ギルド

 

「ほ、報告するね! えっと、ハルカ先生は命に別状無かったけど、結界内でダメージを受けすぎて魔力欠乏症になっちゃいました」


 俺はリオと二人で弁当を食べた後、学園の情報を聞くためにスミレ先生と面談をしていた。

 リオを一人にしておくのは心配だったが、俺を良い笑顔で見送ってくれた。

 クラスメイトのよそよそしい様子を見ていると問題ないだろう。


 面談室は先生が呼び出せば気軽に使える密室だ。


「……殺すのは学園長だけだ。できる限り殺したくない」


「え、わ、私の首を刎ねたよね? ふ、普通の人だったら死ぬよ⁉ ていうか、ハルカ先生だって死んでもおかしくなかったからね⁉」


 スミレ先生がまさかあそこまで弱いと思わなかったからだ……。


「死ななかったから問題ない」


「う、うん。そ、それでね、ハルカ先生はもう戦えないから、実家に帰るらしいよ。なんか実家のお花屋さん継ぐらしいの」


「……そ、そうか」


「私も学園辞めたいよ……、えっと、続けるね。学園であの場所に行き来していたのはナンバーズの面々と学園長、それに保健室のおばちゃん先生だよ」


 俺は意外な人物の名前を聞いて首を傾げた。


「おばちゃん先生? あれは定年まで適当に過ごしたい先生じゃないのか?」


「私は自分の実験に夢中で知らなかったけど、たまにいたみたいよ」


 先生は俺の顔色を伺っていた。

 実験が大好きで少し頭がおかしいスミレ先生は、学園では俺に逆らうことなく普通に過ごしていた。

 おばちゃん先生か……、俺の魔力を一瞬だけ見せてしまったが、大丈夫だったのか?

