この猫、子猫、誰の猫?

アキノナツ

吾輩は猫である。

吾輩は猫である。


猫…猫で区分して良いのであろうか。

この三角にピンと立った耳。ふわっとした猫っ毛の髪。長く感情豊かにうねりくねってるしっぽ。

このしなやかな肢体に跳躍力。


吾輩は猫じゃな。

正確には猫族の獣人じゃ。


吾輩の名は『ロン』

多分生まれた時は違う名前だと思う。新たな門出という奴で、自分でつけた。冒険者の登録に必要だったからもある。

綴りは受付のお姉さんに教えてもらった。


もしかしたら、一致してるかも知れないな。ありふれた名前だから。


吾輩の得物は弓と投てき。投てきはナイフを用いてるが、その辺の石でも正確に投げれる自信はある。しかも両手同じ精度を持っている。


夜目も利くので、夜警も得意である。


まだ駆け出しの冒険者だが、割とお仕事はあるので、野宿する事もご飯を食べ損ねる事はない日々である。

嬉しい事だ。


もう少しランクが上がれば、飛び出してしまった孤児院に仕送りも出来そうだ。


こんな完璧な吾輩にも弱点はある。


昼の警護の仕事は断っている。特にゆったりしてるよ的なのは特に。


粋がってる訳ではない。

陽だまりが悪いのニャ!

おっと訛りが出てしまった。


陽だまりは吾輩を夢の世界に誘うのだ。

実にけしからん。

が!

陽だまりに罪はない。

むしろ吾輩は、この陽だまりで昼寝をするのが、この上なく幸福である。


今日も陽だまりの中でぬくぬくと惰眠を貪っておる。

おっと惰眠ではない。夜警で疲れた体を癒しておるのだ。


クッションを日に干す名目の下、この前古道具屋で見つけた掘り出し物のカウチソファにいそいそと運ぶ。

屋外用という事で、定宿にしている宿屋の物干し場の隅に置かして貰ってる。


完璧な陽だまり。

干されたシーツの合間から漏れてくる日差しも柔らかく包んでくれる。


スピスピと鼻が鳴ってしまう程に深く眠っていた。





「アンタも大概だね」


「そうか?」


「狼族の独占欲は、竜族並だわ」


「あんな自己中族と一緒にしないで貰いたいな。この子との逢瀬を楽しんでるんだ邪魔しないでくれないか?」


「そうは言ってもアタシも仕事だからね」


洗濯物を取り込み、次を干している。働くのは宿屋の女将。小さな宿屋なので殆どの仕事を彼女がこなす。

狐族の彼女は、耳と鼻をヒクヒクさせている。


「この子、あんたの匂いをつけられてるって、分かってないのよね…」


剣士の男の膝でムニャムニャと緩んだ顔で寝てるロン。

ロンが眠った頃に仕事帰りのケールがやってきて膝枕をしてやりながら、ロンの頭を撫でる。


剣士のケールは狼族の獣人である。

ロンが次の昇格試験に合格すれば、パーティを組めるランクになる。

待ちに待ったその時をこの男は心待ちにしている。


初めて会った時、心臓が鷲掴みになった。

こんな魅力的な美猫は何処を探してもいないだろう。

実際のロンはガリガリに痩せて、髪艶も肌艶も最悪の状態だった。大きな目だけはギラギラと生気に溢れていた。


ケールの目にはその小さな猫獣人が光り輝いて見えたのだ。

この子は、俺のつがいだと本能が囁いた。そして、本能に従った。


冒険者に成り立てのロンを怯えさせないように、親しみやすい種族を挟みながら少しずつ近づき、陰ながらサポートした。


このカウチソファもこの子が好きそうだと思ったから、古道具屋に頼んで破格価格で、ロンが通り掛かるタイミングで店頭に出して貰った。

そして、購入が済んだ頃合いに出て行って、持ち帰りのお手伝いを買って出たのだ。


こうして、俺は頼れる先輩冒険者となって、この子を餌付けした。その甲斐あって、今はこんなに健康的に。


触り心地のいい髪をなでなで…。


ぷっくりしたほっぺをプニプニと触る。

可愛らしい手が、緩く握られたまま俺の手をムニュっと押しやる。


『可愛い…』

顔がニヤけてしまう。


「問題はこの子が自分の性別にいつ気付くんだろうって事ね…」


「一生気づかなくても構わない。こんなに可愛いんだぞ」


「アンタ、番にしたかったんじゃなかったのかい?」


「そうだけど」

当たり前の事を聞くなと睨みつけてしまった。

女将のふんわり尾っぽがブワッと膨れた。


「変な殺気を出さないでおくれよ。番にするのはちゃんと了解は取りなよ」


「当たり前だ。俺はロンと番うんだ。性別なんてどうでもいい」


「問題だよ。男だと思ってるのに子供が出来たらびっくりするだろう」


「お、女将ッ。そ、そういう事はその時に話すから、大丈夫」


ドギマギしてしまう。

想像するだけで、あぁぁああああ!ダメだ…。


「なんだかね…。ま、まだ身体の方は栄養が行ってなかったからか未成熟だったからね。これから、色々とそういう声も掛けられたりするんだろうね…」


「だから、こうして匂いづけしている」


「狼の匂いがしてちゃ、変な気の奴は寄ってこないわね」


干し終わったのだろう。

取り込んだ籠を持って中に入って行った。


「…ニャ? ケール、どうしたニャ?」


可愛い訛りで寝惚けたロンが俺の手にすりすり頬をつけてくる。

ロンも無意識に匂いづけをしてくれてるようだ。


「初パーティは俺と組もうな?」


「うん…いいよ…」


またムニャムニャと寝てしまった。


可愛い、可愛い、俺の猫。



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