「つまり犯人は、事件を大きく報道させて、それを見た誰かに”次はお前の番だぜ、へっへっへ”って言いたいってことかな?」

「そこまでかはわかりませんが、近い思惑があるように感じます。そうでなければ、こんな派手で大掛かりな遺棄をしないはずです」


 犯人が逮捕されることを恐れているのならば、山に穴を掘って埋めたほうが安全だ。

 だが、そうはしていない。

 自らが殺した死体を、見せびらかすように掲げている。

 わざわざ誰かに見て欲しいが為にしたとしか思えない。


「ちょっとまってね、八頭沼君」

「あ、はい」

「君はそもそもこの事件を、”殺人事件”だと考えているってことなのかな?」

「え?」


 逆に僕は首を傾げた。


「橘さんは違うんですか?」

「警察という立場から言わせてもらえば、”犯人”は存在すると思うわ。そして、と思ってる。でも、どうやったらこんなに高い木に、死体を引っ掛けることができるのかしら?」


 高い梯子を使ったか? いや、山の中にそんなものは持ち込めない。

 ならば、例えば建機のような物を使ったか?


「クレーン車なんかの大型建機でもなければ、こんな大きな木に人間の身体を持ち上げて引っ掛けるなんてことできないでしょう? でも、君は夜中に大きな物音は無かったと言ったわよね」


 確かに、オートキャンプエリアには大型建機が侵入したような痕跡はなかった。


「ロープや針金を使ったトリック…いや、あるいは、爆風で飛ばすとか…」

「ええ、でもそんな事したら大銀杏や周辺に痕跡が残る。痕跡は何もなかったの」


 ロープや爆弾などの大掛かりな道具を使えば、必ず痕跡が残る。

 何の痕跡もなく、人間の身体を木に引っ掛けらるにはどうしたらいいだろうか?

 例えば、投げたらどうだろうか?

 20m近い頭上に、人間のパーツを投げて飛ばせるだろうか?

 例えば、この被害者の女性が50kgの重さだとして、頭、腕、胴体、足、内臓の5つの部品に分けたとしたら、それぞれが10kg。

 10kgの物体を、上空へ放り投げて、それだけ飛ばせるだろうか?

 ちなみに、オリンピック競技である砲丸投げの砲丸の重さは、男性用で約7.3kg。世界記録は23メートル37だ。

 もしバラした遺体を投げて、大銀杏の枝に引っ掛けることができるとすれば、その人物はオリンピック選手を超える怪力を持つ人物だと言える。


「警察としてはまずそこからよ。誰がやったのかを調べる為に、まずどうやったのかをちゃんと調べるの」

「人間の仕業か、そうでないか、ってことですか?」

「今一番有力なのは熊ね」


 確かに、熊は木に登る。


「何らかの理由で山に入り熊に遭遇してしまった被害者は、慌てて大銀杏によじ登ったけれど―――」

「熊に食い殺された?」

「筋肉ムキムキの犯人が投げ飛ばした、ってよりは可能性高そうじゃない?」


 木に引っかかったパーツは、食べ残しというわけだ。


「あとは、この辺りの伝承に因んで、巨大な鳥の仕業じゃないかっていう意見もあったわ」

「ああ、速贄の発想ってことですか。でも、人間を持ち上げて飛べるほどの鳥となると、それはもうUMAですね」

「荒唐無稽になってきたでしょ? SNSや地元住民の間じゃ、呪いだの祟りだのって話になってるのよ」


 あの死体は人間に未だ解明し得ない力によってバラバラにされ、巨木の枝に引っかかったのではないか―――?


「それはもう思考放棄ですよ」

「私もそう思うわ」


 橘さんが朗らかに笑う。


「でも、考えるのは私達の仕事。若い探偵さんの出番は無いわ」

「そうですか。すいません」


 僕は大人しく引き下がった。

 その後は、橘さんの質問に淡々と答えた。



 解放されたのは1時間後だ。

 橘さんからは、何かあったら連絡するね、とだけ言われ、その後については特に何も言われなかった。どうやら、もうキャンプ場を離れてもいいらしい。

 まぁ、連絡先も交換しているし、構わないということなのだろう。

 とはいえ、キャンプツーリングを継続しようという気持ちは萎えてしまった。

 今から走り出しても、既に予定は大幅に遅れてしまっている。今日中に次の宿に辿り着けるかも自信がない。

 残念だが、これはもう諦めて一度戻ったほうがいいだろう。

 僕は朝からそのままになっていた荷物を片付け始める。

 相変わらず、キャンプ場の外も中も野次馬だらけだった。

 警察の人達が出ていくように要請しているが、誰も聞き入れようとしない。スマホを片手に、この怪事件の秘密を垣間見たいと欲してる。


 本当に人の仕業か?

 人の仕業だとすれば、どうやって?

 いや、それより何より、何故?

 何故、こんな事をした?


「………」


 僕はロングリアキャリアとサイドバッグに荷物を詰め込み、バイクに跨った。

 GSX-S1000。中古だけど、お金を貯めてようやく買えた、僕の愛車。

 エンジンを始動させ、1000ccの有り余るパワーで駆け出す。

 とにかく、ここから一刻も早く離れたかった。

 ここに居ては、何も分からない。

 真相はこの場所にはないのだから。

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