 全くもって考えていなかった。


「――もう少し調べてくれ」

「う、うん! 学園長とサトシさん以外だったら気が楽よ……、あの二人は別格だから」


 学園長はバケモンだ。

 今の本気の俺でも刃が届くがわからない。

 サトシもそれに次ぐ化け物だ。王国ランキング万年二位と聞いているが、水晶動画を見ている限り、この世界でトップランクの強さだろう。


 先生の水晶通信がピロピロと鳴っていた。


「げっ、サトシさんからだ……、ど、どうしよう――」

「では俺は行く。授業に遅れるな」


 そろそろ昼休みの時間が終わってしまう。

 俺は腰をあげて面談室を出た――





 俺が教室へ戻ると、騒いでいた生徒たちが静かになってしまった。

 小声でひそめき合う。


「……関わらない方がいいな」

「ああ、マシマを助けるためにハルカ先生をぼこったんだろ?」

「ていうか、本人曰く、『ハルカ先生は自分で転んで怪我をした』だろ? 絶対嘘だろ!?」

「ばかっ! 声でけえよ! ハルカ先生の頭を鷲掴みにして投げつけたんだぞ? しかもハルカ先生はあの後、一身上の都合で退職予定だし……」

「や、やばいよ。わ、私たちがあいつの事いじめてたことバレたら……」



 ヒソヒソ声で自分の事を語られるのはあまり気持ちの良いものではない。

 だが、陰口よりも何倍もマシだ。

 言葉でも人は殺せる。

 昨今は、水晶通信の存在によって様々ないじめや事件が起きている。

 嫌な世の中だ。


 俺は自分の席に向かう前にリオのところへ行こうとしたら――

 なんと、マシマと姫がリオの席の前に立っていた。

 リオはなんだか困った様子で喋っていた。

 マシマも姫も興奮気味だ。


 リオが俺に気がつくと、声をかけてくれた。


「あっ、セイヤ君! な、なんかこの二人が――」


 二人は慌てふためくようにリオに言った。


「ま、まて、リオさん、そ、その話は内緒にしてくれ――」

「うぅ、お願い、リオちゃん、恥ずかしいでしょ!」


 何か意地悪されたかと思ったが、そんな事はなかった。

 わんわん泣いていた二人は、もう意地悪なんてしないだろう。


 二人はリオに手を振って、自分の席へと戻ってしまった。

 俺は首をかしげる。リオはそんな俺を見て笑っていた。


「セイヤ君、今日は一緒に帰れないかも。ちょっとあの二人とお出かけするね」


 俺は衝撃で固まってしまった。


「な、なんと――、そ、それは大丈夫なのか? し、心配だ。俺も付いて行った方がいいのではないか?」


「うーん、今回は絶対駄目。安心してよ。セイヤ君は私の炎の竜を見たでしょ?」


 た、確かにあの力があれば大抵の野良冒険者を焼き払える。

 だが、心配なものは心配なのだ。


「えっとね、セイヤ君、過保護はよくないよ。私を信頼して、私はセイヤ君を信頼してる」


 俺はコホンと咳払いをした。


「そ、そうだな。信頼か……、確かに俺はリオを信じている。理由はわからん。初めてみた時から既視感と信じられる気持ちになれた。――胸もドキドキしたしな」


「ちょ、ちょっと、セイヤ君、恥ずかしいって!?」


 俺は深呼吸をして心を落ち着けた。


「よし、俺はピピンと一緒にギルド登録をしてくる。町外れにあるギルドだが、知り合いの紹介だ。きっと大丈夫だろう。初回登録の説明があるが、七時には帰れると思う」


「うんっ! 了解だよ!」


 視界の隅に入ったマシマと姫は随分とそわそわしていた。

 なんだか初々しくて悪い気持ちはしなかった。




 ****************




「君がセイヤ君か。サイオンジから話は聞いている。バルバトスSSS級冒険者ギルドへようこそ」


 ここは会員制の冒険者ギルドである。

 俺はあの場所から逃げた時、一人の男と出会った。サイオンジという男だ。王国から遠く離れた異国の地、自由都市に近い場所だ。

 王国に戻るまで大変お世話になった。

 俺に世界情勢を教えてくれたり、魔法の使い方、剣技も教えてくれた。


 いわば命の恩人だ。

 サイオンジさんも俺も、目的地が違うから別れたけど、今でも水晶通信でやり取りをしている。いわば水晶友達だ。


 この高位冒険者ギルドに入れたのもサイオンジさんの推薦状を水晶通信で送ってもらったからだ。どうやら王国内にも知り合いが多いらしい。


「にゃにゃ、き、緊張するにゃ。ギルドなんて子供のころに遊びに行っただけにゃ……」


 ピピンは呪いにかかって猫魔獣になっていた。本当の姿は獣人である。

 俺と同い年ってことは、五年間の青春を奪われてしまったんだ。

 呪いの影響か、自分が住んでいた場所を思い出せないでいる。

 いつも明るいピピンもきっと壮絶な過去があるんだろう……。


 ピピンは俺とリオから勉強を教わり始めた。

 この王国で、俺達と一緒の学園に通うためだ。


 ピピンは俺達と学園に通うのを楽しみにしている。いつもニコニコしているピピンはお日様の匂いがして、俺とリオはピピンの事が大好きだ――


 俺はピピンの頭を撫でながら言った。


「大丈夫だ。実力的には問題ない……」


「にゃにゃ!? ひ、人様の前だと恥ずかしいにゃ!」


 渋いギルド長は俺達に言った。


「はん、あいつの紹介ってことは期待してるぜ。まずは実力を測るためにうちのギルド員とバトルしてもらうぜ! 冒険者SSランクだからおったまげるぜ!」




 **************




「にゃにゃん、にゃん! セイヤ、ギルド楽しかったね! また遊びに行こうにゃ!」


「あ、ああ、仕事をしに行こうな」


 結果としては、ギルド長が驚いて終わってしまった。

 俺は魔力を使わず、体術だけでギルド員を圧倒した。


 ピピンは猫魔獣スキルと、猫魔獣魔法を駆使してギルド長と模擬戦をした。

 激しいバトルは終始互角に戦いだった。いや、ギルド長は本気を出していない。

 まるで孫を可愛がるおじいちゃんみたいであった。


 その後、簡単な討伐の依頼を先輩ギルド員の引率と共に行って、無事に終わる事が出来た。

 ギルド長から今日の給料をもらった。

 ……盗賊から奪う事した金を得た事がない。俺の初めての給料。

 非常に感慨深いものだった。



 夜の街を歩く俺とピピン。

 そういえば、リオはあの二人と一緒で何をしているんだろう?

 ……気にならないと言えば嘘になる。もちろん信頼している。


 思えば実家にいた時は、俺は何をしていたんだろう?

