第39話 一つだけ、わかることがあった
『ふふっ、二人とも、ちゃんと勉強してるかなー』
友達と遊びに外出していた私は、帰り道に買ったケーキを手に一人つぶやいた。
本当は、もっと遅くなるはずだった。でも友達の一人に急遽予定が入り、じゃあ今日は解散しようということでお開きになったのだ。
驚かそうと思って、急遽帰ることになったことは伝えていない。
それプラス、ケーキも買って帰る。二人とも、驚くぞー。
『ただいまー……』
音を立てないように家の中に入る。二人は、部屋かな。
そっと、忍び足で歩く……すると、上から少し大きな音がした。
なんだろう。もしかして、どっちか体をぶつけちゃったのかな。
心配になったけど、私は音を消したまま階段を上り、部屋の前まで移動し、扉に手を伸ばして……
『今日だけ、でいいから……
アタシを、アタシとして抱いて……!』
部屋の中から聞こえた左希の声に、手が止まった。
いや、手だけじゃない。体が……呼吸さえも、止まったような気がした。
『……ぇ』
小さく漏れてしまった声は、部屋の中にまでは聞こえていないはずだ。
声が漏れたことで、意識が戻ってくる。そして、視線は自然と扉へ。見えるはずもないのに、扉の向こう側を見ようとしている。
これ以上は、見てはいけない……そう思っているのに、勝手に動く手を止められない。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
できた隙間から、部屋の中を覗く……
『……!』
信じられない光景が、そこに広がっていた。
たっくんが……左希を、ベッドの上に押し倒している……?
これ、なに……どういう、ことなの?
それに、左希はさっき……なんて言ったの?
頭の中が、まとまらない。二人でなにか話しているけど、あんまり頭に入ってこない。
『……っ』
まるで、たっくんから左希を求めているように……あるいは、左希からたっくんを求めているように。
二人の姿が、絡み合って……やがて、一つになっていく。
私は、それを……
『っ……』
とっさに視線をそらし、扉を背にして壁にもたれる。
けれど、視線をそらしても音までは消えない。二人が、お互いを求めあう声が……ベッドが軋む音が、嫌でも聞こえる。
私は、バレてはいけないと声を我慢するため、せめて口を手で押さえていた。
すぐ横からは、扉の隙間から中の様子がうかがえる。
扉を閉めて、この場から逃げてしまえ。そうするのが、正しいのだろうか。
そうだと、わかっているのに……私の足は、動かない。
『たっくん……左希……』
私の、彼氏と妹が……大好きな二人が、私のいない間に関係を築いていた。今わかるのは、それくらいだ。
左希はさっき、今日だけでいい、と言っていた。それは、今日以外……つまり、これまでにもこういうことをしていた、ということではないのか?
さっき音がしたのは、倒れそうになった左希をたっくんが庇って、その間にベッドに押し倒してしまった……という解釈はできる。
というか、多分そうだ。自分から押し倒したにしては、たっくんの戸惑いは大きかった。
あの体勢になったのは、偶然。でも、二人の関係は、以前から……
『……っ、あ……』
声を押し殺す。すると、部屋の中の声が、音が耳に入ってくる。
それを聞いて、私は……逃げ出したくなるよりも、泣きたくなるよりも先に……お腹の奥が、熱くなっていくのを感じていた。
なんだろう、この気持ち。なんだろう、この状況。
こんなの、どう考えたっておかしい。彼氏と妹が、関係を持っているなんて。
恋人の私なんて、まだキスもしてないのに。なのに、恋人でもない二人は、なんでキスよりも先に進んでいるの……
それを見て、なんで私は……
『せんぱ……っ、キスは、だめだからね……』
『!』
聞こえてきたのは、左希の声。
身体を揺らしながら、それでも確かに聞こえた声。
キス以上のことをしているのに、どうしてキスはしていないんだろう。
そんな疑問はあったけど、隙間から部屋の中を覗く私の頭からはすぐに、疑問は消えていった。
髪を振り乱して、見たことがない表情を浮かべている、左希。見えないけど、わかる。想像できる。
たっくんの表情も、ここからじゃ見えないけど……多分、同じような表情をしているんじゃ、ないかな。
想像するだけで、私は……
『は……ぁ……』
二人の行為に、次第に私は釘付けになっていた。
片方の手は、声を抑えるために口に。もう片方の手は……
……なんで、こんなにお腹の奥が、熱いんだろう。なんで、こんなに胸がドキドキするんだろう。
『……ふっ』
いつの間にか私はその場に座り込み、服を噛んで声が出ないようにしていた。
自由になった両手は、自分でもこれまで触ったことのないような場所を、触っていた。
声が、音が大きく、激しくなる。私だって、そういう経験はなくても知識は知っている。
そのせいだろうか。私の熱もまた、熱くなる。
たっくんと左希が、頂上に上ろうとしていた。それがわかって、私の高揚感も増していく。
これまでに感じたことのない気持ちを胸に抱いて、私は……
『っ……っ、はぁ、はぁ……』
部屋の中での行為が終わったと同時に、私も……
私の頭の中には、いろいろなことが浮かんでは消えていった。知らなかったこと、知ってしまったこと。
これから私は、どうすればいいのか。それに、私の身体はどうなってしまったのか。
肩で息を整えつつ、私は自分の中の気持ちに問い掛ける。
わからない、わからない、わからない。なにも、わからない。
ただ……一つだけ、わかることがあった。
『……気持ち、良かった…………
…………あはっ』
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