは……なんだろう?
なんて思っていると、俺の心情を読み取ったかのように長田さんが口を開く。
「最近話題になってるアニメに出てくるキャラクターよね、これ。早海くん知ってる?」
「……うーん、ちょっと分からない」
漫画等は見るけど、アニメはあんまり見ない派。誰か共感してくれる人はいると思う。
「あら、意外。アニメ好きそうな顔してるのに」
「いやそれどういうこと?」
「良くも悪くも意気地無しみたいな顔」
「めっちゃ馬鹿にしてくるじゃん……」
「馬鹿になんてしてないわよ、人聞きの悪い。良くも悪くもって言ってるじゃない」
「悪くもって言っちゃってる件」
「細かいことは気にしなくていーの」
細かいことではないと思うのですが、それは。
「にしてもこれ、可愛くない? 私けっこう欲しくなってきちゃったかも」
「まあ、可愛いのは、確かに」
「でしょ? ……ん、ちょっと頑張ってみようかな」
そう言い、長田さんは財布の中から百円玉を取り出して、硬貨の投入口にチャリンと入れた。
入れたと同時に軽快なBGMが流れ始めると、UFOキャッチャーのクレーンを降下させるためのボタンが白黒に点滅し始める。
UFOキャッチャーなんていつぶりだろう。そもそもゲームセンターに来る機会が全然なかったし、少なくとも中学生になって以降は一度も触れていない。
何せ、外出するよりも家で俺に甘えたがる美乃里の存在が大きかったもので。今も変わらず。
「長田さん、UFOキャッチャー得意なの?」
「全然。超が付くほどの初心者よ?」
「ほおー……では、自信のほどはいかに?」
「百パーセント取ってみせるわ」
「自信だけは一人前」
「殴るわよ?」
「ごめんなさい」
調子に乗りました、すみません。
長田さんは慎重な手つきで操作レバーを動かしながらクレーンを移動させたのち、どこでアームを降下するべきなのかと口に手を添えて思案していた。
「……頭が大きいし、頭寄りにアームを落とした方が爪を引っ掛けやすくなる、よね?」
「だろうね。一回目だし、初めはその辺りで試してみてもいいんじゃないかな」
「……そうね。じゃあ、ここで」
クレーンの動きがピタッと止まり、直後にぬいぐるみの頭にめがけて一気に降下していくアーム。
そのままぬいぐるみの頭をガッチリと捕まえたアームの爪がグイッと持ち上げようとするが──。
「あっ」
「……あー……」
持ち上がるかと思っていたぬいぐるみは、無情にもアームの爪から逃れてコロコロと転がり落ちていく。
恐らくは確率機と呼ばれる筐体だろう。百円玉を支払う不特定回数でアームの力が増減する、いわゆるインチキ仕様。自分の実力では中々にどうすることもできないぼったくりとも言う。
百円玉をあと何回か投入すれば、いずれは調整が来てアームの力が強まるんだろうが……そうすると、かかる費用がだいぶ笑えないレベルにまで達したり。
(こういうのって、一回やり始めちゃうとやめ時が分からなくなるんだよなぁ……そうなる前に、長田さんに声をかけるべきかなー……)
などと、内心考えていた俺だったが──。
「……ふーん、なるほどね。そう簡単には取らせてくれないってこと? ……上等」
「……お、長田さん? あまり熱中しすぎちゃうと、その、あとで後悔するかもー……?」
「いいわ、こうなったら取れるまでやってやろうじゃない」
「あの、ほどほどにー……?」
「金ならいくらでもある。大人しく私の手中に収まりなさい」
「……」
すでに手遅れだった模様。
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