第17話 アタシと、デートしてよ



『やったぁー! 赤点回避ぃ!』



「ということがあったの、たっくんにも見せてあげたかったわ」


「も、もう。忘れてよお姉ちゃんたら」


 時間は流れ、期末試験の結果が帰ってきた日の放課後。俺たち三人は、揃って帰宅中の道を歩いているところだ。

 今右希うきから聞かされたのは、テストを返された時の左希さきの反応だ。


 人目も忘れて、喜びをあらわにしていたらしい。

 それは実に、見て見たい光景だった。


 当の左希は、恥ずかしそうにしているが。


「私も、赤点はなかったよ。たっくんは?」


「俺も」


「ということは……」


「あぁ、三人で遊べるな」


「やったー!」


 三人とも赤点を回避したことで、左希はその場で両手を上げ、喜ぶ。

 通行人に見られているが、その恥ずかしさよりも嬉しさの方が勝ったらしい。


 よっぽど、三人で遊ぶのが頼ん染みだったんだな。俺もだけど。


「んじゃ帰ったら、早速予定を立てないとな」


 夏のイベントと言えば、たくさんある。海やプール、近くでやる夏祭りも見どころの一つだ。

 特に、二人にとっては高校生になって初めての夏休みだ。


 いい思い出になるように、ここは俺がしっかりとリードしないと。


「それで……先輩、覚えてるよね。約束」


「!」


 夏休みのことを考えていたが、左希に話しかけられて思考が止まる。

 約束とは……もちろん、覚えている。


「そう、テストで平均点以上取ったら、先輩がなんでも言うことを聞いてくれる権利!」


「なんでもとは言ってない。それに、全教科ってのを忘れるなよ」


 俺が二人とした約束は、全教科平均点以上ならば一つ、言うことを聞くというもの。

 一度した約束だ、それを違える気はないが……


 問題は、本当に平均点以上取れたのか、だ。


「わかってるよー。

 ……なんとアタシ、全教科平均点以上取りましたー!」


「!」


「え、マジで? 本当に!?」


「ここで嘘ついてどうすんのさ。後で解答用紙、見せてあげる」


 左希はちょいちょい嘘をつくが、それが本当のことかどうかの判断は、俺にもつく。

 その点から言わせてもらえば、左希が平均点以上を取ったのは本当なのだろう。


 せいぜい、赤点を回避できれば上出来だと思っていたのに………まさか、本当に平均点以上を取るとは。

 約束は破る気はないが、正直驚いている。


「で、お前は俺になにをしてほしいんだ?」


「んー、それは考え中。ま、保留ってことでよろしく!」


 テストで平均点以上を取ったことが嬉しいのか、それとも俺との約束でなにをさせようか考えているのか……鼻唄を歌うほど、上機嫌だ。

 これだけ喜ばれれば、俺としても悪い気はしないが。


 ……ふと、先ほどからだんまりの右希が、気になった?


「右希、どうかしたか?」


「……」


 左希がテストで赤点を回避したことを、あんなに喜んでいたのに。

 なぜだか、今はとても沈んだ表情を浮かべている。


「そうだ、右希も平均点以上を取ったんだろ? なんかしてほしいこととか、あるか?」


「……なかった」


「え?」


 俺は努めて、明るい声を出す。

 しかし、右希の表情は沈んだまま。それに、なにかを呟いた。


 聞き返す俺に、右希は俺の方を見た。

 その目は、今にも泣いてしまいそうで。


「平均点以上……取れなかった」


「え……」


 それは、俺にとっては衝撃の言葉だった。

 右希なら、平均点以上くらい、余裕で取れるものだと思っていた。


 冗談……では、ない。右希は、冗談でこんな泣きそうな顔は、しない。


「一教科だけ……平均点に、届かなくて、それで……」


「……そっか」


 右希は、平均点以上を取ることができなかった。だから、悔しかったのか。

 けど、それだけでこんなにも、悔しそうな表情をするだろうか?


 まさか俺との約束を果たせなかったことが、悔しかったのか?

 それとも……


「私……どこかで、思ってたの。私が平均点以上を取れなかったんだから、左希もきっとそうなんだろうって。

 でも、さっき左希の言葉を聞いて……私、左希のこと、侮ってたんだって……それで……」


「……」


 右希の悔しさは、他ならぬ左希に向ける感情についてだ。

 自分が平均点以上を取ることができなかった。ならば、左希も取れていないだろうと……そう思ってしまったことへの、自分への罪悪感。


 そして実際に、左希が平均点以上を取っていたことへの、ある意味左希を信じていなかった事実が、どうしようもなく悔しいのだ。


「右希……」


 左希は、俺が右希とまで約束をしていたことは、知らないのだろう。

 そして、平均点以上を取ったかどうかは、俺に実際に話すまで右希にも内緒にしていた。


 その結果、誰も意図しない形で……左希の喜びが、右希の罪悪感を抉ったのだ。


「右希、あんま気にすんなよ」


「でも……」


 気にするなと言って、本当に気にしないのも無理な話だ。

 自分のことや俺のことならともかく、大切な左希のこと。しかも、左希はなにも知らないのだ。


 なにも知らない彼女を侮っていた自分を、右希自身が許せない。

 どうすれば、右希の気持ちを元に戻せる? どうすれば……


 そう、考えていた時だ。


「決めた」


 左希が、足を止める。それにつられて、俺と右希もまた、足を止めた。

 決めた、と左希は言った。いったい、なにを決めたのか。


 そんなのは、考えるまでもない。それは……


「先輩。アタシと、デートしてよ」


 左希が、俺の顔をしっかり見ながら、言った。

 その目には、冗談も迷いもなく……ただただ、真剣さだけが残されていた。


「……ぇ?」


 そして、隣の右希から……なにを言っているのか理解できない、といった困惑の声が、聞こえた。

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