 確かにいじめは辛かった。両親も姉のモエも俺に辛く当たった。

 俺がもっとはっきりしていれば違ったのか?


 ……過去の出来事は変えられない。ループなんてこの世界にはない。


 だから、俺は今を後悔せず生きるんだ。




 郊外にある俺の家の扉を開けた。

 玄関は真っ暗であった。

 後ろにいたはずのピピンの気配がなくなった? どこか遊びに行ったのか?


 俺は誰もいない暗い玄関が怖かった。

 学園も辛かったけど、実家に帰るのが怖かった。

 扉を開けてただいまって言っても誰も返事をしてくれない。


 ――ここは実家じゃない。俺の新しい家だ。仲間達を迎えるための……。


「――ただいま」


 沈黙だけが返ってくる。大丈夫、リオがこの後帰ってくるから、リビングを暖かくしてご飯の準備をしよう。昨日買っておいた香辛料でカレーを――


 そんな事を考えていたから、家の異変に気が付かなかった。

 暗い廊下に段々と淡い綺麗な光が差してきた。

 虹色みたいですごく綺麗であった。


 俺は訝しみながらもリビングの扉を開け放った――







「あ、ああ!? 帰ってきちゃった!?」

「なんだと! ま、まだ用意ができてないぞ!?」

「うぅ、し、仕方ないでしょ! ちゅ、中途半端だけど、もういいでしょ!」


 リオの鼻の上にクリームがついていた。

 マシマの服がチョコだらけであった。

 姫はお皿にチキンを並べて、テーブルへ運んでいた――


 ――な、ん、だ。これは?



 思考が停止しそうになった。

 リビングも廊下と一緒で淡い綺麗な光に照らされていた。

 花飾りや、大きな箱や荷物が雑多に置かれていた。

 ピピンは俺の足元をすり抜けて猫魔獣姿でソファーにダイブした。




 三人は作業を中断して、俺の前へとやってきた。


「おかえり、セイヤ君」

「う、うぅ、お、おかえり、セイヤ」

「わ、私も本当にここにいていいのか? いいのかセイヤ?」


 おかえり……、その言葉が返って来ると、俺は独りじゃないと実感できた。

 そして、リオが一歩前に出て――、花束を突き出して俺に言った――





「二人から聞いたんだよ。――セイヤ君、お誕生日、おめでとう!!」




 ――あっ。

 誕生日、今日だった。忘れていた。ずっとずっと忘れていた。

 いつからか覚えてないけど、祝われなくなった。

 次の年はきっと誰か祝ってくれると思っていた。

 その次の年も、その次の年も、同じ事を思った。

 気がついたら自分の誕生日を忘れようとしていた。だから記憶から消し去った。



 姫がボロボロの箱を指差して俺に言った。


「お、おめでとう……セイヤ。ず、ずっとずっと、言いたかったのに、私馬鹿だからずっと言えなくて……、ひぐ、ま、毎年プレゼント用意したのに、わ、渡せなくて……、ひぐっ……、おめ、おめで……ひぅ……」



 マシマが大きな革靴を手に持っていた。


「わ、私も渡せなかった、プレゼントだ。……お、重くなるからあんまり言わないが、ずっと渡したかった。やっと渡すことができる……、す、すまないが、受け取ってほしい。――誕生日おめでとう、セイヤ」






 ピピンが起き上がって、俺の足にまとわりついてきた。

「おめでとにゃん!! 私からは添い寝券十回分あげるにゃ!」


 ピピンは喉をゴロゴロと鳴らしていた。


 俺は、動けなかった。

 ずっと忘れていた誕生日。誕生日なんてどうでもいいと思っていた。


 だけど、違うんだ。俺は、ずっと、ずっと、誰かに――祝って欲しかったんだ――


 声がかすれてうまく喋れない。

 胸の奥から激情が襲いかかってくる。こんな感情は俺は知らない。

 なんでこんな気持ちになるんだ?


 目頭が熱くなってきた。きっと、この淡い光のせいだ。

 前がぼやけでよく見えない――


 喋ろうとすると、嗚咽が抑えられなくなる――


 だけれども、俺は――何故か素直な気持ちになれた。




「――あ、り、がとう……」




 それだけで十分だった。

 きっと、俺の気持ちが伝わったはずだ――


 みんなは俺が泣き止むまで見守ってくれた……。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る