理不尽への反撃

「いやしかし、なかなかボク達の力を行かせるような仕事というのはないものだね」




 数日後、相変わらずイリスとルブリムはギルドの酒場のテーブルでくだをまいていた。


 厳密にはテーブルに顎を乗せてぐだっとしているのはイリスだけで、ルブリムはそれを黙って見つめているというのがここ数日ではよくある光景なのだが。




「お金、思ったより溜まらない」


「ね」




 ルブリムが気持ち悲し気な顔をしている。ここ数日で、殆ど表情が変わらないルブリムの感情も随分と読めるようになってきた。


 イリスの観察結果によれば、どうにもルブリムという少女はあまり表に出ないだけで結構な激情家だった。割と頭で考えるよりも先に身体が動くタイプでもある。




「もっとこう、バーンっと稼げるような仕事があればいいのだが」


「……もっとランクが必要」




 冒険者にはランクという制度が設けられている。


 銅、鉄、銀、金、白金の五つに分かれており、噂ではそこから更に上もあるようなのだがその辺りはイリス自身も興味がないので調べてはいない。


 現在駆け出しの冒険者であるイリスは銅級となる。そしてギルドには、新人が命を無駄にしないために等級よって受けられるクエストに制限があるのだった。




「手っ取り早く等級をあげたいところなのだけどね」


「方法がわからない」




 なんでも実績を積むことでギルド側から等級を上げるための申し出がくるとのことだ。つまりはイリス達からのアプローチは、ひたすらに地味なクエストをやり続けるしかないということだ。




「こんなところでボクの才能を腐らせておくのは、大きな損害だよ。そのことをここの責任者にもわからせて……」




 などと最早いつものこととなったイリスのよくわからない戯言を言い切る前に、ギルドが騒がしくなっていることに気が付いた。


 視線を向けてみれば、下品な笑い声をあげながら十人以上で構成された冒険者パーティがギルドの中に入ってきている。




「おや、彼は」




 確か、ガエルだったか。あの時、イリス達に絡んできた冒険者だ。


 ユスティが言っていた通り、なかなか厄介な存在なのだろう。周りの冒険者達も彼等が入ってくるなり視線を逸らして、関わり合いになりたくなさそうな表情をしている。




「それでよー、その時俺の一撃が炸裂してだなぁ!」


「流石ガエルさんです!」


「凄い凄い!」




 ガエルが何かを喚くたびに、取り巻きが声をあげる。


 そこには先日、イリスに暴言を吐いた女魔導師の姿もあった。


 それに気分を良くしたガエルは更に声を大きくし、周りからの顰蹙を買っていく。


 しかも入り口で騒ぐものだから、他の人達の出入りの邪魔にもなっている。その上で少しでも彼等の目に付けば、大勢で囲んで因縁をつけられる有様だった。




「やりたい放題だな」




 イリス達が見ている間にも、若い冒険者の一団がガエル達の犠牲になっていた。先日のイリスのように内容もまるでない罵倒の言葉を並べ立てて、獣のように大声で威嚇を始める。


