第2話 S級美少女がオタクになっちゃった!?
登校してきた雛子を見るや、二人の顔が引き攣った。
「……おいおい雛子!? どうしたんだよその顔は!」
「真っ青だし、酷いクマじゃない! なにか悩み事? 私でよかったら相談に乗るわよ? ていうか聞かせなさい!」
「う、う、うぅ……みんなぁ~!」
友人達の胸に(まぁ、一人は無いに等しいが)飛び込むと、雛子は泣いた。
「……はぁ?」
「徹夜でラノベ読んじゃったって……どういう事よ……」
事情知って二人は困惑顏である。
「どうもこうもないよ! この本、すっごく面白いの!? こんなの今まで読んだ事ない! それで夢中になっちゃって、気付いたら朝になってたの……。あたし、どうしちゃったの!?」
「ど、どうしたって言われても……」
「……ねぇ?」
心配そうに二人が顔を見合わせる。
「と、とにかく落ち着けって。多分なにかの間違いだ!」
「そ、そうよ! そんなオタク臭い小説が面白いわけないでしょう? きっと疲れてたのよ」
「そんな事ない! この本は絶対面白い! 二人も読んでみて!」
「「えぇ!?」」
豹変した雛子に困惑する二人。
雛子もハッとして、信じられないという様子で手の中のラノベを見る。
「あ、あぁ……。あたし、おかしくなっちゃったの……。この本を読み終わってからずっと胸がドキドキしてて、寝てないのに全然眠くなくて、すっごく興奮してる! 自分が自分じゃないみたい……。う、うぅぅ……」
「雛子……」
「なんでこんな事に……」
泣き崩れる雛子を前にかける言葉が見当たらない。
暫く二人は茫然とすると……。
「……オタクのせいだ。間の奴、あの本になにか仕掛けやがったんだ!」
「しかけるって何を!?」
「オレが知るかよ! ともかく、なんかしたんだ! そうとしか考えられないだろうが!」
そうでなければ雛子がこんな風になるわけがない。
「……あの野郎、ぜってぇ許さねぇ!」
鼻息を荒げると、テトラは啓二の元に向かった。
いつも通り、啓二は自分の席でラノベを読んでいる。
その胸倉を問答無用で掴み上げた。
「おいこの野郎! てめぇ、雛子になにをした!」
「あぁ? なんだよいきなり」
いきなり胸倉を掴まれたのに、啓二は動じもしなかった。
めんどくさそうに、死んだ魚以下の目を向けて来る。
「なんだよじゃねぇよ! お前の本を読んだせいで雛子がおかしくなっちまったんだ!」
「意味が分からん。あれはただのラノベだ。まぁ、傑作ではあるが」
「だったらこれはなんなんだよ!」
半ば引きずるようにして啓二を雛子達の元まで運ぶ。
雛子は頭を抱えるようにしてグスグスと泣いていた。
まるで頭の中で響く声に怯えているようだ。
「……いや知らんが。これはどういう状況なんだ?」
「こっちが知りてぇよ!」
「……雛子はこう言ってたいたわ。この本を読み終わってからずっと胸がドキドキして、寝てないのに全然眠くなくて、すっごく興奮してる。自分が自分じゃないみたいだって……」
オロオロと心配そうに海璃が言う。
それを聞いて啓二は拍子抜けした。
「なんだよ、そういう事か。心配して損したぜ」
「どういう事だよ!?」
「知ってるなら教えなさい!」
「それが人に物を聞く態度か?」
「うぐ……」
「この男は……」
憎らし気に啓二を睨むと、テトラは襟元から手を離した。
そして二人はゆっくりと土下座の姿勢を――
「いや、そこまでしろとは言ってない。胸倉を掴むのをやめろと言いたかったんだ」
「「………………」」
二人はちょっと赤くなり。
「紛らわしんだよ!」
「紛らわしいのよ!」
「いや、普通に考えてクラスメイトの女子を土下座させようとする男子はいないだろ」
「「………………」」
二人は沈黙した。
だがその目は雄弁に。
「お前ならやりかねないだろ」
「ねぇ?」
と言っていた。
「……まぁ、お前らが俺をどう思ってるのかは理解出来たが」
俺ってそんなに酷い奴に見えるのか?
