☆余韻☆

 主要駅に到着する。家に帰るための乗り換え駅だ。

 一度改札を抜けなきゃならないので、一旦駅の外へと来ている。

 雛乃もここまで来る間に調子が戻ったようでけろっとしてる。


 「お腹空いたね」


 なんて呑気なことを言っている。さっき映画観てる時にポップコーンほとんど食べてなかったもんね。そりゃお腹も空くよ。

 残念なことに私はお腹いっぱいなんだけどね。

 ペア用のポップコーンをほとんど一人で食べてしまったのだから当然だ。

 ポップコーンってそこそこお腹膨れるし。尚更ね。


 「うーん」


 私は微妙な反応を示す。

 とはいえ、じゃあこのまま帰ろっか、というのもなんとなく味気ないなぁと思う。


 「ご飯食べに行く?」

 「うん」

 「じゃあ、どうしよっか」


 まぁ、ガッツリ食べなきゃ良いだけだ。

 駅周辺を適当に歩いて、近くにあったファストフード店に吸い込まれるようにして入店する。


 「ここで良いか」

 「え、座ってから言う?」

 「もう遅いか」

 「遅いでしょ」


 私と雛乃はくすくすと笑う。


 「それじゃあ、私が注文してくるよ。なにが良い?」

 「え、申し訳ないよ」

 「申し訳ないってなにを今更」

 「だって唯華お腹あまり空いてないでしょ」

 「そうだけど……ってなんでわかったの」

 「顔に出ているよ」


 やはり私は顔に出るらしい。


 「それにずっと一緒にいるんだからそれくらいはわかるよ」


 と嬉しいことを言ってくれる。雛乃にとって私は少しくらい特別な存在になれてるんだなぁと実感する。

 小さなことかもしれないけど、私はその小さなことが嬉しかった。


 「て、ことで、私が行きます」


 むふんと雛乃は立ち上がる。


 「いつもので良い? エビバーガーのセットだっけ」

 「セットじゃなくても良いかなぁ。そんなにガッツリ食べたら……」


 このただでさえだらしないボディがさらにだらしなくなってしまう。


 「胸が大きくなるだけでしょ」


 フンっとそっぽを向いた雛乃はそのままスタスタとカウンターへと向かう。

 なんか勘違いされた。別に自分のおっぱいを見てたわけじゃないんだけどなぁ。確かにこっちも雛乃からすれば十分にだらしないのかもしれない。けど、ちゃんと張りはあるんだよなぁ。ちょっと触ってみるけど、垂れてはいないし、ブラジャー越しだけど弾力もそこそこあると思う。

 まぁ、なんでも良いか。さっきの雛乃、めっちゃくちゃ可愛かったし。



 ずたーっとだらける。


 「おまたせ」


 雛乃の声が届く。


 「すごい恰好しているね」

 「なんか疲れたから」


 エビバーガーを受け取る。どうもと会釈をする。

 今日は色々あったなぁと振り返る。

 ほんとに色々あった。映画館に来て、ポップコーンをあーんして、指を舐めて、映画を観て、キスをして、手を繋いで、またキスをして。

 あれ、キスの比重なんだか高くない?

 キフレだから良いのか。むしろこれが健全。


 「私も疲れたね」


 そう言いながら席に座る。じとーっと私のことを見る。

 主にお前のせいで疲れたよ、と言われているようでムズムズする。

 えへへ、と苦笑することしかできない。


 「んーっ、ポテト美味しい」


 雛乃は幸せそうにポテトを頬張る。

 要らないと言った手前、頂戴とは言えないんだけど、こうやって見るとどうも美味しそうに見えてしまう。

 あの塩っ気……。羨ましいなぁ。


 「いる?」


 凝視し過ぎたらしい。雛乃にバレてしまった。顔にも出るらしいし、気を付けないとなぁとは思うんだけど。

 ふるふると首を横に振る。

 そりゃ欲しいけど、かっこ悪いし。


 「はい」


 雛乃はポテトを私の口にぶち込む。くれるなんて優しいものではない。ぶち込むという表現以外見当たらないくらいだ。

 口の中に濃い塩味が広がる。

 おんぶに抱っこで負けたような気がする。

 うーん、さっきから私はなにと張り合ってるんだろうか。でも、なんだか負けたような気がしてならないんだよねぇ。

 やられたらその分やり返したくなる。それが人間の性なのかな。倍返しだ! って一時期良く聞いたし。

 雛乃の手首を掴む。華奢な手首だ。ひんやりしてて、細くて、すべすべしてて、もう少し力を入れたらポッキリと折れてしまいそうな感じもする。


 もちろんそんなことしないけどね。


 その代わりに、雛乃の指を私の口に咥える。

 そして指を舐める。くるっと回転するように舐める。

 塩味と雛乃の温かさ、そして爪の独特な感触。

 すべてが絶妙に重なり合い、なんとも言えない味が舌を襲う。

 美味しいのか、美味しくないのかすら良くわからない。美味しいと思えばそんな気もするし、美味しくないと思えばそんなような気もしてくる。


 けど、確かなこともあるわけであって……。

 今、私は幸せであるということだ。

 それは好きな人の指を舐めて幸せを感じる。

 あれ、これだけ切り取ってしまうと狂人というか変態のように見えてしまう。でも本当に幸せだと思う。


 胸のぽかぽかを感じて見て見ぬふりはできない。

 ちゅぱっと指を離す。キスの時とはまた違う寂しさが私を襲う。

 じゅわっと唾液が口に溜まる。指をまた欲するかのように。

 舐めた指だけ、てかてかしてる。

 ふやけるまでは達してないけど、舐め過ぎたかもしれない。

 もしかして私ってそういう性癖あるのかな……。


 「んっ」


 雛乃はなにをするかと思えば、さっき私が舐めてた指を自分で咥える。自分で自分の指を咥えるという滑稽な光景。

 はたから見ればそうなのだろうけど、私にとっては滑稽とは程遠いものだった。そうだなぁ、神が目の前にでも現れたかのような。いいや、大袈裟なのはわかってるんだけど、そう言いたくなるくらいには私の心は跳ねてドキッとした。


