第2話
クラスの中で談笑をしていたと思った瞬間、一年一組の面々は突如として現れた謎の魔法陣の光に包まれ、意識を失った。
そして次の瞬間には、彼らはきらびやかな空間の中にいたのだ。
「おお、まさか本当に……」
やってきたのは、見たこともないような石造りの部屋の中だった。
そして自分達を観察するように見つめているのは、重たそうな甲冑を着ている大男達と、モノクルをかけた神経質そうな男。
「ここは、一体……?」
皆が不安げな顔をしている中で一歩を踏み出したのは、色素の薄い茶髪を短く切り揃えた少年――文武両道の努力する天才、聖川和馬だ。
「お待ちしておりました、勇者様!」
彼と男達が衝突しそうになったところで、突如として一人の少女が現れる。
恐ろしいほどに整った顔をした彼女の名はミーシャ・ツゥ・グルスト。
このグルスト王国の第一王女として、勇者一行を出迎える役を授かったのだという。
事前に準備をしていたのだろう、彼女は滔々と今回の勇者召喚について語り出した。
ここは今まであなた方がいたのとはまったく異なる異世界。
この世界には魔王がおり、凶悪な魔物を従えることで人間達を討ち滅ぼそうとしているのだという。
それを救うためにグルスト王国が行った起死回生の一手が、勇者召喚。
ギフトを授かっているであろう皆様方に、我々のことを救ってもらいたい。
勝手に呼び出されたこちら側としてはたまったものではない。
思わず抗議しようかと思う和馬だったが、後ろに居るクラスメイト達からの声に毒気を抜かれてしまう。
「勇者だって」
「おい、これってもしかしてさ……」
「ステータスオープン……ってうおっ!? マジで出たぞ!」
後ろの方から聞こえる興奮している声。
そのあまりのうるささに後ろを振り返ってみると、クラスメイト達は何やら光の板のようなものを見ながら騒いでいた。
彼らが呟いている言葉を、和馬も呟いてみる。
「ステータス、オープン?」
すると彼の前にも、光の板が現れた。
心なしか……というか明らかに、他のクラスメイト達よりも板の光量が高かった。
聖川和馬
LV1
HP 120/120
MP 25/25
攻撃 52
防御 49
魔法攻撃力 72
魔法抵抗力 33
俊敏 50
ギフト
『勇者』
スキル
光魔法LV4
火魔法LV3
風魔法LV3
水魔法LV2
土魔法LV2
肉体強化LV3
和馬の前に現れた板には、何やら数値が並んでいる。
それを横から見た王女ミーシャが、その目を輝かせる。
彼女はごく自然に和馬の腕を取ると、その豊かな双丘を押しつけてくる。
「素晴らしいです、和馬様ッ! しかもLV1でこのステータスにスキル……流石『勇者』のギフト持ちですね!」
彼女の説明によると、一般的な成人男性はHP30前後、各種ステータスは10前後が普通ということらしい。
おまけに魔法を使い手の極めて少ない光魔法まで含めて五属性も使えるときている。
「LV1でこれほどまでに高いステータスなんて、人生で一度も見たことがありません!」
ミーシャがとろけたような顔で和馬のことを上目遣いで見つめてくる。
美人には慣れている和馬だったが、それでも思わず生唾を飲み込んでしまうほどに、ミーシャは魅力的な女性だった。
和馬がくるりと振り返ると、皆の視線が彼に集まる。
このクラスにおいて、彼の発言は絶対と言ってもいい。
聖川財閥の跡取りとして親に帝王学や人心掌握術を叩き込まれた和馬の言葉には、思わず頷いてしまうような説得力がある。
彼が言うことなら正しいのだろうと、そう納得できてしまうのだ。
全てにおいて結果を出し続けている彼を否定することは難しい。
なぜならそれ以上に結果を出すことなど、常人には不可能だからだ。
このクラスにいる者達は高校生にして、絶対的な格差というものを理解しているのである。
「僕は目の前で困っている人達を、放っておくことはできない。だから可能であれば、この王国のことを救うことができたらと思っている」
「わ、私も和馬に賛成だ。困っている人がいるのなら、助けなくてはいけないと父様も言っていた」
「そ、そうです! 私もお義兄様の言うことに従います!」
「わ、私はどんな時だって和馬君と一緒だよ!」
凜々しく立っている和馬の隣に、次々と女の子達がやってくる(ちなみにミーシャはまだ胸を腕に押しつけたままだ)。
いわゆる和馬ハーレムと言われている美少女達は、異世界の騎士達ですら思わずため息をこぼすほどに粒ぞろいだった。
とある事情から聖川家に養子としてやってくることになった義理の妹である聖川(ひじりかわ)藍那(あいな)。
数百年以上続く武家の出身である古手川朱梨。
そして現在ティーン雑誌で専属モデルをしており、ハーフロリっ娘モデルインフルエンサーとしてフォロワー数五十万人以上を誇る御剣エレナ。
「そ、そうだよな。せっかく手に入れた力なんだから、しっかり誰かを助けるために使わないと!」
「エレナちゃんの言う通りよ、皆頑張りましょう!」
