第3話

 私たちの関係が変わったのは凍てつく冬の夜のことだ。

「さすがに夜は冷えるねえ」

「ほんとに寒い。はやく帰ってこたつに入りたい」

 首元にぐるぐると巻いたストールの隙間に入り込む北風が冷たい。寒さに弱い数也はダウンジャケットにマフラーを巻いてニット帽を被っていても少し震えていた。

 漫研サークルで「忘年会」と称した飲み会が終わった帰り道。他の部員たちは二次会のカラオケに行ってしまい二人で夜道を歩いている。漫研のカラオケはアニソン大会になるので、漫画は好きだけどアニメは見ない派の私と数也は二次会には参加せず帰るのが常だった。

「せめて雪が降ればいいのに」

「雪降ったらもっと寒いでしょ」

「でも雪は好きだからさ。雪があれば寒さも楽しめるんだよね」

 彼は歩きながら空を見上げた。濃紺の夜空に雲はなく、大きなオリオン座がはっきりと輝いている。雪が降る気配はもちろんない。

「……ああ、そういうことか」

 ふと、彼は呟いた。

 そしてオリオンを映していた目が私に向く。

「なに。どうしたの」

「うーん、なんていうか」

 言葉を探すようにゆっくりと数也は口を開いた。白い吐息がたなびいて消えていく。

「俺さ、漫画は好きなんだけど、人間関係は苦手なんだよね」

 彼の言葉に私は頷いた。

「うん。わかる」

「わかっちゃったか」

「数也くんって、人付き合いとか空気読むとかできなさそうだしね」

「いやできるけどね。頑張れば」

 そう言い終えてから彼は自嘲気味に笑う。

「でも頑張らなきゃできない。俺は人間関係が苦手だから。本当はこのサークルもこんなに続ける予定じゃなかったんだ」

「え、そうなの?」

「そうだよ。漫画が好きなだけで、飲み会は好きじゃないし。カラオケなんて絶対行きたくないし」

 まあカラオケは行ってないんだけどさ、と彼はまた小さく笑った。

「でもサークルだし、そういうの避けられないことは分かってた。だから楽しくなくなったらやめようと思ってたんだよね」

 言葉を切り、数也は立ち止まった。

 つられて私も立ち止まる。

「でも俺は、まだここにいる」

 彼は真っ直ぐに立っている。猫背で漫画を読む彼の姿ばかりを見ていた私は、こんなに大きかったのか、と初めて気付いた。

「君がいたから楽しめたんだ」

 彼はもう震えていなかった。


「だから俺は、君のことが好きなんだと思う」


 彼の告白を聞いて、私は頷いた。どうして頷いたのか自分でもよくわからない。

 彼の背景にオリオン座が浮かんでいて、それがとても綺麗だと思ってしまったからかもしれない。

「私も、あなたのことが好きなんだと思う」

 心がそのまま言葉になって零れたかのようだった。

 私は自分がどんな顔でそう言ったかは分からないけれど。

 へへへ、と冬空を背負う彼の笑顔は、やっぱり間抜けでかわいかった。

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