 流石にそれは見過ごせなかったのだろう。誰もが目を逸らしている中で、カウンターの向こうから慌ててユスティが飛び出してきた。


 若い冒険者達を避難させて、彼等を護るようにガエルの前に立ちはだかる。しかし、遠目に見てもその表情は蒼白だった。




「他の冒険者の方の迷惑になるようなことはご遠慮ください」


「はぁ? 俺がいつ誰に迷惑かけたってんだよ! そもそも、ここで一番の実力者は俺だろうが! だったら何してもいいに決まってんだろ!」


「そ、それは……?」


「ほらよ、これ見てわかんねえのか? 俺は銀級の冒険者なんだよ! 俺達のおかげでお前等は飯が食えてるんだから、逆らうんじゃねえ!」




 がなり立てるガエルに、ユスティはかなり劣勢を強いられている。


 彼女も大概強かな性格だが、流石に十人以上に囲まれては分が悪い。




「ですけど……!」


「ですけどじゃねえ!」




 パシンと、頬を張る音が響く。


 ユスティの身体が吹き飛んで、ギルドの床に転がった。彼女の顔から外れた眼鏡が落ちて、それをガエルは容赦なく踏みつける。




「あー、気分悪い。こんな女は少ししつけてやらねえとなぁ?」




 下卑た表情で、ガエルがそう言う。


 彼の取り巻き達は自分もそのお零れにあずかれると思ったのだろう。どいつもこいつも薄汚い笑顔を浮かべて、ユスティの身体に粘ついた視線を這わせていた。




「おい、連れてくぞ!」


「へい! おら、立てよクソ女! 今からガエルさんがたっぷり可愛がってくれるからな!」




 何が楽しいのか、そこから更に笑い声が大きくなる。


 もういいだろう。


 イリスは立ち上がって、大股でガエル達の方へと歩いていく。


 ユスティを無理矢理立ち上がらせようとしている彼の部下との間に、割って入った。




「あん?」




 ガエルの部下が怪訝そうな顔でイリスを見る。




「なんだこのガキ!」




 理性の欠片もない顔で、イリスを見るやすぐに拳を振り上げる。


 それを、横からルブリムが掴んだ。




「ぐっ、いてぇ……! 放せよおい!」




 言われるままに、ルブリムが男を突き放す。


 男はそのまま床に尻餅をついた。




「なんだてめぇ……?」


「狼藉はそのぐらいにしておきたまえ。別にボクは正義の味方ではないが、彼女には色々と恩があるからね」


「お前、あの時の……追放魔導師!」




 ガエルの声色が、怒りから嘲笑へと変わっていく。彼の中でイリスもルブリムも、格下の存在として扱われているのだろう。




「なんだぁ、やっと冒険者になったみたいだなぁ。残念だぜぇ、お前等が路頭に迷って身体を売るようになったら、銅貨一枚で買ってやろうと思ったのによぉ!」




 無駄に大声でガエルが笑うと、周りの者達も一斉に声をあげる。その統率力を行かせば、三流劇団ぐらいにはなれそうなものなのに。




「っとぉ、すまんすまん! 幾ら安くてもバリアントは勘弁だったわ!」


「バリアント?」




 イリスが首を傾げる。


 その背後で、ルブリムの表情に変化があった。




「そうだぜぇ! そいつはバリアントだ! おいおい、受付! なんでこのギルドはバリアントを雇ってるんだ? こんなゴミクズのガラクタを使ってていいのかよ!」




 イリスが後ろを向くと、ルブリムが頷く。


 その表情は相変わらず読みにくいが、そこに申し訳なさと悲しさが宿っているのは理解できた。




「バリアント……。確か古代種族が生み出した人型の戦闘兵器か。大変動の際にそれなりの数が地上に出てきたと聞いていたけど」


「そうだよそれだよ! 人間じゃねえ化け物をギルドに所属させてもいいのかって聞いてんだよ、えぇ!? こいつは見習いの時に、俺達のパーティに正体を隠して入ってきやがったんだ! クエストの途中でそれに気付いたから、クビにしてやったってのによぉ!」




 無意味に顔を近づけて、大声で怒鳴り散らす。


 ユスティはよろめきながら起き上がると、イリス達を庇うように再び前に出る。




「ギルドの規則では、それが何人だろうとこちらの定めた規定をクリアすれば冒険者として扱われます」


「はああぁぁぁぁ! くだらねぇ、知らねぇ! 俺が何者か知ってるだろ? この辺りを治める貴族、ケンドール家の息子だぞ! つまりは俺が法律ってことだ! だから今すぐ、このギルドからこいつらを追い出せ!」


「そんなことできるわけないでしょう!」


「だったらいいぜぇ! 父さんに言ってお前等全員クビにしてやる! いやそれだけじゃねえ! 俺に逆らった罪で一生俺の奴隷として扱ってやるぜぇ!」


「流石はガエルさん!」


「凄いぜ!」




 囃し立てる周りの声も、そろそろ鬱陶しくなってきた。


 折角前に出てくれたユスティには悪いが、これ以上彼女を傷つけさせるわけにもいかない。




「ルブリム、ユスティを後ろに」




 言われるままに、ルブリムはユスティの方を掴んで後ろに下げる。その表情には、僅かだが不安が浮かんでいるのを見逃さなかった。


 イリスはガエルの正面に立つ。彼を睨みつけるように。




「君は随分と我慢できない性格のようだが」


「あぁん? 俺は我慢強いし親切なんだよ!」




 何処がだ、と突っ込むのは心の中だけにしておく。




「誰にでも限界があると言うことを知るべきだな。そしてボクも、君と同レベルには我慢の限界値は低い」


「何言ってるかわかんねぇよ! バリアントを引き連れたゴミカスがぁ! 化け物を連れて恥ずかしくねえのか! 魔物使い気取りかよぉ!」


「……ふぅ」




 溜息を一つ。


 何をそんなくだらないことに拘っているのかと。


 だから、イリスは一度ルブリムの方へと視線をやる。


 彼女がそれを受けて、小さく震えたのがわかった。




「くだらないよ、そんなことは。実にくだらない。天才であるボクにとっては周りの生まれがどうだとか、そんなことは本当に些細なことに過ぎない。その程度、ボク自身の特異性に比べれば大したことではないのだからね」