絶世の美女揃いである彼女達がそう言えば、好かれたい男子達は調子の良いことを言い出す。
そしてクラスカーストで頂点に君臨している者達の言葉を女性陣も無視することはできず、あっという間に王国に力を貸す流れで話はついた。
「けっ、薄ら寒ぃ……覚悟もねぇくせに粋がりやがって」
熱の籠もった空気で魔王打倒を掲げる和馬率いるクラスメイト達を眺めている人影があった。
金髪を逆立たせながら、胸ポケットに入れているタバコに火をつけている自他共に認める不良少年――御津川晶だ。
タバコを吸い出したことに文句をつけようとした騎士が睨まれただけで引き下がるほどに威圧感があり、高校生とは思えないほどの恵体を持っている。
信用もならない王国なんぞの飼い犬になることはまっぴらごめんだったが、親友である和馬を見捨てるわけにもいかない。
(何にせよ……力がいるな)
己のステータスを眺めギフト欄にある『覇王』の文字を見てから、強く拳を握る。
騎士が恐れるほどの闘気を発する彼だったが、隣で座り込んでしまっている少女を見ると、晶はガシガシと頭を掻いた。
その姿は、ただの学生にしか見えない。
「未玖(みく)、泣いてても事態は変わらねぇぞ」
「うっ、ぐすっ……」
晶の隣で座り込んでいるのは、有栖川未玖だ。
獅子川高校で開催されているミスコンで一年ながらに優勝をしてみせた彼女は、何かを握りしめたまま泣いていた。
くりくりとした黒目は大きく見るものを魅了して離さず、ふるふると震える長いまつげは、庇護欲をそそらずにはいられない。
御津川が和馬を除いて唯一対等と認めている、芯のある女性だ。
未玖がなぜ涙をこぼしているかというと……その理由は、彼女の胸の中にある。
そこにあったのは――血だらけのパジャマであった。
「鹿角は死んだんだ、受け入れろ」
「勝君は死んでなんかいない! きっと今も、どこかで生きてるわっ!」
藍那やエレナと仲が良くいつも一緒に行動しているが故に、和馬ハーレムの一員として見られている少女だが、未玖は別に和馬が好きなわけではない。
むしろあれだけ女に言い寄られているにもかかわらずミーシャまでハーレム要員に加えようとしている和馬には、軽い軽蔑さえ抱いている。
そんな彼女には、実は思い人がいた。
その人物はもう三ヶ月以上学校に来ていなかったクラスメイトの、鹿角勝だ。
けれど本来であればこの場に来ているはずの勝の姿はない。
見たことのあるパジャマが血まみれになっているのを見て言葉を失っていた未玖に、王女ミーシャがその理由を滔々と語った。
「クラスにいなかったクラスメイト……ですか。今この場にいないということは……私達の力が及ばず、すみません……」
この場に来れなかったということは、遠隔地から強引に召喚されたせいで、不幸な事故に遭ってしまった可能性が高いという。
血だらけのパジャマだけがここにあるのは、恐らく召喚魔法の負荷に身体が耐えられなかったから、ということだった。
けれど未玖は彼女の言葉を信じなかった。
ミーシャの悲しそうな顔が演技であることを、未玖は見抜いていたからだ。
あの王女は勝が死んだことを、欠片ほども悪いと思っていない。
そんな王女の言葉など、信ずるに値しなかった。
(私はまだ……勝君の死体をこの目で見たわけじゃない)
天然なところもある未玖だが、その芯は晶が認めるほどに強く、そして曲がらない。
彼女は一度、ゆっくりと深呼吸をして精神を落ち着けた。
泣いているだけではダメだ。
立ち上がった時その瞳には、決意の炎が燃えていた。
「ステータス、オープン」
有栖川未玖
LV1
HP 50/50
MP 42/42
攻撃 22
防御 54
魔法攻撃力 33
魔法抵抗力 22
俊敏 25
ギフト
『聖女』
スキル
光魔法LV6
水魔法LV4
魔力回復LV2
先ほどのミーシャの話では、光魔法を極めれば身体の欠損ですら治せるようになるらしい。
つまり勝がどれだけ深い傷を負っていても、未玖の光魔法のLVが高ければ治すことができるのだ。
「私はこの世界のどこかにいる勝君を探し出す。そして傷ついた彼を、私の光魔法で癒やしてみせる。死んでたとしても、死者蘇生を覚えて生き返らせるわ」
「……ふっ、そうかよ」
薄く笑う晶は、己の友が再び立ち上がったことを喜びながら、高そうな絨毯にタバコを放り投げ、ぐりぐりと踏んで炎を消した。
完全に立ち直った未玖は、ミーシャの言葉に耳を傾けてぽーっと顔を赤くしている男子達と、自分達が悲劇のヒロインになったと思い込んでいるクラスメイト達を冷静に見つめていた。
「人を殺しかねないような召喚魔法を平気で使ってくる王国は、信用できないわ」
「それに関しては、俺も同感だ」
「いざという時にすぐに国を出れるよう、力をつけるわよ」
「おう」
こうして様々な思惑が交差しながら、一年一組の面々は勇者として王国に迎え入れられるのであった――。
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