 「しょっぱいかな」


 指を口から離した雛乃はそう言いながら笑う。

 こんなの恋するなって方が無理だよね。こんなの好きになるに決まってんじゃん。だって可愛すぎるもん。

 えへへ、と笑う雛乃を見ながらそんなことを思っていた。

 やり返したと思ったらさらにカウンターを喰らう。

 もっとも本人はそんなつもり一切ないのだろうけど。

 でもやっぱり悔しさもある。

 こうなったらこれしかないよね。

 私は机に両手を置いて、体を乗り出す。そして雛乃の唇に唇を合わせる。

 唇にはしょっぱさがある。そしてその奥には肉の香ばしい味わいが広がる。

 雛乃の味じゃなくて、これじゃあただのハンバーガーの味だなぁなんて思いながらキスをした。

 結局、キスしかない。

 キスでしか私は上に立つことができない。

 無意識にカウンターを放つのであれば、そのカウンターを撃てなくしてしまえば良い。非常に簡単な話だ。

 だから近くに座る高校生に見せつけるように激しいキスをした。

こつんこつんと額をぶつけ、かたかたと机を揺らしながら。ここがお店であるということすら忘れてしまうくらい激しく。

 満足するまでキスをしてしてしまくった。



 翌日。日曜日。

 今日は特になにかする予定はない。

 惰眠を貪り、ぐーたらしてやるんだ。

 そう思いながら二度寝を決行する。

 時計に目を向ける。

 もう十時になろうとしていた。とりあえずスマホだけ確認しておこう。

 スマホを手に取る。

 電源をつけると、雛乃から着信があった。

 珍しいなと思いつつ、『どうしたの』とメッセージを送信する。

 すぐに既読はついた。


 『今日親いないから家来ない?』


 とメッセージが来た。

 いや、ここ数か月ずっといないじゃんとは思ったけど、絶妙にツッコみ難い事情なのでやめておく。

 まぁ、捨てられたとか、放置されてるとか、亡くなったとかそういう重たい話じゃないのでツッコんでも良いのかもしれないけど。やっぱり嫌われたくはないから。変に地雷原を歩くようなことはしない。


 『じゃあ行こうかな』


 ただそれだけを入力する。

 味気なさはあるけど、こんなものでしょ。

 そうと決まれば着替えるのみ。パパっと着替える。

 本来、好きな人の家に行くとなればもっとソワソワドキドキするもんなんだろうなぁって思うけど、雛乃の家は小さい頃から行っているので特別感がない。これだと言い方が悪いなぁ。第二の実家とでも言えば良いだろうか。

 緊張する要素がなにもない。

 二度寝できなかったなぁとか考えるくらいには余裕がある。


 「なに、唯華でかけんの」

 「雛乃の家に行く」

 「あー」


 母親はちょっと待ってろとキッチンに下がってしまう。

 なんなんだろうとその行く末を見守ってるとすぐに戻ってくる。手元には大きなお菓子の袋があった。


 「これ持ってきなさい。あ、アンタが食べないでね。雛ちゃんと二人で食べなさいよ」

 「言われなくてもわかってる」

 「本当に?」

 「もう子供じゃないんだから」

 「高校生はまだまだ子供よ。アンタは特に子供ね」


 そう言いながら母親はリビングへと立ち去る。私はもらったお菓子を抱えながら徒歩十五秒くらいの雛乃の家へと向かったのだった。

 ピンポーンっとインターホンを鳴らす。

 バタバタガタガタと雛乃の家の中からは騒がしい音が聞こえる。

 なにしてんだ。生きてんのかな。大丈夫かな。いや、ほんとに大丈夫なのかなと不安になりながら待っていると玄関の扉は開く。


 「お、おまたせ」

 「なんかやけにうるさかったけど」

 「油断していただけ」

 「油断?」

 「連絡待っていたから」

 と言われてスマホを確認する。

 『今から来るの? 迎え行くよ?』


 という律儀なメッセージを受信してた。

 迎えもなにもすぐそこなのにとスマホの画面を見ながら笑ってしまう。

 ポチポチとスマホを操作する。

 そしてメッセージを送信する。

 雛乃が手に持つスマホはすぐにぶるりと震えた。

 すぐに目線をスマホに落とす。

 そしてふふっと笑う。


 「とりあえず上がって」

 「あれ?」


 私はわざとらしく煽る。雛乃はむうっと頬を膨らませる。可愛らしいなぁなんて見惚れていると、雛乃はピシッと指を差す。

 指先は私の家だ。ふむふむ。帰れってことかな。ツンデレさんだなぁだなんて思いながら、指先の方を見る。

 窓から私たちのことを見ている母親がいた。

 目が合うと、やべぇと口を動かしてすぐにカーテンの裏側に隠れる。

 まぁ声は聞こえないんだけどね。口の動きが完全にやべぇだった。

 脳内再生も余裕だ。


 「うん、入ろうか」


 おじゃましまーすと上がる。玄関に入って扉を閉めたところで私は少しため息を漏らす。


 「なんか……ごめん」


 ウチがある方向をジーっと見ながらなんとなく謝った。

 雛乃の匂いを全身で浴びる。あれ、なんか緊張してきた……。

 あれれ、おかしいなぁ。

 ただ幼馴染の家に来ただけ。それだけなのに。緊張なんて初めて……だよ。

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