未知の感情
「あのとき、むねち~が駆けつけてくれなかったら、どう……」
「その先は言わないでいい。それより、制服のお陰って?」
宗徳の言葉にちづるはわかりやすいほどに頬を赤くする。提げたトートバックにちらりと視線をやりながら、応えた。
「眠れないときとか~、夜中にフラッシュバックで目が覚めたときとか…… むねち~のか、香りをかぐと、落ち着くの~」
宗徳はあきれたように息を吐く。その仕草はちづるを不安にした。
あきれられたのか、変態と思われたのか。もう近づくなと言われるのか。
監視という名目で宗徳の日常をストーカーしていたことも。
宗徳の制服をオカズにしていたことも、千佳の部屋に私的な監視カメラを設置して見張っていたこともばれてしまうのか。
最悪の事態ばかり頭に浮かび、ちづるの顔から血の気が引いていく。
ふと、宗徳が深緑の制服のポケットに手を入れた。
「そんなことか…… これ、使っていいよ」
だが宗徳は優しげに言って、ちづるの手にそっとハンカチを乗せた。
「ついさっき稽古していた時、汗を拭ったやつ。臭いは十分ついていると思う」
「これからは僕が使用済みの制服とか、渡すね。別の人にさっきのが見つかったら怪しまれるだろうし」
「怒って~、ないの~?」
「怒る? なんで?」
気遣うのではなく、宗徳は本当に訳が分からなかった。
トラウマがあれば多少の奇癖は当然ではないか。
「怒って、ないなら~。いい~」
手渡されたハンカチを、ちづるは胸の前でいとおしそうに抱きしめる。
(彼はいつもそう~。優しくて、私の感情を否定しなくて~。うわべだけの笑顔を、絶対に見せたりしない~)
ちづるは我慢できなくなって、宗徳の胸に顔をうずめたくなる。今ならだれも見ていない。雰囲気もいい。
サンダルに包まれた白い脚を、宗徳の方へ一歩踏み出す。
だが突然宗徳の端末が鳴り響き、甘い雰囲気は霧散してしまった。
「千佳が呼んでる。ごめん、出動がかかったから。もう行くね」
「いってらっしゃい~」
宗徳の方へむかって伸ばした手を止め、代わりに玄関で家族を見送る時のように振る。
彼の姿が見えなくなるまで、ずっと。
「なんだか新婚夫婦みたい~」
ちづるは宗徳に同行できないことに寂しさを覚えつつも、空想の甘さに身をゆだねる。
「宗徳、遅いさあ」
装備を整えて玄関前で待機していた千佳がぷりぷりと怒っていたが、それ以外のものも感じる。
千佳からも、ちづるからも似たような感情を時々感じることがある。
不快や敵意ではないから静観しているが、未知の感情だ。なぜかそれにあてられると、宗徳の胸が暖かくなるのだ。
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