ちょっと傷ついた啓二である。
「それで! 結局雛子はなんでこんな事になってんだよ!」
「勿体ぶらずに教えなさい!」
「喚くな。別に大した事じゃない。単純にこのラノベが面白かったってだけの話だろ」
雛子の机に置かれたラノベを手に取ってトントンと指で叩く。
「ラノベが面白かったって……」
「それだけの事でこんな風になるわけないでしょう!?」
「どうしてそう思う。お前ら、ラノベ読んだ事あんのかよ」
「あるわけねぇだろそんなもん!」
「私だってないわよ!」
「ならわかるわけないな。まぁ、別にラノベに限った話じゃないけどよ。人間ってのはなにかに激しく心を動かされるとこんな風になるわけだ。興奮して胸がドキドキしてどんだけ疲れてたって眠れやしない。そんで、今までの自分がガラッと変わっちまったような気分になる。一言で言えば、感動って奴だ」
「……感動って、マジかよ」
「ありえない……。こんなオタクの読み物で……」
海璃の言葉に啓二が舌打ちを鳴らす。
「知りもしないでよく言うぜ。こんなのがS級美少女とか言われて崇められてるんだからリアルはクソだ。マジでしょーもねぇ」
「な、なによ! 本当の事でしょ!」
「はいはい。勝手にそう思ってろ。ともかく、俺は関係ない。こいつが勝手に感動したんだ。まぁ、この本の良さが分かるんならちったぁマシな頭してるのかもな」
ニタリと邪悪な笑みを浮かべると、啓二は貸したラノベを回収し背中を向けた。
「……おい、待てよ!」
「まだ話は終わってないわよ!」
「聞く耳もない相手と話す事なんかねぇよ」
「待ってください!」
雛子が叫んだ。
「雛子!? 正気に戻ったのか!?」
「大丈夫なの!? 辛いなら保健室に行きましょう! ううん、イヤと言われても連れて行くわ!」
「大丈夫……じゃないかもしれないけど。でも平気だよ……。これがなんなのかやっとわかったから……」
「雛子?」
「あなたまさか……」
雛子の様子に二人は嫌な予感を覚えた。
「……うん。そのまさかみたい。全部間君の言う通りだと思う。あたし今、ラノベを読んで感動してる。それも、今まで感じた事ないくらい。ううん。これが本当の感動なんだ! すごいね間君! ラノベってあんなに面白いんだ!」
飛び立つように立ち上がった雛子の顏には、眩しい程の笑顔が広がっていた。
それを見て、啓二の口が邪悪に笑う。
「まぁ、物によるがな。気に入ったなら貸した甲斐があった」
「ありがとう! あたし、なんか人生変わっちゃった気がする!」
「礼なら俺じゃなくて作者に言ってくれ」
そう言って、啓二はラノベから抜き取ったハガキをシュッと雛子の胸元に飛ばした。
手裏剣のように飛んだハガキは巨大な胸にポヨンと弾かれ雛子の掌の上に落ちる。
「これは?」
「アンケートハガキだ。そいつに感想を書いて送れば作者に届く。作者のモチベもアップするかもしれないし、編集部もこの作品は人気があるとわかるだろ? つまり、続きが出る可能性がアップするわけだ」
それを聞いて、雛子は宝くじの一等賞みたいに大事そうにハガキを抱えた。
「書きます! アンケート! 続き、読みたいので!」
「そうしてくれ。俺も読みたい」
啓二は肩をすくめると。
「……やっぱ気が変わった。こいつはやるよ」
回収したラノベを雛子の机に戻した。
「いいんですか?」
「布教用だしな。初めて感動したラノベってのはまた読みたくなるもんだ」
「ありがとうございます! 大事にします!」
「勝手にしろ。感謝なんか求めてねぇ」
颯爽と席に戻り、いつも通りラノベを読み始める。
「……なんなんだよあいつは」
「私が知るわけないでしょ……」
げっそりして言うと、海璃は憎らし気に啓二を睨んだ。
「一つだけわかる事があるとすれば……。あの男のせいで雛子がオタクになっちゃったって事よ!」
「うふふふ……。ラノベってあんなに面白いんだぁ……。知らなかったなぁ……。他のもあんなに面白いのかなぁ……」
既に雛子は夢見心地で、アマ〇ンで次に読むラノベを物色していた。
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