忠霊塔(転 進)

具流次郎

第1話 突撃開始

 1942年10月

ソロモン諸島『ガダルカナル島』・・・。

早朝、帝国海軍の駆逐艦が西海岸を囲む。

数十隻の大発(日本上陸用舟艇)が砂浜を強襲する。

米軍の航空機が編隊を解いて、空から攻撃をかける。

砂浜に着弾する無数の砲弾と機銃弾。


 第2師団が突撃を開始する。

早坂崇雄大尉(ハヤサカ・タカオ 仙台若松歩兵第29連隊早坂中隊・中隊長)が立ち上がり抜刀する。


 早坂「トツゲーキ!」


悲鳴の様な声が。

突進して行く四十人の中隊の兵士達。

早坂中隊長の血走った目。

兵士達の荒い息使いと怒号、発狂の声。

連隊旗の先端に銃弾が当たる。

『菊の御紋』がバラバラに砕け散る。

兵士達は見る見る内に倒れて行く。


猛然と砂浜を走る『日下勇作少尉』。

周囲から上がる断末魔の悲鳴。

足元に突き刺さる銃弾。

日下の肩を銃弾が掠(カス)める。

日下は急いで砂の窪みに身を伏せる。

鉄帽(ヘルメット)の隅に銃弾が当たる。

その弾は貫通して背嚢に刺さる。

突然、男が窪みに飛び込んで来た。

男の名は『緒方善吉』、軍曹である。


 緒方「少尉! 大丈夫ですか」

 日下「おお、緒方か。オマエは」

 緒方「私は大丈夫です。これを持ってますから」


緒方は胸ポケットから「小さな人形」を取り出す。


 日下「? お守りか」

 緒方「女房が作ってくれたんです」

 日下「大切にしろ。先に行くぞ」


日下はふたたび体勢を整え突進する。

が、数十歩走ると日下は砂浜に倒れていた。

急いで走り寄る緒方。


 緒方「少尉ッ! 日下少尉」

 日下「うッ!? どうした」


日下の上半身が紅の血に染まっている。


 日下「クソ~、やられたか」


緒方が衛生兵を呼ぶ。


 緒方「衛生兵~、日下少尉負傷! 衛生兵~」


砂浜には彼方(カナタ)まで広がる無数の日本兵の骸(死骸)。

周囲からの絶叫の声。


 声 「やられた~。お~い、助けてくれ~。衛生兵ーッ! 石田上等兵負傷~」

 声 「アシ! 足をヤラレタ。早く来い。チクショウ! チクショウ・・・ダメだ。ねえー。おれの足がねえ~。おい、足、アシ・・・」


片足を捜す兵士。

日下の足元に「片腕」が飛んで来る。

ちぎれた片腕を見詰めている日下。

日下は緒方を見て、


 日下「オレに構うな、早く行け!」

 緒方「少尉、そこの岩陰に隠れましょう」


緒方は自分の腕を強く引く。


 日下「おい、オレはどこをやられた」

 緒方「肩あたりです。掠(カスり)傷です。大丈夫!」

 日下「良いから行け! オレに構うな」

 緒方「此処を動かないで下さいよ。必ず後で迎えに来ますから」


緒方はニッコリ笑い、砲弾と銃弾の嵐の中に消えて行く。

日下は砂浜を振り返った。

銃弾の飛ぶ音・砲弾の炸裂音・直撃弾に当たり瞬時に消える兵。


 日下「此処まで来る間に潜水艦にヤラれ、ようやく島に辿り着いて、数百歩走ってヤラれる。敵なんぞ一人も見てない。弾も撃ってない。久しぶりの大地を、足を使って走っただけだ」


頭の中に丸山師団長の言葉が過った。


(イメージ)

駆逐艦「ユウギリ」

甲板上に完全装備の兵が集まる。

丸山政男(師団長)の訓示。


 師団長「これよりルンガ飛行場奪還作戦を開始する。死しても『百鬼』となり目的を敢行すべし」


日下の胸元から血が規則正しく噴き出して来る。


 日下「このままではオレも骸になる。何とか一人でも敵を仕留めなくては」


第二陣の部隊が自分の傍(ワキ)を猛然と走りぬけて行く。

目の前で三人の兵士が倒れた。

一人は一瞬で頭部が無くなってしまった。


『兵士は頭部が無くなっても暫く手足は走っていた』


日下は叫んだ。


 日下「死んでたまるか」


鉄帽(ヘルメット)にまた「何か」が当った。


 日下「あッ!」


徐々に気が遠のいて行く。

日下の脳裏に奇妙な思い出が過(ヨギ)って行く。

故郷・子供の頃・両親の顔・山・川・赤飯・・・。



 『忠魂碑』に刻まれた文字

日下勇作 亨年二二歳 陸軍少尉 (ガダルカナル島にて戦死)



 数分が経過する。

日下勇作少尉の死体(骸・ムクロ)の傍に、陽炎(カゲロウ)の様なモノが立ち上がる。

陽炎は日下の死体を見ている。


 「?、俺が二人居る 」


日下の陽炎は周囲を見回した。

銃弾や砲弾が異常に「遅く」飛んで行く。

米兵が前方のトーチカから『日下の死体』に向かって機銃を掃射している。

数発の銃弾が日下の死体に命中する。


 陽炎「そうか。オレは死んだのだ。死んだ後の『魂』なんだ」


暫く茫然と立ち尽くしている『日下の魂』。

                         つづく

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