♡接吻は♡

 いつもの放課後。今日は吹奏楽部の演奏が耳に響く。

 今までは気にならなかった演奏も、今日はなぜか耳障りだなぁと思ってしまう。

 私の心の狭さのせいだろうか。

 詳しくはわからないけれど、心に余裕がないのは間違ない。

 唯華の顔を見ると顔が火照る。触ったら火傷してしまいそうなほどに熱さを感じる。

 熱とともに唯華への恋心を改めて認識する。というか、本当に恋をしてしまったのだと理解する。

 なにも喋らないこの空間に居心地の悪さを覚える。唯華と二人っきりが嫌だというわけじゃない。むしろそれは嬉しい。このままこの時が流れれば良いなと思う心も私の中には間違いなくあるのだ。

 それは偽りようのない事実なのだけれど、同時に嫌な気持ちも芽生えている。矛盾しているのはわかっているのだけれど、実際に両方とも抱いてしまっているのだからどうしようもない。


 「今の唯華にとってキスはどんなもの?」


 私はこの隙間を埋めるために言葉を捻りだす。

 キスという一単語があまりにも脳裏でうようよと暴れていたがために、わけのわからないことを尋ねてしまう。

 脈絡があったとしてもギリギリ意味のわからない質問だと思う。

 言葉を発してから、自分の心の状態を理解する。

 慌てているのだなと。


 「私にとってのキスかぁ~」


 唯華は特に気にする様子を見せずに、うーんと唸りながら悩んでくれる。

 単純な奴で良かったと失礼な安堵をしてしまう。

 でも事実だから詮無きこと。


 「なんだろうね」


 はにかむ。

 けれど、綺麗な笑顔ではない。

 どことなく陰りを感じるような笑み。

 気のせいかもしれないし、気のせいじゃないかもしれない。


 「わかんないけど、特別なものとかかな」

 「特別なもの……なのね」


 特別という響きに心が跳ねる。ぼよんぼよんと自由自在に。


 「そうかな。多分」


 歯切れの悪い言葉。

 唯華はちょこっと視線をずらす。

 やはり違和感がある。

 素直にストレートな言葉ではないのだろう。

 嘘を吐いているのだとして、なぜ嘘を吐くのか。

 そこが理解できない。

 できないから嘘ではないのかなとか考えてしまう。

 けれど、嘘ではないのだとすれば、この違和感の説明が上手くできない。

 なんなのだろうとは思うけれど、尋ねることはできない。


 「そっか」


 ぐるぐると思考は駆け巡り、あっちこっちに離散する。そして、集約して、くっついては剥がれて、くっついては剥がれてを何度も何度も繰り返す。繰り返して繰り返して、そして「そっか」という短い言葉が完成する。

 淡泊だなぁと思うけれど、それ以外の言葉は出てこなかった。いいや、違う。出せなかったが正解だ。搾り取った結果がその言葉なのだ。心の中には腐ってしまいそうなほどに言葉はある。うごめいてるのだ。


 「そんな特別なキスなわけだけど」


 唯華は私の机からほいっと飛び降りて、なにやら語り始める。

 つかつかと歩く。私は目線だけで唯華を追いかける。


 「しとく?」


 ぽんぽんと唇に指を当てる。そしてにへらと笑う。

 さっきの陰った表情は綺麗に消え去る。もしかして本当に気のせいだったのかもと思わせるような晴れやかな笑みだ。


 「うん」


 断る理由はないので頷く。

 唯華からそう提案してくれるだなんて、願ったり叶ったりだ。


 「それじゃあ」


 私の元へやって来る。ぽよんと揺れる胸元は見て見ぬふりをしておく。

 そして唇を奪われる。

 何度やってもこれは慣れない。ドキドキと胸が高鳴る。もう何度キスをしたのかわからないくらいキスをしているというのに、まだ緊張してしまう。

 けれど、悪い気分ではない。唯華の舌を受け入れて、無我夢中になりながら、ふとそんなことを思っていた。

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