【マルチエンディング】ボールの行方について考えてみた

野村ロマネス子

【植村亮太ver】シュートが入らなくても

 最近、放課後が来るのが嬉しくない。いや、それは嘘。嬉しくない、訳ではない、けれど素直に喜べない。というのが正しいのかも知れない。


 部活動の終わった体育館は少しだけ熱気の名残がある。そこをほんの十五分か二十分ほどお借りするのが最近の私の習慣になっている。

 私の通う高校はあまり運動系の部活が盛んな学校ではない。どちらかと言えば文科系の部活動が盛んで、英語のディベートをする部とか、調理部とか、奇術部なんかがそれなりにそれらの全国大会的な場で好成績を納めている、らしい。まぁ、我らが放送部はそれに比べたら少しばかり大人しいものの、昼休みの校内放送はなかなかのクオリティだと思っていたりする。

「お待たせ! 今日も練習、頑張ろう!」

 その、我らが放送部の次期部長殿に、マイクじゃなくて全くお門違いのバスケットボールを持たせてしまっている罪悪感が、ある。背中に梅雨空を背負って現れた植村先輩は、にこにこと太陽のように眩しい笑顔のままで私の隣までやって来ると、少しだけ眉尻を下げた。

「今日は樹、パスだって」

 残念だね、と言外に忍ばせてちょこんと首を傾げる植村先輩。かなり犬っぽい。そんなに真っすぐな瞳を向けられると胸がざわざわしてくる。

 既に知っていたことだけど、植村先輩は底抜けに優しい。そりゃあもう全校生徒が知るほどに。だけどちょっとだけ鈍くって、結果としてそれはわりと残酷だって話にもなる。植村先輩に想いを寄せる子なんて幾らだっている。優しくされたら期待してしまうのは男女問わずあることだ。告白したって噂を聞いたのも一度や二度じゃない。けれど、それはいつだって「断られた」という話とセットになって伝わってくる。



 思いがけず池上先輩に出くわしたのは、植村先輩による「樹、今日来ないって」が二日続いたお昼休みのこと。自動販売機で紙パックのジュースを買っていると、すぐ後ろに誰かが立ったのが分かった。ガラス面に映る背は高い。順番待ちかな。そう思って慌てて退いた視界の中に、悪戯っぽく笑う池上先輩が立っていた。

「どう? 入りそう?」

 何の話をしているのか、具体的に言われなくても分かる。私と池上先輩の間にあるのなんて、あの放課後のシュート練習だけだ。

「えーと、」

 入りません。いや、入る宛がありません。うーん、入れようとしていません。えーとの後に続く言葉を見つけられなくて、私は口を噤む。

「いや、喋れって」

 はは、と小さく笑い声をあげた池上先輩はそのままくしゃりと笑顔になる。整った顔立ちはやっぱり美しいし、笑う仕草もカッコいい。スラリと高い背も、柔らかな物腰も、とてもとても素敵な人だと思う。一瞬にして私の心を奪ったあの時のパワーは嘘じゃない。けど。

「ねぇ、僕はもう行かないね、練習」

「えっ!? 何でですか?」

「何でって、そりゃあ……」

 ちょっと肩をすくめて見せるおどけたポーズも様になる。

「校内ラジオ、楽しみにしてるよ」

「……あ、はい」

 どうやら質問に答える気はないらしい。あるいは既に答えは出てると言いたいのか。紙パックのヨーグルト飲料を手にした池上先輩は、「亮太に宜しく」と言い残して軽やかに手を振った。

 


 最近の私はちょっと変なのだ。植村先輩の笑顔を太陽みたいだなんて思う事も、池上先輩がもう現れないと聞いてちょっとだけ胸の奥が跳ねてしまったことも。

「今日は入りそうな予感がするな、俺は」

 植村先輩がいつものようにバスケットボールを床にバウンドさせる。その音を聞きながら入らなくていいや、なんて思ってしまう。シュートが入ったらきっと、この時間は二度と訪れなくなるだろう。ゆえに私のシュートの腕前は遅々として上達せず、その分の罪悪感と、おかしな気持ちだけが降り積もって、この時間を上手に終わらせられないでいる。

「植村先輩は、どうしてこんなに練習に付き合ってくれるんですか?」

 変ついでに口が滑って、意地悪なことを言ってしまった。

「えっ!? あの、いや」

 たちまち先輩の目線が泳いで、意味もなく髪をかき上げる。きれいな形のおでこだなと思う。

「……うん、あの、……君がこんなに頑張ってるから。……だから、応援がしたいなって思ったんだ。それだけだよ」

 本当に? 本当に、それだけだろうか。

 気が付くと植村先輩は私の顔を覗き込んでいた。心配そうに顰められた眉。きらきら光る瞳は不安そうな色を湛えている。

「もしかして、」

「……え?」

「あのさ、言いにくかったらいいんだけど」

「……はい」

 あいつに限ってそんなことは無いと思う。思うけど、万が一の可能性で聞くだけ聞いてみるんだけど。ぶつぶつと独り言ちたあと、一旦引き結んだ口を再び開く。

「もしかして、アイツに何か言われたり、した?」

 全然見当違いの方向から予想もつかない心配をされて、思わず噴き出してしまった。もう本当にこの人は。誰かの心配ばかりして、誰かを優先してばかりいる。違ったかぁ、と一緒になってへらへら笑ってくれる植村先輩のことが、間違いなく私は大好きなんだ。今なら、言えそう。笑いを引っ込めきらずにいる空気の中で、私はまっすぐに植村先輩の方を向く。

「わ、私が好きなのは……好きに、なっちゃったのは……」

「えっ!? あ、ちょ、……それ、ちょっと待って」

 ひっくり返った声に被せるように、大慌てで植村先輩かストップをかける。

「違ってたらすげぇ恥ずかしいんだけどさ、勘違い野郎になっちゃうんだけどさぁ、でも、……でも俺に言わせて欲しいんだけど……いいかな?」

 とても困った顔でそう言ってこちらを見る植村先輩は、やっぱりどこからどう見ても、大型犬に似ているのだった。

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