 語り聞かせるように、イリスは言葉を紡ぐ。


 当然、それは目の前のガエルに対して放たれた言葉ではない。


 イリスの背後で震えている、大きな子犬に対しての言葉だ。




「何よりもだ。そろそろ知的で親切なボクの怒りも限界だぞ、ゴミクズ」


「うるせぇ! ぶっ殺してやらああぁ!」




 どうにも、敵意だけは伝わったらしい。


 ガエルは腰に差していた剣を抜いて、イリスに斬りかかる。


 誰が止めるより早いその一撃は、しかしイリスに届くことはなかった。


 一瞬で発動させた風の魔法。単純な衝撃波を放つだけのそれが、ガエルの身体を真正面から撃ち抜いてギルドの壁に強く叩きつけた。




「ぐえええぇえぇぇ! いてぇ!」


「愚かな男だな、君は。ボクとの力の差も理解できないとは」


「お、俺に傷をつけやがったぁ! この俺に……殺せぇ! 皆殺しにしろ! 手足を切り取って死ぬまで豚小屋で飼ってやる!」




 ガエルは喚くが、部下達は動かない。


 流石に彼の命令とはいえ、ギルド内で流血沙汰を起こしていいものかと疑問に思う程度の理性は残っているのだろう。




「何モタモタしてんだ! 動かなかったら父さんに言いつけて、てめぇらを全員クビにするぞぉ! いいのか? お前等はどうせ、父さんの力で揉み消してもらっただけの……!」




 その言葉の力は凄まじかった。


 つまりはガエルの取り巻き共は、全員脛に傷があると言うことなのだろう。だから、彼に従っている。


 十数人がそれぞれ武器を抜いて、イリスに躍りかかろうとする。


 そこに、赤い影が割って入った。




「うむ」




 満足そうにイリスが頷く。




「化け物がぁ!」




 一人の男が叫びながら、ルブリムに斬りかかる。


 隙だらけのその動きを捉えたルブリムは、すぐに懐に飛び込むと拳を振るい彼をガエルの隣へと吹き飛ばした。




「ひっ……!」




 その威力に、速度に、ガエルの部下達は恐怖する。




「このっ、死んじゃえよぉ!」




 あの時の女魔導師が、イリス達に杖を向けて魔法を唱えた。




「おや、ファイヤーボールの撃ち方を教えてくれるのかな?」




 などと言って見せたのは、やはりあの時の恨みがあったからだろう。


 イリスが手を翳すと、それだけで女魔導師の杖に収束していた魔力が解けて消える。それは粒子となって、イリスの掌へと吸い込まれていった。




「へ……?」


「魔法は万能だが、全能ではないよ。同じ魔導師なら打ち消す手段ぐらい幾らでもあるということだ。もっともボクの場合は、それを更に自分のものにできるわけだけど」


「こ、のおおぉぉぉ!」




 女魔導師はプライドを傷つけられたのだろう。


 最早魔導師としての誇りを捨てて、杖を振りかぶってイリスに振りかぶる。


 当然そんなものが届くわけもなく、ルブリムによって容易く防がれて床に叩きつけられた。




「ぐえぇ……!」




 潰れたような声をあげながら、女魔導師が床に転がる。


 その後もイリスとルブリムは大立ち回りで、ガエルの部下を瞬く間に片付けていった。




「く、くそぉ! 今日のところはこのぐらいにしておいてやる! お前等、帰るぞ! こんなくだらねぇことやってられるかよ! 俺は忙しいんだ!」




 ガエルがそう叫ぶと、無事だった部下が彼を抱えて慌ててギルドの外へと飛び出していく。


 残った連中も何とか這うようにして、全員がその場から必死になって逃げだしていた。




「ま、こんなものだろう」




 イリスが軽く息を吐く。


 そこに、上から覆いかぶさるようにルブリムが抱きしめてきた。




「うわっぷ……なんだい……?」


「……わたし、バリアントだけどいいの?」


「なんだそんなことか。別に構わないよ。奴にも言ったが、特異性はボクにとって誰かを否定する理由にはならない。何故なら天才美少女魔導師たるボクは世界で唯一なわけで、そうなればボクはボク自身を否定しなければならなくなるからね」




 ルブリムはイリスの言葉をちゃんと理解してはくれなかったみたいだが、どうやら気持ちが伝わったようだった。


 その証拠にそれからしばらくの間、大勢のギルドの冒険者達に見守られながら、イリスがルブリムから熱烈なハグをされる羽目になってしまったからだ。

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